春は、嫌い―――
鈴は密かに肩をすくめた。
桜の花が綺麗だけれど、どうせすぐに散ってしまう。
春は別れの季節。
鈴は桜が散る頃に神威の家に嫁ぐ。
それは、慣れ親しんだはずの大好きな家を離れるということ。
何一つ不自由のない暮らしを約束させられているというのに、春が嫌い?
鈴は再び肩をすくめた。
「今宵は夜桜が綺麗にございますね」
どこからか使用人が声をかけてきた。
いずれは散る宿命の桜は満開。
樹液までもを桜色に染めて、今を生きている。
「そうね」
感傷的な気分になったのを感じ取ってか、使用人は静かに下がった。
下駄を引っ掛けて、鈴は暗闇に咲き誇る桜を見上げていた。
と、あまり耳慣れしない音色が聞こえてきた。
なめらかに、やさしく響くその調べに聞き入ること数秒、婚姻を控えてもまだあどけない少女である鈴は好奇心から覗いてみた。
「あ…」
散る桜が邪魔に思えた。
目をみはった。
桜が魅せる幻ではないかと思うくらいに。
見慣れない、同年代の少年が立っていた。
少年が持っているのは異国の楽器。
美しく響く音色のように、その少年もまた美しい、と感じた。
春は出会いをものせてやってくる。
その出会いは鈴を桜に負けないほどの華やかな感情で彩り、渦巻いて弾けさせた。
「…誰?」
「あ…わたし…鈴。はじめまして…あなたは?」
「連。連なるって書いて、連」
「連、君」
れん。
唇に乗せたその言葉は、更に鈴を彩った。
これが、本当の恋。
鈴は恋を知り、恋を知ったことで樂斗には感じられない感情だということを知ってしまった。
それ故に、樂斗との婚姻に抵抗を感じた。
樂斗と共に歩むはずだった、何一つ不自由のない、幸せな未来。
その全ては、連に対する鮮やかな気持ちの反面、色褪せて崩れ去った。
「その楽器は?」
「バイオリン。異国の楽器。異人さんから譲って貰ったんだ」
「ばいおりん?」
連はまたバイオリンを奏でた。
鈴は静かに聞き入っていたけれど、
(大人になんか…なりたくない)
なれば全て「夢」として崩れ去ってしまうのだから。
それでも、子供のままでいることなど出来ない。
大人になることが怖い。怖くてたまらない。
「鈴の目は綺麗だ」
連がバイオリンの手を止めて言った。
力なくぶらさがる右手に、鈴はそっと触れてみた。
連は少し鈴の手を握ったけれど、すぐに離した。
触れた指は、熱を持っていて温かい。
(あなただけ想って生きる為に…)
全てを捨てることは許されるのでしょうか?
明日からはあの人の元で豊かな私をみるのでしょう…
何一つ鮮やかなものは無い、色褪せた………
強風が桜に襲い掛かった。
桜吹雪の中、鈴が見たものは儚い恋。
密やかで、また何よりも美しい、淡い恋。
連は鈴をみつめていたし、鈴も連を見つめていた。
想いを告げたい―――
鈴は衝動を抑えた。
告げてしまえば、全てを捨てなければいけないから。
しかし、告げなければ連を、自分だけの恋を捨てることになる。
齢十四の娘には、あまりに過酷な運命。
この桜が散るまで、刹那の夢の中、消えていく恋。
だから鈴は願うのだ。
『夢桜、どうか散らないでいて…』
もう一度、連に触れた。
今度は硬く指を握り締めた。
「今だけは、今だけは…!」
連は鈴をその胸に抱き寄せた。
鈴の涙は、周りの桜に混じって桜色になったかのようにも見えた。
「想っていたい…!」
掠れて消えかかる声ごと、連は受け止めた。
鈴は強く、強く、力をこめた。
言葉はいらなかった。
言ってしまえば、すべて終わりになってしまうから。
桜吹雪は、密かな恋を隠すように世界を桜色に染めた。
*
鈴は抜け殻のように自室に座り込んでいた。
あれから、数日。
桜は葉桜になり、婚姻はいよいよ数時間後に迫っていた。
目の前には、婚姻の際に着る白い振袖があった。
最高級の綺麗なものなのに、破り捨てたいと思った。
「鈴、準備は…」
部屋に入った樂斗は驚愕した。
鈴の綺麗な目は、真っ赤に染まっていた。
「何かあったのか?」
「いえ。何も」
「言わぬか」
「白昼夢を見たのです」
決して叶うことの無い、切なる願い。
二人で永久に、想い合うこと。
鈴は、すっかり葉桜になってしまった〝夢桜〟を見上げた。
遠くで、連が見ている気がした。
夢桜~色褪せたセカイの夢~
リオちゃんと実亞さんのリクエストで書かせていただきました。
余談ですが作中で二人の名前の漢字をどうするか悩みました。
結果、台湾タグでリンは「鈴」、レンは「連」だということなので、一応公式かな?ということでこれにしました。
ちなみにミクは未來なんだとか。未来でいいよね?うん。
Rin sideです。
切ない…涙腺崩壊…
報われない、報われるはずの無い恋ほど切ないものはないです(ノД`)・゜・。
ひとしずくP様は曲に引き込むのが大変上手い方です。
是非原曲も聞いてみてくださいね!
切なくて綺麗な本家様↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6835178
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