買い物を終え、片手に大きく膨らんだレジ袋を持ってスーパーを出ると、そこにカイトの姿は無かった。おかしい。スーパーに入る前にここで待っているようカイトに言っておいた筈だった。スーパーの目の前に待たせておくというと、まるで飼い犬のようだが、彼の場合は仕方が無い。一緒にスーパーの中まで連れて行くと、勝手にアイスのコーナーへと向かい、両手にアイスを大量に抱えて俺の元へ戻ってくるのだ。満面の笑みを浮かべて。
「うわあーアイスが一杯だあー!」
そう、いつもそう言って・・・っておい。何処かで聞き覚えのある声が突如耳に飛び込んで来た。辺りを見回してみると、丁度スーパーの向かいにあるゲームセンターの中に全身青尽くめの彼の姿があった。慌てて彼の元へと駆け寄り、背後から頭を小突くと、
「あ、マスター!これ見てくださいよー!」
とカイトは緩み切った笑みを浮かべて言う。彼が示した先に目をやってみると、そこには一台のクレーンゲームがあった。
「何だ、お前ぬいぐるみとかキーホルダーなんか欲しいのか。ガキだなあ・・・」
そう言いかけたが、クレーンゲームのショーケース内にずらりと並んでいる物を目の当たりにすると、自分の先入観が間違っている事を思い知らされる。
「違いますよ!アイスですよ!アイス!やっほーい!」
世の中には数々のクレーンゲームが存在するが、まさか彼の心をも鷲掴みにしてしまうものまであるとは。開いた口が塞がらない。
「ねえマスター、ちょっとやってみてくださいよ?」
カイトが俺の手を握って来る。テレビの向こうのアイドルがよく使うような上目遣いで。それをアイドルでない、それも男性型のボーカロイドの彼にやられてしまうと正直、気色悪い。これがミクやリン、メイコだったらどんなに良いか。せめて子どものレンであればまだ許せる。しかし彼はどこをどう見ようともいい年の野郎にしか見えない。大切な事なのでもう一度言う。気色悪い。
「やるんですか?やらないんですか?勿論やりますよね?」
「ああもう!分かったよ!やれば良いんだろやれば!」
彼の熱っぽい視線に嫌気が差し、仕方無くジーンズの後ろポケットから財布を取り出し、コインの投入口に百円玉を入れた。手元のボタンが赤く光出す。
「マスター、頑張ってくださーい!」
ああ、これが彼では無くミク達だったなら・・・。また同じ事を考えてしまう。しかしここまで来てしまったのだ。意を決して一つ目のボタンでクレーンを前に進める。
「マスター、俺あすこの大きいダッツが食べたいなあ。」
彼が指差した先には周りに並んだ小さなカップアイスよりも二回り以上は大きなカップアイスだった。馬鹿言うな。難易度が高過ぎる。しかし百円でそのアイスを取れたなら儲け物だ。カイトも満足するだろう。それにあのアイスは貧乏暮らしをしている俺にとって、かなり高級なアイスだ。幼い頃に何度か口にした事はあったが、ここ最近はお目にかかる事もなかった。つまり正直に言うと、俺自身も食べたいという気はある。
恐る恐る二つ目のボタンを押し、クレーンを横に進める。そして狙い定めた高級アイスの上でボタンから指を離す。クレーンがアイスに向かってゆっくりと降りてゆき、アイスを鷲掴みにする。不本意ながらこぶしを握りガッツポーズをしてしまう。横を見るとカイトが親指を俺に向けて立てている。グッジョブ、のサインだ。勝利を確信し、互いに顔を見合わせた俺達だった。が、しかし。ショーケースの中からごとん、と鈍い音が聞こえて来ると表情は変わる。振り向くと、アイスの重みに絶え切れなかったらしく、クレーンはアイスを落下させてしまっていた。
「あああー俺のアイスがーっ!」
カイトはショーケースに顔を近付け、目の前で起こった悲劇を嘆いた。彼は別に良いだろう。ただ傍らで見ていただけなのだから。俺だって泣いてしまいたい。貧乏人の俺にとっては百円も貴重なのだから。しかしこの悔しさは逆に俺の闘争心に火を付けた。こうなったら何が何でも元を取ってやる。再び財布に手を掛けると、今度は五百円玉を掴む。ああ、何と金色が眩しい事か。
「ちょ、マスター!まだやるんですか?うちの今月の食費も危ないのに!」
「でかい声で貧乏発言するな。みっともない。大体これやりたいって言い出したのはお前だろうが。」
そう言い、俺はカイトを睨み付ける。すると彼も察したのだろう。黙って頷き、視線をショーケースへと移す。そうだ。男には黙って賭けに出なければならない時があるのだ。俺は再びボタンに手を掛けた・・・。
「ねぇ、お兄ちゃん。マスターに何かしたでしょう?買い物から帰って来てからマスターの様子がおかしいんだけど。ずっと壁に頭くっつけたまま動かないし。」
「別に何もしてないよ。帰りにゲーセン寄っただけだけど。」
「えーっ!ずるーい!ミクも行きたかったー!」
「いいだろー?クレーンゲームでアイス沢山取って貰ったんだよ。でも残念だったなあ。何回も大きいダッツ狙ったんだけど、折角持ち上げても重いらしくておっこちちゃってさあ。」
「お兄ちゃん、マスターがさっきからずーっと落ち込んでる理由、何となく分かったような気がする・・・。」
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