国王のそれにしては飾り気の少ない執務室で、レオンはぼんやりと過ぎていく時間を数えていた。
何をするでもなく物思いに沈むというのは、彼にしては随分と珍しい行為だ。
刻限は既に深夜に近く、物音ひとつない室内は静かだった。
王妃はとうに部屋で眠っているだろう。
深刻な話がひと段落ついたところで、やっと少女の血の気の失せた顔色に気付き、話の続きは明日でも出来るからと強引に休ませたのだ。
今夜、寝室に鍵が掛かっているかは知らない。あの青ざめた頬を見た後では、確かめる気にもなれなかった。
彼女の危機に出遅れたのは失態だろう。
彼女にそれを責める気配はなかったが、今更になってそう思う。
遠目だったが、兄の腕に抱かれた彼女には外傷はないように見えた。
だが、本当の所は、危なかったのではないだろうか。彼の余裕のない言動も、そのための焦りではなかったか。
それならば、未だ体調は万全ではないだろう。それを、たったひとりでこの国まで馬で駆け抜けるなんて。
「そんなになってまで、君は戻ってきたのか」
自分が気付きもしなかった、危険を知らせるために。
まともに言葉も交わしていなかった政略結婚であてがわれただけの伴侶を、それでも無為に死なせない、そのために。
目を閉じれば、鮮やかに輝く碧の瞳が浮かぶ。
これほどに、ひとりの人間に圧倒されたことはなかった。
ほんの先日に弱弱しい風情で淑やかに目を伏せていた花嫁よりも、鮮烈なまでの存在感を見せ付ける少女はその何倍も美しかった。
隣国から届く王妃の評判を、カイザレは主のいない部屋で聞いた。
「ミクレチア様に先手を打たれましたね。こうなっては、もう離縁は難しい」
側近の呟きに、彼は憔悴した瞳を上げた。
この部屋から忽然と少女の姿が消えた夜から、まともに休んではいないのだ。
「なんて・・・、無茶をする・・・」
姿の見えないミクを探して、あの廃屋に飛び込んだとき、この心臓こそ止まるかと思った。生命の無事が確認できるまでは、本当に生きた心地もしなかった。意識が戻ってなお衰弱した姿に、指輪を渡したことをどれだけ悔やんだか知れない。
それなのに、やっと起き上がれるまでに身体が回復した途端に、行方も知れず姿を消して。
よりによって、あの男の下へ。
「ミク・・・」
暗い怒りが腹の底を灼く。
衝動のまま、彼は部屋に飾られた薔薇の花瓶を払い、落ちた花に剣を突き立てた。
引き裂かれた白い花弁が、儚い悲鳴のように床に散った。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第7話】後編
第8話へ続きます。
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後編はちょっとした幕間程度に、男性陣の心中それぞれ。
・・・この先、しばらくお兄様の出番が減るので、ここでちょっと出しとかないと・・・。
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