【メイコ】


 初夏の日差しがひりひりと肌を焼く。
 今年は暑くなりそうだな、と空を見上げて思う。
 シャツを肩まで捲り上げて。畑に生えた雑草を毟り取る。
 それでも太陽は畑の恵みだ。その日差しを受けた分だけ熟して美味しくなる。手をかけても太陽や雨が味方をしてくれなければ、いい物は採れないのだから。
 汗が次から次へと流れてくるけれど、それもまた、働いているのだという実感が伴って悪くない。勿論ちゃんと汗拭きも持っているけれど。
「ふう…」
 屈めていた腰をぐいっと伸ばして汗を拭く。
 抜いた雑草は結構な数だ。
「メイコー、そろそろ昼にするぞー」
「はーい!」
 父さんの声に呼ばれて返事をする。
 抜いた雑草をまとめて置いて、父さんの方へと走っていった。


 家に入ると随分涼しく感じる。
 日陰に居るというだけで随分と違うものだ。
「お疲れ様、調子はどう?」
「うん、随分進んだよ。此処のとこ晴れ続きのせいか、雑草が多いね」
「そうだな。おい、メイコ、倒れないようにちゃんと帽子は被っとけよ」
「解かってるわよ」
 そんな軽口を父さんと叩き合って、母さんが作ってくれたご飯を食べる。
 働いた後のご飯はまた格別に美味しい。
「やっぱり母さんにご飯は美味しいなー、これでビールもあったら完璧なのに」
「何言ってんだ、午後からも仕事だぞ!ビールなんて飲んでる暇ァあるか!」
「じゃあ、夜は飲んでいいの?」
「少しならな」
「やったー」
 やっぱり夏のビールは格別だし。
 働いた後のビールは更に格別だし。
 これで仕事の後の楽しみが増えて、やる気も増すというものだ。
「そういえば、そろそろ青の商人さんたちが来る頃ねえ」
「そうだな、今年はいい報告が出来そうだ」
「うん、みんな元気に育ってるもんね」
 暑い日差しと、適度の雨が作物を育ててくれる。
 夏が収穫期の作物なんかは、今年は良い出来で、それなりの値で買いとってもらえるだろう。
「カイトくんも元気にしてるかしら」
「そりゃ元気でしょ、噂によれば恋人だって出来たらしいし」
「そうなのよねえ。メイコ、あんた本当に良いの?」
「だから何が!」
 何が言いたいのかは大体想像がつくけれど、それでも言い返す。
「だってメイコ、あんたカイトくんのこと好きなんでしょう?」
「あーもう、そんなんじゃないってば!」
 どうも母さんはあたしとカイトをくっつけたくて仕方が無いらしい。
 本当は、カイトのことをまだ完全に過去には出来ていない。それでも恋人が出来たという噂を聞いて、純粋に祝福しよう、と思えた。
 カイトがそれ程までに想える子を見つけたのなら。
 父親に逆らっても、今まで相手をしてきた女性たちを傷つけても選べる子を見つけたのなら。
 祝福しない訳ないじゃない。
「幸せなら良いわよ、それで」
「それもそうねえ」
 母さんは暢気に笑って言う。
 全く、人事だと思って勝手なものだ。
「さて、飯も食ったし、仕事に戻るぞ」
「はーい」
 父さんはその手のことには黙って聞いているだけだ。
 どう思っているのかは解からないけれど、口出しされないだけ有り難い。
 お茶を飲み干して、父さんの後について家を出る。
 日差しは午後からも容赦なく照りつけてくるだろう、それを確信してしまうぐらいの晴天だ。


 そんな風に噂をしていたせいだろうか。
 カイトたちがやってきたのはその日の午後の事だった。
「精が出るね」
 掛けられた声に振り向けば、カイトが立っていた。
 いつもの微笑を浮かべた姿を見て立ち上がる。ぐーっと伸びをして、笑いかける。
「あんたも元気そうね」
「まあね」
 父さんに一言告げて、仕事を一旦中断する。久々に来た友達と話をする間くらいは仕事の手を止めたって罰は当たらない筈だ。
 青い髪に青い瞳、そして白い肌。
 記憶にあるままと変わらない姿に安堵する。
「それにしても、相変わらず白い肌してるわね。ほら見なさいよ、あたしなんてこの炎天下の中畑仕事なんてしてるから真っ黒よ」
 そう言って剥きだしの腕を示すと、カイトは苦笑する。
「それだけ一生懸命働いている証拠だね」
「まあね」
「俺はどっちかっていうと、焼きたくても焼けないんだよね、赤くなるだけで」
「それはそれで嫌かも…」
 北部の方にはそういう人が多いらしいけど、カイトなんかは南国の生まれなのだから、もう少し日光に強くても良いような気がするのだが、まあ、こればっかりは体質だから仕方ない。
 カイトの白い肌は強い日差しを受けて反射しているようにさえ見えて、少し眩しい。それでも、その表情の中に見える、暗い影のようなものを感じる事は出来た。
「それにしても、もう少し嬉しそうな顔してると思ったのに、意外と暗いわね」
「意外とって?」
「恋人出来たんでしょ?噂は聞いてるわよ」
「…うん」
 からかうように問いかければ、噛み締めるような表情で頷かれた。
 全く、からかい甲斐が無い。
「で、それなのに何でそんなに暗い訳?」
「リン王女に、会ってもらえなかった…」
「ああ、そういうことね」
 カイトが、今まで相手をしていた娘たちに謝罪に回っているのも噂で聞いていたから、何となく成り行きは理解できた。
「相変わらずの我が侭っぷりなのね」
「俺が、今まで曖昧にしていた所為だよ」
 こうなってもまだ庇うのか、と思えば自然と溜息が出る。
「あんたは誰にでも優しすぎなのよ」
「誰にでもってことは、無いと思うけど…」
「そうかしら」
 優しいことは美徳ではあるけれど、必ずしも良いことであるとは限らない。
 本人に自覚が無いのかも知れないが、カイトは間違いなく優しいのだ。誰に対しても、平等に。その中で特別に想える子に出会えたのなら、その子にだけ優しくしていればいいのに。
「俺は、全然優しく無いよ。だからいつも、人を傷つけてばかりだ」
「まあ良いけど、リン王女に甘いのは確かよね」
「うん…」
 また表情が沈み込む。
 ああ、もうだから落ち込んだ顔は見飽きたんだってば。
 気分を変えるために、バシンッと一発思い切りカイトの背中を叩く。
「ほーら、暗い顔ばっかりしない!」
「痛いって、メイコ」
「で、あんたの心を射止めたっていうのは、一体どういう子なのかな、あたしに詳しく話して御覧なさい。良い子なの?」
「うん、凄く、良い子だよ」
 ふわりと、幸せそうに笑う。
 その顔を見れただけで、もう、いいな、と思う。
 幼い恋心にはさよならをして、純粋にただ幸せを願う。
 カイトにこんな表情をさせることが出来る子なら、安心だろう。確かにリン王女のことでまだ完全に暗い影を払った訳ではないにしろ、以前来た時よりも明るくなっているし、精悍さも増した気がする。
 きっと、それは間違いではないだろう。
「もっと聞かせて、どういう切欠で会ったの?」
「緑の国の広場でね、歌ってたんだ…」
 彼女と出会った経緯を話しながら、本当に嬉しそうに、愛しそうに話をするカイトを見ることが出来るのが、嬉しかった。
 前は笑っても、どこか少し、無理をしているような所があったのに。
 変わったのだ、カイトは。
 その子に恋をして。
 本当に、良かった。



 秋の収穫期とは違い、カイトたちは余り長くこの時期は滞在しない。
 本格的に夏が来る前に一度国に戻り、またすぐに緑の国に渡る、というのが青の商人のサイクルらしい。というのは、カイトから聞いた話で、私が知っているのは此処に来ている間のカイトのこと、人の噂から聞く話だけだ。
 それで十分だと思うし、それ以上も必要だとは思わない。
 ルカなんかはあたしよりもカイトのことを知っているかも知れないけれど、それでも全てではないだろう。
 ビール片手に家の外に出て、家の柵にもたれて空を見上げる。夜風が火照った頬に気持ちいい。
 すっかり藍色に変わった空には星が瞬いている。
 なんとはなしに、それを見上げていると声を掛けられた。
「何か見えますか?」
「…星」
 問いかけられて、目に映るものを答える。
「星…」
 問いかけてきた相手が空に視線を向けるのを感じて、あたしはその相手を見た。桃色の髪がさらさらと夜風に靡く。日に焼けたあたしの髪とは全然違う。
「綺麗な星ですね」
「何処でも一緒じゃない?」
「そんなことありません。わたしの家は城下の港町にありますから、夜でも明るくて……星は余り、見えないんです」
「へえ…星が見えないなんて、何か想像つかないわ」
 星を見上げる横顔は、今まで見たことのないような顔だ。というよりも、今までは睨まれたことしか無かった気がする。
 こんな風に話をすることも、勿論無かった。
「貴女は、良いんですか」
「何が」
「好きだったんじゃ、無いんですか、兄さんのこと」
「ああ…」
 納得して首肯する。
 まあ、あれだけ睨まれていれば実際そう思われているのも解かる。
「好きだったわよ。でも、昔の話」
「本当に?」
「本当よ。別にカイトとどうこうなりたいなんて、思っちゃいなかったし」
 そう、そんなこと思わなかった。
 好きだったけれど、それだけで良かった。たまに会って、話をするだけで良かった。時折、自分だけに見せる顔が見られるだけで良かった。
 それにも増して、カイトの笑顔をあたしが取り戻してあげられないことが悲しかった。
「何より、あたしにはあんな風にカイトを笑わせてあげることは、出来ないもの」
「……そう、ですね」
 ふとルカが視線を落とす。
 憂いを秘めた瞳が地面を見つめた。
 純粋に、美しい少女だと思う。男が放っておかないだろうと思わせるだけの魅力のある子だ。それでも、カイトにとっては彼女は妹でしかなく、あたしは幼馴染でしかない。
 それはもう、どうしようもない事実なのだ。
「わたしは、貴女のように割り切ることは、まだ出来ません」
「別に、そんなあっさり割り切らなくてもいいとは思うけどね。ずっと好きだったんでしょ?」
「はい」
 頷き薄っすら浮かべた笑みは可愛らしい。
 普段大人びて見えるだけに、年相応に見えて、これはこれで悪くないんじゃないか、という気がする。もしかしたら、これから仲良くなれるのかも知れない。
 そういう考えは、悪くないな、と思う。
 友達が増えることは喜ばしいことだと思う。
 それから暫く、二人で黙って夜空を見上げていた。
 そんな静かな時間がいとおしい。
 何よりもそれを、後になって時間することになった。
 星の見えない、夜空のことも。



 それはカイトたちが国に戻るために村を出て行ってから、まだ二日も経っていない日のことだった。
「税金を上げる!?」
 父さんから聞かされた内容に、思わず大声を上げる。
「そうだ、しかも今までの比じゃない、大幅な増加になる」
 押し殺したような声で父さんが語る。今日、各村の代表が地方を統治する領主に呼び出されて告げられた内容がそれだったらしい。
「今だってギリギリなのよ!?ギリギリどころじゃない、冬に耐えられない村だっていっぱいある!北部は特に酷いって話じゃない!それを更に上げるってどういうこと!?」
「俺にだって王女様の考えなんて解からんさ。領主さまも一応はかけあってくれたらしいが、下手をすれば自分の首が飛ぶことになる、強くは言えん」
「でも、このままじゃどっちにしたって死ぬしか無いわよ、死ねって言ってるようなもんじゃない!」
 そうだ、今だってこの村もギリギリのところで持ちこたえているような状態だ。青の商人が取引してくれるからようやく保っている状態で、更に増税となれば、耐えられる訳がない。
 他の村はうちより酷い状態のところが殆どだ。
 この国そのものが、保つ訳がない、そんなこと普通に考えれば解かるはずのことだというのに。
「何で…」
「原因は解からん。だが、このままじゃメイコの言う通り、死を待つだけだ。……俺は、これから城に行こうと思う」
「行って、どうするの?」
「直訴する」
「な、何言ってんの!そんなことしてあの王女が言うこと聞く訳無いじゃない!それでもし父さんに何かあったら!」
「そうよ、それよりも何か、他に方法を考えましょう。今までだって何とかしてきたんだもの」
 それまで青褪めて黙っていた母さんも、それには反対の言葉を口にする。当然だ、今まで王女に直訴を申し出たのは一人や二人じゃない。その悉くが退けられ、酷い末路を辿っているのを父さんも知っている筈なのに。
「それで何とかなるものならそうしている。しかし、今回の増税はそれで何とかなるとは思えん」
「……」
 そう、確かにそれはそうだ。
 解かっているけれど。
「カイトくんの話を聞く限りでは、全く話が通じない人でも無いらしいじゃないか、やってみて無駄ということは無いさ」
「父さん…」
「大丈夫だよ」
 そうやって微笑む父さんの、並々ならぬ決意が解かる。
 解かるからこそ、それ以上止めることが出来ない。
 それでも、胸の奥から競りあがってくる嫌な予感は、止めることが出来なかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第二十四話【カイミクメイン】

お久しぶりです。
すっかり忘れられててもおかしくないぐらいの時間が経ってしまいました。
公式本も発売されてしまい、どうしようかな、と考えていたのですが…でもCDも12月に出るわけでして…再び書き始めてみようと思います!
出来たら一気に進められればいいですが、また時間が空くかも知れません。
気長にお付き合いくだされば嬉しいなと思います。
好きなのは変わらないのですけどね。

閲覧数:534

投稿日:2010/11/27 11:43:29

文字数:5,384文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 珠蓮

    珠蓮

    ご意見・ご感想

    突然失礼しますっ
    実はこっそり読ませて頂いてたものです。
    更新嬉しくて思わずコメントさせていただきました!
    それもまだ読んでいない状況でコメントなんで申しわけないのですが、とりあえず更新とっても嬉しいです!
    これから前の作品も含めて改めて読ませていただきます(*´∀`*)ノシ

    私も結末楽しみにしています。
    乱文失礼しました。

    2010/11/29 02:57:44

    • 甘音

      甘音

      >時給310円さん
      お久しぶりです、感想有難う御座います。
      何かもう、随分間があいてしまって申し訳ないです。

      女二人はきっとこれから仲良くなるのでしょう。そういう想像は楽しいものだと思います。これからの展開は、楽しいものばかりではありませんが。
      完結まで、頑張って書きたいと思います!時間が足りないのが口惜しいですね。



      >珠蓮さん
      はじめまして、感想有難う御座います。
      もう随分間が空いていた連載にこうしてコメントをいただけてとても嬉しいです。
      これからお待たせせずに更新できれば良いなあという希望は抱いています。

      結末まで、頑張りたいと思います!

      2010/11/29 18:57:00

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    お久しぶりです。なんか、嬉しいですw

    せっかくなので過去作品から読み返してきたのですが、ぜんぜんブランクを感じさせない丁寧な文章ですね。これだけシンプルなのに表現されているものは豊かで、ホントに羨ましいです。僕の場合、最近どうも余計な脚色を付け過ぎているような気がして仕方ないので…… (^^;
    初夏の宵に外へ出て、星空を眺めながらビールを飲むとか、何とも風情があって良いなぁと思いました。俺もこれやりたいw そこへルカがやってきて語り合うシーンが、雰囲気があって秀逸でした。女性の心情の機微など僕には分かりませんが(汗)、メイコといいルカといい、何だか本当に良い友達になれそうですね。

    ……が、時代の大きな波はすぐそこまで来ているわけで。
    いかな結末であれ、完結するまで読ませて頂けることを期待しています。
    がんばって下さいね。

    2010/11/27 19:21:56

    • 甘音

      甘音

      >時給310円さん
      お久しぶりです、感想有難う御座います。
      何かもう、随分間があいてしまって申し訳ないです。

      女二人はきっとこれから仲良くなるのでしょう。そういう想像は楽しいものだと思います。これからの展開は、楽しいものばかりではありませんが。
      完結まで、頑張って書きたいと思います!時間が足りないのが口惜しいですね。



      >珠蓮さん
      はじめまして、感想有難う御座います。
      もう随分間が空いていた連載にこうしてコメントをいただけてとても嬉しいです。
      これからお待たせせずに更新できれば良いなあという希望は抱いています。

      結末まで、頑張りたいと思います!

      2010/11/29 18:57:00

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