珈琲を一口啜って、口の中で特有の香りを堪能する。苦みが強い、酸味を感じさせない一杯に、豆の管理が行き届いていることが分かる。
「ほんと苦いのが好きなのね。わっかんないわ……」
「ブラックこそ原点にして頂点。これが分からないようじゃまだまだお子様だぞ」
「歳はあんたの方が下でしょうが。甘いものが好きで何が悪いんだか」
苦いものが苦手イコール甘いものが好きという発想には同意しかねるが、隣で激甘チョコレートラテを飲んでいる彼女が出してくれる珈琲はいつだって苦い。
それはもちろん俺の好みに合わせてくれた結果で、いつだってこのコーヒーは苦くて甘い。
「今年は苦いチョコを何回も食べなきゃいけないの、テンション下がるわ……」
「彼氏の前でいうあたり、ほんとに嫌なんだろうな」
「じゃあ試食してよ」
「もうそれ、本番に貰う意味無くないか」
「いいじゃん、彼女のお菓子スキルが上がって一石二鳥」
「別にいいけどさ」
それから数日、彼女によるチョコレート特訓が行われた。二月に入ってから毎日のように彼女の作る苦いチョコを食べながら、苦い珈琲を啜る毎日。
いくら苦くてもチョコはチョコ。珈琲のお供としては申し分ない。苦いものには甘いもの。抹茶には和菓子。珈琲にはチョコレート。
しかし、数日経って味覚に変化が訪れてきた。
久しぶりに、甘い甘いチョコレートが食べたくなってきたのである。男のプライドで彼女の前では苦いものが好きだと公言してきたが、実際には苦いものも甘いものも好きであり、チョコレートだって甘いチョコレートのほうが好みだった。
かといって、いまさら「甘いほうが好き」などと言えるはずもなく――
バレンタイン、当日がやってきた。
「はいこれ」
「ありがとう。なんも入れてないよな?」
「もちろんブラックだから。あとこれ」
いつも使っているマグカップの傍にはお皿にちょこんと乗っかった、黒い塊。
毎日練習と称して食べているので、今更この構図に何か感想などあるはずもなく、チョコレートに手を伸ばす。
口に投げ込むと、目の前で組んだ手に顎を乗せている彼女がにやにやと笑い始めた。
まさか珈琲じゃなくてチョコのほうに何か入れて――
「……あっま」
結論から言うと、特に何か入っているわけではなかった。
ただのチョコレート。ビターじゃない、甘いチョコレートだっただけ。
急に口いっぱいに広がった甘さに、条件反射的に珈琲へ手が伸びる。口の中で起こるマリアージュに幸せなため息が出た。
それを一部始終余すことなく眺めていた彼女は、いたずらに成功した子供のように笑っていた。
「どう?私好みの味、少しは共感できた?」
「……また今度、ラテも飲んでみる」
「強がっちゃって」
悦に浸る彼女を前に、何も言えない。
ホワイトデーは飛び切り苦いチョコをお返ししてやろうと、決意した。
bitter or sweet【二次創作可】
『チョコレート』をお題に甘い甘いお話を書きました。
各種創作に使用いただいて問題ありません。
※普段ノベルゲームのシナリオや、音楽の原作となるプロットを書いております。何かテキスト領域で創作に携わらせていただける場合やこちらの小説を元に何かを創作される場合は下記に連絡ください。
※こちらの作品はpixivにも公開しております。
Twitter https://twitter.com/sworder_singing
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