校舎から外に出て開口一番、グミはミクとハクに文句を付ける。
「何で二人揃ってあんなに騒ぐかなー……」
 自主的に残っていたのはまだ良いとして、ミクとハクの熱い語り合いは廊下にまで響いていたらしい。あの後、学校内の見回りをしていた担任教師がやって来て
「下校時刻はとっくに過ぎているぞ! さっさと帰れ!」
 と怒鳴られ、大急ぎで鞄を持って逃げるように教室を後にした。
 確かに話の発端は自分にある。しかし馬鹿騒ぎを繰り広げていたのは他の二人だろうとグミはぼやく。
 とばっちりを食らうのはいつもの事。しかし慣れているとは言え、好き好んで巻き添えになんかなりたくない。
「ごめん……」
「盛り上がっちゃって、つい……」
 ミクとハクはしょんぼりした様子で謝った直後、二人に八つ当たりをしていた事に気付き、グミは慌てて言う。
「あ、いや、止められなかったあたしも悪いし」
 言い訳になってしまった事に嫌気を感じたが、幸か不幸か内心の後ろめたさはミクとハクには伝わらず、周囲が明るい雰囲気に変わっていた。
 三人並んで村を歩きながら、もう少し周りに気を配った方が良いと話し合う。学校の敷地から少々離れた分かれ道で足を止め、ミクは軽く挨拶をして別れる。
「じゃ、また明日」
 ミクが帰る先は、遠くから学校に通っている生徒が住む学生寮である。
 何でも、寮に住んで生活を送るのも、緑の国王族代々のしきたりらしい。
 特別扱いが当たり前の環境よりもずっと良いかもしれないが、ミクが王女である事を忘れる原因の一つでもある。
 分かれ道を歩くミクを見送り、グミとハクは他愛の無い会話をしながら道を歩く。時に笑って話をしている最中、グミは前方にある光景を目にして足を止める。
「あ……」
 女性と男性に両手をそれぞれ繋ぎ、はしゃいで歩いている子ども。大半の人にとっては微笑ましくはあるが特別だとは思わない、ごく当たり前の親子の風景。
 胸の中を鷲掴みにされた気分になる。普段ならここまで感傷的にはならないのに、何故か目が離せない、足が動かない。
「どうしたの?」
 ハクの声が聞こえて我に返る。前を見ると、ハクは数歩先で立ち止まり、不思議そうな表情で振り向いていた。
「ん。何でも無いよ」
 何でも無い訳が無い事はばれているだろうが、グミはとりあえず一言返し、見ていた親子とすれ違ってハクへ追いつく。
「グミって、たまにああやって親子や家族を見ている事があるよね」
「気付いてたの!?」
 自覚していた癖を他人に言われ、グミは過剰に反応してしまう。ミクもその事に気が付いているのかと尋ねると、ハクはうーんと首を傾げる。
「変だな、とは薄々思っているみたいだけど、何に反応しているのかは分かっていないみたい」
 それなら良い。一度ほっとして胸を撫で下ろし、グミはこの事は言わないで欲しいと頼むと、ハクは素直に頷いた。
「大丈夫。言わないから」
 グミはありがと、と礼を言う。ミクとハクは約束を守る。これ以上言葉を付け加える必要はない。
 再び会話をしながら帰り道を歩き、ハクの家が見えて来る。グミが帰る家はもう少し先の場所にあるので、ここからは一人になる。
 ハクは玄関先に立ち、小さく手を振って別れの挨拶をする。
「また明日」
 挨拶を返してグミは歩き出す。背中側からドアを開ける音が聞こえてすぐ、ただいまと言う声と、お帰りと答える女性の声が微かに耳に入る。考えるまでも無く、ハクとハクの母親の声だ。
 娘を助けてくれた子で、今では仲のいい友達。そう言って、ハクの両親はミクとグミに顔を合わせる度に礼を言ってくれる。しかし、グミはその感謝の言葉を言われる度に居た堪れない気分を味わっていた。
 恥ずかしいのもある。だけどそれはほんの少しだけで、原因は全く別にある。
 ハクをいじめから助けたのは、純粋な正義感からでも、理不尽な扱いから守りたいと思ったからでは無い。
 ただ単に、いじめをしている連中がこの上なく目障りだったからだ。あの一件に限らず、誰かを責める為に通路を塞いだり、誰誰は無視しようだの言って場の空気を悪くしたりと、無関係な人間にとっては邪魔や迷惑としか言いようがない。
 たまたまあの時非常に苛立って、鬱憤晴らしも込めて勢い任せに鞄を投げつけた。かなり苛々していたのも手伝って、ここぞとばかりに感情を爆発させていた。
 今にして思えば、何とも滅茶苦茶な事をした。向こうに非があったからこちらの言い分が通って丸く収まったが、もしもただの勘違いだったらと思うと怖くなる。
 生きていてごめんなさい。その言葉を聞いた瞬間、今度は別の理由で苛立った。
 ごく当たり前に両親がいて、その親から愛されているのに、言うに事欠いて「生きていてごめんなさい?」
 ふざけるな。多くの人が持っているその『当たり前の家庭』がどれ程ありがたいものかを知らないのか。
 つまりは、ハクが羨ましかった。だから「親に謝れ」なんて偉そうな言葉が無意識に出たのだろう。
「器が小さいなぁ、もう」
 己の自分勝手さに呆れてグミは呟く。考え事をしていると独り言が出て困る。
「おい」
 前触れも無く誰かに肩を叩かれ、心臓が跳ね上がる。一体誰なのかと内心の動揺と恐怖を押し殺して振り向く。
 真っ先に目についたのは、燃えるような真っ赤な髪と首に巻いた赤いスカーフ。見慣れたその姿に安心して良く確認してみれば、買い物袋をいくつも提げた少年が立っていた。
「あ、何だ。アカイトか……」
 アカイトはグミの肩に置いていた手を下ろし、何だとは何だと少々不満な口調で返す。
「怪しい奴じゃ無かっただけマシだろ」
「あれだと誤解されても文句言えないよ? 凄く吃驚した」
「ああそうですか。女の子一人じゃ危ないと思って声をかけたのに、グミさんには心配ご不要でしたか」
 すっかりへそを曲げ、わざととしか言いようのない敬語で一息に言い、アカイトはさっさと歩いて行く。置いてきぼりを食らいそうになったグミは謝りながら駈け足になる。
「そんな言い方する事無いでしょ!」
 アカイトの隣に追いつき、徒歩に切り替えたグミが言う。アカイトが調節してくれているお陰で、歩く速さは合っている。
「るせえ。もう良いだろ」
 乱暴な言い方になっているのは照れ隠しなのだろう。アカイトは口が悪いが面倒見は良い。
 年が離れていてもこうして隔たりなく話せるのは、二人が幼馴染であるからだった。

 戦争の無い平和な世でも、親から虐待を受けた者、生まれてすぐ捨てられた者など、親と暮らせない子どもや身寄りの無い子どもは必ずいる。悲しいがそれが現実で、当然そんな者達を見捨てない為の制度や施設がいつの時代にも必要になる。この村にある施設もその一つで、国が運営している。
 グミは赤ん坊の頃に施設の入り口で捨てられていて、両親の顔も名前も知らない。自分の事で知っているのは名前と性別くらいのもので、どこの生まれなのかも知りようがない。
アカイトが生まれた頃には既に父親はいなかった。正確には生まれる前に蒸発しており、母と二人で暮らしていた。その母はアカイトを女手一つで育てている内に体を壊し、そのまま帰らぬ人となった。
 境遇は違っても、辛さや悲しみを分けあう事が出来る仲間。
 他人だけど家族。それが二人に与えられた環境だった。

 両手に買い物袋を提げて歩きながら、アカイトは院長に頼まれて買い物に行った事を話す。
「最近チビ達が食うようになったからな。食材が足りないってよ」
 現在施設にいる子どもの中では最年長になるアカイトは、院長から何かと手伝いを頼まれる事が多い。
 手伝いで買い物袋の一つを持ち、グミは頷いて同意する。確かに最近チビッ子達の食欲が旺盛である。
「皆良く食べるよね。食べ盛りの遊び盛りだから仕方無いけど」
 アカイトから少し歳が離れるが、グミは二番目である。生まれた時から施設で暮らしている為、歳では下だが先輩に当たる。昔はどっちが上だの下だのと言って喧嘩をして院長に叱られ、罰として二人で掃除をさせられたり、買い物に行かされたりしたのも今では笑い話である。
 いつ頃村を出るのか、住む場所は何処なのか等、アカイトからの質問に答えた後、唐突に話題を変える一言が飛び出した。
「グミは両親の事をどう思ってるんだ?」
 長年の付き合いのあるアカイトから見て、グミは実の両親に対する興味はかなり薄い。
自分を捨てた両親の事を恨んではいないのか。顔を知りたいとは思わないのか。そう問いかけるアカイトに、グミは苦笑して返した。
「顔も名前も知らないから、恨む気も起きないかな」
 育った環境が恵まれていて、幸せだからそう思えるのかもしれない。両親に捨てられて身寄りも無いのに、家族同然の人達に囲まれ、衣食住に困らない生活が出来ている。
 会いたくないかと言えば嘘になる。だけど、その為に何かをしようとする気持ちが湧いてこない。髪の色から察するに、親は緑の国出身ではないかと推測は出来るが、ただそれだけ。グミが緑の国で生まれた証拠にはならない。もしかしたら、黄の国や青の自治領で生まれた可能性だってある。
 小さな頃は、親がいない事が寂しかった事もあった。だけど、親代わりの院長や一緒に暮らす家族がいてくれたお陰で、自分は不幸だと感じた事は無かった。
「親の事を知らないのは、ある意味幸せなのかもな」
 アカイトから羨ましそうに言われて、グミはふざけた調子で返す。
「今更会っても、どの面下げて会いに来た! って怒りそうだから、会わない方が良いかも」
 グミは悲観的では無く、むしろ前向きな様子で言い切る。アカイトは軽く顔を逸らし、短く溜息をついた。
「俺とはえらい違いだな」
「そう言うあんたはどうなの?」
 何気なく問いかける。アカイトに母親がいた事は知っているが、父親に関する事は何も聞いた事が無い。
「母さんには感謝しているさ。病気になったのを隠してまで働いて、俺を育ててくれたからな。……だがな」
 穏やかな笑みを浮かべていたアカイトの表情が変わる。目には憎悪が宿り、嫌悪を露わにして告げる。
「俺と母さんを捨てた野郎なんて父親じゃねぇ。第一、俺がいる事すら知らないだろうよ。一回話を聞いた事があるが、はっきり言って下衆野郎だ。半分はそいつの血が流れているかと思うと吐き気がする」
 どれだけ嫌いなのだろうと驚きを通り越して感心する程、アカイトは父親が憎いらしい。今まで愚痴を言う機会が無かったのか、まだ続いている。
「女癖が悪かったらしいから、腹違いの兄弟姉妹がいてもおかしくないし驚かない。野垂れ死にでもしてくれれば御の字だが、あんな奴程長生きするのが世の常だからな」
 溜め込んでいた事を全てぶちまけてすっきりしたのか、アカイトは晴れやかな表情を見せる。
「そこまで酷い言われようだと、逆に興味が湧いてくるよ……」
 グミは半ば呆れて呟く。評価が悪すぎると、何故それはそれで気になってしまうのだろう。
 はは、とアカイトは笑い、冗談めかして言い切る。
「多分そいつ、どこに行っても下らない事しかしてないだろうな」
 グミとアカイトは知る由も無いが、その言葉は見事に的中していた。
 数分後、賑やかな村の住宅地から少々離れた位置に建つ、平屋建ての大きな建物の前に到着する。両手がふさがった状態のアカイトに代わってグミが玄関のドアを開き、二人一緒に玄関をくぐる。
「ただいまー!」
「ただいま」

 親がいない。血の繋がった家族がいない。その事に大体の人がこう言う。
「可哀そう」だと。
 お生憎様。少なくとも自分はそう思わない。
 帰る家があって、家族がいて、食べる事にも困って無い。ごく当たり前の事だけど、それはありがたい事。他人から見たら些細な事かも知れないけれど、非常に恵まれた環境にいる。
 だから、顔も名前も知らない両親に胸を張って言える。

 幸せだよ。

 あたしは今、とても幸せだよ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

むかしむかしの物語 外伝その4 幸せのかたち 後編

 何を幸せと思うかは人それぞれ。
 
 文字数その他の関係で出番をばっさり削ってますが、グミとアカイトが暮らしている家にはニガイトもいます。(五歳くらい。いつもマフラー引きずってる)

 どこかの街にKAIKOもいるんじゃなかろーか……。

 本編は下から
 むかしむかしの物語 王女と召使 全24話
 http://piapro.jp/content/qohroo9ecrs92lb6

閲覧数:256

投稿日:2011/08/03 19:28:35

文字数:4,923文字

カテゴリ:小説

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