このお話は、同コラボ内のかんぴょさん作、
【メイコちゃんカフェ 『優しい苦さ』】のもう一つのお話です。
単品でもお楽しみいただけますが、
両方を覧いただけると、さらに作品を楽しむことができるようになっております。
とある雪国の―――
とある街の―――
小さなバーを営むカイトの
とある日常です。
メイコちゃんカフェ 3.5話『カイトくんバー -苦い優しさ-』
この街に生まれ育ったのだから、冬には慣れている。
そう豪語するものの、それでも雪降る日は寒い。
本土からの旅行者などは、雪を楽しみに来る人たちも多いようだが、
本当の雪の味わいを楽しむのなら、
出来れば数日かけて、雪の降るこの街を散策してもらいたいものである。
そうすれば、寒いからこそ暖かな、
この街の真の魅力にきっと気付いてくれるだろう。
ここは、雑居ビルの半地下階に存在するバー。
カウンターの棚には古今東西、色々な種類のお酒が並ぶ。
そこの店主は、まだ若さの残るバーテンダー、カイト。
しかし、若いころから修業を重ねた彼のバーテンダーとしての力量は確かなもので、
最近は固定客も増えてきてくれるようになっていた。
今日のお店はまだ開店前。
夕暮れになるまではまだ若干の余裕がある時間帯だ。
今、カイトは店の準備を始めながらも、
そんな開店前の店のカウンターに座っている、
どう見ても、このバーにはふさわしくない、
小柄で可愛らしい少年に対して飲み物を差し出した。
「はいどうぞ。アイリッシュ・コーヒーだよ。最初は混ぜないで飲んでごらん」
少年―――レンは前の前に差し出された、
グラスに入っている、クリーム入りのホットコーヒーを不思議そうに見つめた後、
くぴ、と、口をつけてみる。
そして目を丸くした。
「甘っ…、苦っ…」
「ふふふ」
冷たく甘いクリームの下から、
アイリッシュ・コーヒー独特の、濃厚なコーヒー。
それは、少年にとっては初めての味であったのだ。
「これが大人の味なんですか?」
「そうだね。僕のお店の看板メニューなんだ」
厳密にいえば、今はもちろん、ウィスキーは抜いてあるので、
ただのウィンナーコーヒーだと指摘されたら、まぁそうかもしれない。
ただ、このコーヒーは、馴染みのカフェの女店主に、
アイリッシュ・コーヒー用に特別にブレンドしてもらった、
オリジナルブレンドなのだ。
カクテルの時に使うウィスキーはブラックブッシュ。
その濃い香りと苦みは、常連客からの評判も良い。
雪の降る夜に訪れたバーでの、1杯のアイリッシュ・コーヒー。
その暖かさが、どれだけの人の心を癒しただろう。
レンも雪がちらつく街から店に入ったばかりなので、
そのコーヒーの暖かさに、少し安堵の溜息をつく。
「大人の人って、どうしてこういう苦いのが好きなんでしょうね?」
「さぁ…、なんでだろうね」
カイトは店で使うウィスキーのグラスを磨き、光にかざしてみる。
傷一つないバカラのタンブラー。
このグラスに年代物のウィスキーが注がれると、何とも言えない艶のある、
濃厚な琥珀色の輝きに満たされるのだ。
「それで、何があったんだい?」
グラスを磨きながら、カイトは少年に尋ねた。
「…喧嘩した」
「誰と?」
「彼女…」
「おやおや」
この少年が店に遊びに来るようになったのは、割と最近のことだ。
なにせここは大人のバーである。基本的には中学生が来る場所ではない。
数か月前のちょっとした出来事、―――後に語ることもあるかもしれないが、
その出来事の後、この少年は、時々、開店前に遊びに来るようになっていた。
「なんで喧嘩なんかしたんだい?」
「理由なんてわからないよ…。彼女が勝手に怒ってるだけだよ…」
「そうだね。女の子の気持ちは難しい。これは人類の永遠の悩みの一つなのかもね…」
レンはスプーンでコーヒーと生クリームを混ぜ、
それを少しずつ口にしながら、
カイトに対して、最近の彼女との出来事を愚痴のように語った。
カイトは開店の邪魔になるはずの、彼の話を、
準備を整えながらも、しっかりと聞いてあげる。
「随分と文句を言うんだね。レンは」
「だって…、あいつ、何考えてるかわかんねーし…」
「そうなんだ。…だったら、別れればいいんじゃないのかい?」
カイトにそう指摘され、レンは困った顔で黙ってしまった。
「…別れたくは…、ないよ…」
「どうして? もしかして、可愛い子だからキープしておきたいっていうのかな?」
「そ、そんな訳ないじゃんっ」
「だったらどうしてかな……?」
店内の柱時計が5時10分を指した。5時半の開店までもう少し。
「わかんないよ…。だって俺、子供だもん…」
そんなレンに、カイトは一杯のカクテルを差し出した。
趣味の良い透明なグラスに、氷と、カットされたライムが沈んでいる。
「自分が子供だって理解しているのなら、君はもう、立派な大人だよ」
レンは、そのカクテルを口にした。
コーヒーと、室内の暖房で温まっていた体に、
清涼な冷たさと、そして、これも少し苦いライムの香りが心地よい。
モスコミュールのノン・アルコール版と言いってもいい、
サガトラ・クーラーである。
「君の想いがホントなら、口にしてあげればいいんだよ」
「何を、ですか?」
「好きだって、事をね」
「…!」
そう指摘され、レンの表情が赤くなる。
「…そういうの、恥ずかしいです…」
「そうだね。でも、言葉にしないと伝わらないこともある。特に男女の間はね…」
「……」
レンはコクリとうなずくと、そのサガトラ・クーラーを飲み干した。
恥ずかしさで火照った頭が、その冷たさでスッキリと明瞭になる。
大人の味を飲み干したレンはカウンターから立ち上がった。
「すみません。開店の邪魔をしちゃって…」
「いいんだよ。君が本当に大人になった時にも…。このお店に来てくれればいい」
カイトは笑った。
「その時は、ぜひ、彼女も一緒にね」
「は、はい…」
レンは嬉しそうに、しかし、すこし照れくさそうにはにかむと、
小雪の舞う、夕暮れの町に出て行った。
「…若いっていうのはいいものだね」
恋の悩みは、人類が誕生した時から存在するのに、
いまだに解決できない大問題。
今の少年の悩みは、あるいは、時間が解決する。
そんなことだってあるかもしれない。
だが、彼らくらいの年齢の子たちにとって、
その1日1秒が大切な時間なのだろう。
確か、自分もそうだった。そんな気がするけれども、
もう、あまりに遠い昔の事だったような、そんな気もするのだ。
「さて…!」
そろそろ開店の時間だ。カイトが店の看板を出そうと、そう思った時
「マスター! もうお店やってるわよね!?」
『closed』の看板が出ているはずの扉が豪快に開かれ、一人の女性が入ってきた。
彼女は時々、この店にアンティークグラスを売りに来る業者であるが、
同時に、大切な常連客でもあった。
「いらっしゃい、ルカさん。気が早いですね」
「ちょっと聞いてよマスター、今日、すっごく可愛い青春の話を聞いちゃったの~」
やれやれ、今日も少し騒がしくなりそうだ。
「他のお客さんが来たら、少し静かにしてくださいね」
カイトは苦笑しながらも、
彼女が必ず注文するいつものカクテルの準備に入ったのであった。
ーおわりー
メイコちゃんカフェ・別館『カイトくんバー』
この作品は、同コラボ内の、かんぴょさん作『メイコちゃんカフェ』シリーズのコラボ作品となっております。
【メイコちゃんカフェ 『優しい苦さ』】
http://piapro.jp/t/tMnR
本編の素晴らしいコーヒーの香りに創作意欲を刺激され、思わず、筆をとってしまいました。
二つの物語はリンクしているため、是非、皆さんも本編と合わせてご覧ください。
きっとあなたも、薫り高いコーヒーの香りに心を癒されることだと思います。
コメント1
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ご意見・ご感想
あみっこ
ご意見・ご感想
悠樹さんの小説を初めて読ませて頂きました。
こちら、かんぴょさんからおすすめして頂いた作品です。
かんぴょさんとのコラボ作品なのですね!
レンくんのピュアな素直な思いを導き出してくれた、優しいカイトお兄さんのお話しですね。
みんなそうなのかもしれないけれど、
私はレンくんの気恥ずかしいが前に出てしまう心、
カイトの人生経験から学んだストレートな表現
客観的にみてるからかもしれませんがどちらの心も分かるな〜っと思いました。
2023/06/21 22:31:42