私はよく森を探索しては、魔術を使う訓練をした。
 植物に呪文をかけて、この季節には出来ない木の実を収穫したり。
 肉食動物を操って、動物を狩ったり。

 兄はそういうことはせずに、ほとんど家にいた。
 自分の部屋やマスターの部屋で、勉強をしていたり。
 庭の畑の野菜の収穫や、鶏の玉子をもらったり。

 外の情報は、唯一森の外から定期的にやってくる商人さんから教えてもらった。マスターが生きていた頃から贔屓にしてもらっているという商人さんは、私達の知らない事を来るたびに教えてくれた。それ以外に、私達には外の世界のことを知る手段はなかった。

「最近の出来事かい?」
「ええ」
 今日もまたやってきた商人さんに、私は外の世界のことを訊ねていた。
「そうだなあ…西の大国の国境付近で、魔物の被害が出始めたことかな」
「魔物?」
 聞き慣れない単語に私は首を傾げた。ああ、と商人さんは頷く。
「魔物と言っても人間と大差ない姿だそうだ。運良く逃げ延びた者によると、片腕がカラクリで出来た男と、両目を布で塞いだ女らしい」
「へえ…変わった容姿ですね」
 まあ、だからこそ魔物と呼ばれているのだろう。人間は自分と違うものを先天的に嫌うものだと、マスターが言っていたことがある。
「あれ、いらしていたんですか?」
 背後の扉が開く音に、私は振り向いた。「やあ」と兄の姿を見て商人さんが片手を挙げる。
「今妹さんと話していたところだよ。君も何か訊きたいことはあるかい?」
「いえ、僕は特に…あ、そうだ。買い取ってもらいたい本があるんですけど…」
 兄様は商人さんと出会うたびに、本を買い取ってもらっている。そしてそのお金で、新たな本や食料を買ってきてもらっていた。
「はいはい。今回はどんな本だい?」
「ええっと…ちょっと待って下さい、今回は多くて…」
「私も手伝うわ、兄様」
 椅子から立ち上がって、私は言った。「助かるよ」と兄は微笑む。
「すみません、少し待っていて下さい」
「ああ、構わないよ」
 一言断って、私と兄は部屋を出た。二階へ上がり、兄の部屋に入る。
「…兄様」
 本が散らばった部屋を見渡し、私は溜息をついた。「ごめん」と兄は呟く。
「悪いけど、寝台の上に載っている本を纏めておいてくれるかい?僕は別の本を渡してくるから」
「…分かりました」
 溜息交じりに応じる。頼んだよ、と苦笑しながら兄は数冊本を抱えて部屋を出た。肩をすくめ、私は言われた通りに本を纏める。魔術を使うまでもなく、すぐに纏め終わった。話し込んでいるのか、兄はまだ戻ってこない。
「…ついでに片付けましょうか」
 どうせ文句を言ったところで兄は片付けないに決まっている。
 床に散らばった本を踏まないように注意して、私は兄の机に歩み寄った。机の足元や上に載っている本を纏める。随分古い本から真新しい表紙の本まで色々ある。
「…あら?」
 その中に見慣れない物を見つけ、私は作業の手を止めた。本…ではない。それなりに使い込まれた様子のそれは、日記のようだった。
「兄様のかしら?」
 ぱら、と頁を捲る。予想に違わず、それは兄様のものだった。随分と几帳面な…と思いながら適当に捲っていた指が止まる。

『…僕らは2人で1つの存在だと、マスターは言っていた。ならば、互いがいなくなったら僕らはどうなるのだろう?僕らの力はどうなるのだろう?…』

「……?」
 頁を捲る。日記は続いていた。

『…人間は誰でも魔力を持っているという。才能のある人間はそれを開花させ、使役できるものらしい。けれどそれにもいずれ限界が来る。マスターだってそうだった…』

『…商人さんによると、かつてある村にそれなりの力を持った魔術師がいたらしい。しかしいつの間にか彼女の姿は夫とともに消えてしまったそうだ。…もしかして、彼女も自らの力の限界を感じたんだろうか…』

『…僕の力はどこまで伸びるのだろう。彼女の力はどこまで伸びるのだろう。彼女の力が僕より強くなる可能性はない。けれど、それは僕も同じだ。しかし、その均衡を破る方法があるのならば――』

「なにをしているんだ!」
 不意に響いた大声に私は日記を取り落とした。しかしそれは床に落ちることなく、いつの間にか背後に立っていた兄の手に舞い戻る。
「人の日記を勝手に読むなんて、感心しないね」
「あ…」
 文句を言おうとして、しかし私は口を噤んだ。見上げた兄の顔は、今まで見たことがないほど怒りに震えていた。強く引き結んだ口元。左右色違いの瞳には、私が映りこんでいる。
「…ご、ごめんなさい」
 ようやく謝ると、兄は自分を落ち着かせるように大きく溜息をついた。私から目を逸らし「もういい」と呟く。
「…手伝ってくれてありがとう。後は一人でできる。下で彼の相手をしてあげてくれ」
「…ええ」
 頷いて私は部屋を出た。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

或る詩謡い人形の記録『言霊使いの呪い』第三章

長いですすみませんorz
作中で出てくる魔物はアレです。あの二人です。
そして今更ながらこれは完全自分の独自解釈でございます。「イメージ違っ!」って方は申し訳ないです。

雪菫よりかは短くはなる……かもしれません。

閲覧数:481

投稿日:2009/09/22 21:45:32

文字数:2,041文字

カテゴリ:小説

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  • Hete

    Hete

    ご意見・ご感想

    頑張って下さい!!
    楽しみにしてます!

    2009/10/17 05:38:19

  • shixi

    shixi

    その他

    >狂音様
    コメントありがとうございます!

    すごくないですはい、ええ!すごいのは原曲様だと思いますはい、ええ!!
    自分は歌詞を額面通りに受け取って書いてるだけなので…(汗)


    以下進行状況。
    まったく続きが書けてなくて申し訳ありませんorzレポートの締め切りと重なっておりまして、現在そっちに力を入れている次第でございます。
    今の所四章の出来は半分といったところです。そろそろ兄妹仲に罅を入れていきたいと思ってます。山場はおそらく五、六章あたりになるかと。

    最近インフルエンザが流行っておりますので、狂音様、そして皆様お気を付けください。

    2009/10/15 23:06:34

  • Hete

    Hete

    ご意見・ご感想

    こんにちは
    小説家の狂音というモノです。

    「或る詩謡い人形の記録」シリーズ読ませて頂きました!

    ・・・凄いです。こんなにも詩の物語を文章に出来るのは・・・

    2009/10/15 05:40:14

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