初 恋~Femme fatale~
あなたと出会って、俺の全てが動き始めたのか、狂い始めたのか……。
ファンから貰った深紅の薔薇の花束とプレゼントを抱え、車から降りた俺に声を掛けたのは、隣の家の住人、メイコ殿だった。
「がくぽ君、お帰りなさい」
送ってくれたスタッフに礼を言い、車のドアを閉めると、俺はメイコ殿に向き直った。
「ただいま戻りました」
「すごいプレゼントね」
俺が持つプレゼントを見ながら、メイコ殿が笑った。
「ありがたいことです」
「いい心がけね」
全ボーカロイドの長女である、メイコ殿らしい言い様だ。
「今日、これから予定ある?」
「いえ。特には」
もう、夕方遅い時間。
今から出歩くのも億劫なので、適当に家で食事をして、寝てしまおうと思っていた。
「なら、家に来て。今日は歓迎会なの」
「歓迎会?ああ、新しい人が来るんですよね。確か明日からデビューの」
新しい女性ボーカロイドが、デビューすることは知っていた。
デビュー前から最早世間は大騒ぎで、彼女に関する情報は俺も目にしていたし、デモンストレーション用の歌も何度か聞いた。
確か『巡音ルカ』という名だった。髪の長い、美しい成人女性。少しハスキーな歌声。
スタッフやマスターの中には『君と声と相性が良さそうだ』と言う人もいた。
気にならないと言えば嘘になるが、そう意識はしていなかった。
女声と男声と言うことで、土俵が違う……という事あったし、俺自身、ライバルだとか相性だとかいう、細かいことを気にする感情が、あまりなかったように思う。
カイト義兄者(あにじゃ)がいうには、ボーカロイドは歌を歌ったり、人とふれあったりした経験で、内面や個が出来てくるものだそうだ(あくまで義兄者の推測による物だが)。
まだ世に出て半年余りの俺には、そこまでの思い煩う内面が出来ていなかったのかもしれない。
ただ、多少なりとも好奇心はあった。
「ぜひ参加させてください」
「絶対来てね。今、カイトが気合い入れて料理を作ってるし」
義兄者の料理も魅力的だった。
「お姉様」
隣家のドアが開き、女性の声がした。先日から何度か聞いたあの歌声と同じ。
「ルカ。丁度良かったわ。となりのがくぽ君よ」
メイコ殿の呼びかけに、彼女はこちらにやってきた。
写真で何度か見た顔のはずだった。デモPVで何度か見た姿のはずだった。
その人はそのどちらよりも、遙かに美しかった。
歩く度にゆれる長い艶やかな髪と、豊かな胸。
吸い込まれるような翠玉の瞳、桜の花びらのような唇。
抜けるように白い肌、細くしなやかな姿態。
「がくぽ君。ルカよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
かすかに憂いを帯びた甘い声と共に差し出された、小さな白い手。
「……」
「がくぽ君?」
メイコ殿の声に、俺は我に返った。
「失礼。神威がくぽです」
平静を装い、彼女の手を握った。
思った以上の柔らかさに、握りしめることが出来ず、すぐに手を離してしまった。
「巡音ルカです」
彼女はそう言うと、俺が持つ紅薔薇の花束に目をやった。
「綺麗ですね。私も、そんなお花をもらえるようになるかしら」
「ルカなら大丈夫よ。もっとたくさんもらえるようになるわ」
メイコ殿の励ましに、嬉しそうに微笑む笑顔は、少し幼く見えて愛らしい。
俺は薔薇の花を一本抜き取ると、彼女に差し出した。
「お近づきの印に」
「まあ」
微笑みながら受け取ると、彼女は目を細めて薔薇を見つめた。
「ありがとう」
彼女の手の中にある薔薇の紅が、驚くほど鮮やかに見えた。
反対に俺が抱える花束が、ひどく色あせて見えたのが不思議だった。
デビューしてからの彼女の人気はすさまじく、俺が見かける時は、いつも忙しそうにしていた。
その忙しさの中にあっても、いや、忙しく人から求められるほど、彼女の輝きは増し、美しさは際立っていった。
俺はその姿を追い求めるようになった。
仕事先で彼女の姿を目で探し、家では隣家から漏れ聞こえる彼女の声に耳を澄ませる。
そのくせ彼女に正面から出会えば、挨拶もそこそこにその場を離れ、たまに目が合えば、すぐに目をそらす。
やっていることが滅茶苦茶だった。
「俺は……どこかおかしくなってしまったのか」
私室の座敷で、燗酒をあおる。以前より、酒の量が増えた。
彼女に会ってからの自分が分からない。
「俺は、どうしたいんだ?」
答えのでない自問自答。
分かっているのは、明日になればまた彼女の姿を、声を、俺が探し求めるだろうと言うことだけだった。
目の端をかすめた白い影。
PV撮りを終え、楽屋に戻ろうとしていた時だった。
慌てて振り向くと、ルカ殿が階段の下に、うずくまっていた。
「ルカ殿?」
具合でも悪いのか?
駆け寄ると、彼女は真っ直ぐに俺を見上げてきた。
「何でもありません」
冷たくはねのけられる。
「しかし……」
彼女の側に、ヒールの折れた靴が転がっている。
今日は彼女もPV撮りなのだろう。いつもよりも派手で露出の覆い服を着ている。
靴もそれに合わせた、ピンヒールの物のようだ。
「転んだのですか? 怪我は?」
「放っておいて下さい! あなたは私の事なんて嫌いなんでしょう!」
「えっ?!」
そんなことは思ったこともない。
「どうしてそうなるのですか?」
慌てて彼女の側にしゃがみ込む。
「いつも、私に会えば、逃げるじゃないですか。目があっただけで、顔を背けるし……」
ヒールが折れて転んだことで、彼女が動揺しているのが分かった。
「顔も見たくないぐらい……」
翠玉の瞳が潤み始めた。
「私のことが嫌いなんでしょう」
小さな唇が震えている。
「どうして嫌われているのか分からなくて、考えながら階段を下りてたから、踏み外して転んだんです! あなたのせいです!」
彼女が俺のことを考えてくれていた。
泣きそうな彼女を前に不謹慎なことだが、俺は舞い上がりそうだった。
「私のことが嫌いなんでしょう!」
嫌ったことなど無い。そうか、俺は……。
「あなたを嫌ったことなどありません」
俺はあなたのことが……。
言いかけて言葉を飲み込んだ。今、このことを言っても、彼女を更に混乱させるだけだ。
俺よりも更に幼いボーカロイド。
俺が彼女に対してまずしなければいけないのは、彼女を落ち着かせること。
「あなたに誤解させるような態度をとっていたなら、謝ります。ごめんなさい」
驚いたように俺を見る瞳を、俺は心を落ち着け、静かに見つめ返した。
やはりこの人は美しい。
「俺は……そう、戸惑っていたのかもしれません」
「戸惑う?あなたが?」
「ええ。俺よりも後からきたボーカロイドに、どう接すればいいのか分からなくて」
嘘ではない。それも彼女を避けていた理由の一つ。
「メイコ殿にしても、カイト義兄者にしても、みんな俺よりも経験のあるボーカロイドで、俺は色々と良くしてもらっていました。逆に、自分よりも後から来た人に接するのは初めてで、どう接していいものか、戸惑っていたのです」
「がくぽさん……」
彼女が俺の名を呼ぶ。
こんなに自分の名前が、尊い物のように聞こえたことはなかった。
「普通で良いのに……」
「そうですね」
俺が笑うと、彼女も微笑んでくれた。
たったそれだけのことが、幸せだと思える。
「怪我は?歩けますか?」
「どこも痛くないから、大丈夫だと思います。けど、靴が……」
「失礼」
そう言って、俺は彼女の背に腕を回して抱き上げた。
「がくぽさん!」
彼女の膝の裏に腕を入れ、体制を整える。
「取りあえず楽屋に戻りましょう。誰かに新しい靴を持ってきてもらえるように伝えます」
「が、がくぽさん、私歩けます!」
「だめです。転んだのは俺のせいでしょう。責任は取ります」
慌てる彼女があまりにも可愛くて、からかいたくなった。
何よりも、もっと彼女に触れたかった。
「あっ、あれは、八つ当たりで、その、忙しすぎてイライラしてたし、だから……」
「いいから」
思った以上に細く折れそうな躰。
出来ることなら手放したくない。
楽屋までの道のりが、もっと遠ければいいとさえ思った。
ルカ殿に会った日から、俺の中で様々なことが動き出したように思える。
いや、揺らぎだした。と言った方がいいかもしれない。
彼女はどうだろうか?
俺の存在は、彼女の心に何かを与えているだろうか。
ほんの一瞬でもいい、かすかな物でもいい。彼女の心に、俺の何かが残せたら……。
「ルカ殿。行きましょうか」
これからPVのセットに上がる。
俺はいつものように彼女に手をさしのべた。
「はい」
彼女が俺の手を取る。
こうして触れることで、彼女の中に欠片でも俺を残すことが出来たら……。
それだけを想い、俺は彼女の側にいる。
なぜ動き出したのか? なぜ狂ったのか? 君に触れてこの疑問は消えた……。
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Re:sui
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