探偵。
この言葉を聞いて、多くの人はこんなイメージを浮かべるのでは無かろうか。
複雑怪奇に絡み合った難事件を、快刀乱麻の如くあっさりと解決せしめる、ミステリーの花形。
実際それはその通りだ。世界中でこの探偵という存在は愛され、小説、漫画、ドラマにおいてすら彼らは数々の難事件に対面し続けている。

だが、現実は違う。

探偵のやる事と言えば、迷子のペット探しに始まり、せいぜいが浮気調査まで。
偶然行った先で殺人事件が次々と発生する程に法治国家は殺伐としていないし、警察にも思いつかないような方法で殺人を犯す一般人など想像もしたくない。
そしてそれ以前に、そもそも探偵がニュースになるほど大きな事件に絡む事が皆無と言っていい。果たして、寝起きに開いてみた朝刊に『探偵が事件解決』などと書かれた記事を一度でも見たことがあるだろうか?
いや、あるはずがない。何故ならば、わざわざ金を払ってまで探偵を雇うよりは勝手に捜査を進めてくれる警察に任せた方がどう考えても得なのだから。

つまり、所詮は現実の『探偵』など、「探偵とは嫌な職業である。何故ならば、どんなに親しい人でさえ時として疑わなければならないのだから」などとニヒルに格好付ける事もできずに、仕事帰りの疲れた中年男性の後をこっそりつけ回すような哀しい職業でしかないのだ。
……少なくとも、彼・探視エンレルというボーカロイドにとっては、それはそんな認識であった。

◆◆◆

「はぁ……」

時は中世、ではなく現代。
場所は霧の都、ではなく科学の都市。
煉瓦づくりならぬコンクリートづくりの、築5年も経たぬような清潔感漂う宿舎の一角に、頬杖をつき溜め息を吐く一人の探偵、すなわち探視エンレルの姿があった。
いや、実のところ『探視エンレル』を『探偵』と表現する事すら正しくないのかもしれない。確かにかの偉大なるシャーロック・ホームズを彷彿とさせる格好で、自信が主役を務める推理ドラマ「エンドレス・ループ」においても、かの少年探偵もびっくりな名推理ぶりを見せる彼にこれ以上適合する単語は存在しない。
しかしながら、それらは所詮『キャラクターとして他者から与えられた役割』でしかなく、彼が望んで手にした物ではない。故に、探偵とは彼の存在を体現した言葉でありながらも全く持って彼の本質を捉えた言葉とは言い難いのである。

そんな『探偵』エンレルの憂いを帯びた茶色の瞳に映るのは、無機質な光を放つパソコンの画面。探偵が室内に籠もるなど一見おかしな光景に見えるかもしれないが、その考え方こそおかしなものだ。実のところ探偵などといった情報を糧にする職業にとって最も重要なのは、いかに情報を効率よく得るかという事であり、使用する道具や情報収集の方法に意味があった訳ではない。故に、現在の行為もエンレルの認識としては虫眼鏡が光学機器に変わったに過ぎない。あのいつもどこかしら抜けている同居人とは違うのだ。

「……って、何を考えてるんだ。そして、何をしているんだボクは」

ぼんやりと思考をしていたエンレルは、そこでキーボードを叩く手を止めた。
自らが本物の探偵とは言えないにも関わらず、今この場にはいないあのボーカロイドのあり方は否定できない。
そしてそんな偽物の癖に気づけば気になった事を調べ続けているのだ。だがしかし、この調査の果てに得られるデータが一体何の得になるというのか。見つけた手がかりに必ず意味があるほど現実は甘くない。

「……コーヒーでも飲むかな」

また横道にそれ始めた思考を断ち切るために、エンレルは伸びをしながら椅子から立ち上がった。
そして、安物のボトルコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れて口に運ぶ。一応彼の中では、砂糖を入れるのは頭脳労働には糖分が必要不可欠だから、ミルクを入れるのはカルシウムの摂取によるイライラの回避という理由付けをしているものの、実のところブラックコーヒーが苦くて飲めないだけである。

(……それにしても、わからないなぁ)

一息つきながらも、もう既に彼は今調べている事柄に関して得られた情報の整理を、半無意識的に行っていた。

エンレルが最近調べているのは、ここ数日前発生した一つの事件だ。
その内容はずばり、ピアプロセントラルビルに侵入者があった、という奇想天外なものだ。
VDFと交戦した後侵入者たちは逃亡したものの、結果的に死傷者はほぼなし、物的被害も警備ロボ数機と通信機一機が破壊されはしたが盗まれたものなどはなかったため、結局ピアプロは警備体制を強化しつつも初音ミク生誕祭を開催すると決定した。
事件の扱いは新聞もテレビも非常に少なく、この決定に疑問の声を上げる者はいたものの、それらはすぐに世界の変わる瞬間を待ち望む声に呑まれて消えていった。マスコミがほとんど騒がなかったのを見れば、恐らくは裏で黒いやりとりもあった事だろう。
そんなこんなであったかどうか覚えている人も少ないであろうこの事件に、彼は注目していた。いや、より正しく言うならば、この侵入者たちに注目したのだが。
スーツに刻まれていた文字から推測するに、恐らくBINZOKOという名のこの組織は、一見記事にも語られるとおりその行動などから愉快犯のようにも思える。
だがしかし、その実体はそうではないと、エンレルは考えていた。何故ならば、セントラルビルには『生体識別センサー』という、あらゆる生物に反応を示すセンサーが内部に張り巡らされているからだ。
このセンサーは非常に高性能な上、未だに回避する明確な手段が判明していない筈なのだが、彼らはそれをあっさりと回避し、尚且つ誰一人捕まる事なくその姿を眩ましている。確かにでかでかと組織の名を掲げていたり結局何がしたかったのかよくわからなかったりと、一見可笑しな集団に見えるのだが、効果的な陽動といい迅速な動きといい、あらかじめセントラルビル内部の状況が分かっており、尚且つ綿密な計画を立てて挑んだのだと思わせる部分も多々見られるのだ。
果たして、BINZOKOというこの組織は一体。
エンレルにとって、それは非常に興味深い命題となっていた。

(……本当に、わからない)

コーヒーを飲みながらも、彼の思考は更に内側に向く。
流石にないかと思いつつも試しに『BINZOKO』という言葉で検索してみると、なんと情報が出るわ出るわ。
何でもそれは世界征服を企む悪の組織だとか、とんでもない技術力を持ってるだとか、人体改造を行ってるだとか、未来から来たマッドサイエンティストが裏から手を引いているだとか、胡散臭いものばかり。
中でも有り得ないのが、『構成員の殆どはボーカロイド』というものだ。エンレル自身がボーカロイドである以上はっきりと言えるが、ボーカロイドに犯罪は不可能だ。何故なら、最初から『心』システムには法律や規律、マナーなどに逆らう事の出来ないように設定が成されているからだ。しかもこれは後から改変しようとしてもその操作を決して受け付けない。キャラクターの設定や立場に従ってある程度緩和されたり(例えば、設定が殺人者のボーカロイドがや、VDF所属のボーカロイドならば銃火機の携帯を許されるなど)してはいるものの、この締め付けから逃れる事は出来ないのだ。

また、彼らの盗んだと思われる品物についても調べてみたが、こちらは何でも『ボーカロイドの記憶領域にアクセスする』という機能があるらしい。ぶっちゃけ、同じ機能で遥かに性能のいい道具が開発されている、というかこの品物は『なんでそれだけの事をするのにこんなに複雑な機構が必要なのだ』とか言われていたりもしているほどらしい。廃棄予定になるのも当然か。

(やれやれ……)

情報の整理をしてみても、進展はない。
確かにインターネットは便利ではあるものの、一方で信憑性に欠けるという弱点がある事もやはり間違いない。
もっとも、そういった中から確かそうな情報を拾い出す事は彼は慣れている筈なのだが、今回ばかりは本当にどれが正しくどれが間違っているのかが全くわからない……というより正しそうな情報がない。
推理以前の段階で躓いては、探偵もお手上げというものだ。

「ただいま帰りましたー!!」

(おっと)

玄関のドアを開け放つ音に、彼は意識を現実に引き戻された。
もっとも、誰が帰って来たかなど出迎えなくてもわかる。この部屋の住人など自分を含め二人しかいない。
エンレルは壁によりかかり、窓に目線をやりつつ、玄関の人影に声をかけた。

「ノタン、あれほどボクの調査に首を突っ込むなと言っただろう?」

「はぅっ!?」

いきなりの指摘に思わず声を上げたのは、探歩ノタンという名のボーカロイド。
彼と同郷で、片割れ、とまではいかずとも産み出されてこのかた共に過ごし続けてきた仲だ。
そんなノタンは、目線をそらしながら質問を返した。

「な、何のことですの?」

「今日起きたら、ファイルに閉じておいた新聞の切り抜きが一枚なくなっていた。後、パソコンに朝早くに起動された記録が残っていた。ついでに言うなら両方ボクが触れるなと言及しておいたものだ。そして、夜中の間ずっと部屋には鍵が掛かっていた。さて、誰が僕のパソコンとファイルをいじったんだろうか?」

明らかに動揺するノタンを、エンレルは遠回しに問い詰める。

「え、ええと……こ、小鳥さんですの!ほら、わたくし朝起きてすぐ窓を開けたのでその時……」

「なるほど、気付かれることなく侵入し、ボクの机の引き出しを開けてその中からファイルを取り出し、尚且つ機械を操りインターネットの検索履歴を確認できるだなんて、どうやらボクは鳥類という分類の生物に大きな誤解をしていたのかもしれないね」

「う、うぅ……」

「ともかく、その鳥を探して新聞の切り抜きを取り返しに行きたいんだけど、姿を見ていたなら教えて欲しいんだ。雀かい?鴉かい?それとも……」

「……ごめんなさい!わたくしがやりましたの!!」

追い詰められた犯人はあっさりと自白した。あまりに簡単な事件であった。だが、エンレルはその発言に大げさに驚いたような声を上げた。

「なんと!君は鳥類だったのかい?」

「ち、違いますの!!」

「いやあすまない、今まで気づかなかったよ……空が飛べないという事はダチョウの仲間なのかな?」

「ううぅ……エンレルはいじわるですの……」

ノタンはエンレルの発言にちょっと涙目で頬を膨らませた。少しやりすぎたかな、とエンレルは心の中で反省し、話題を変えた。

「しかし、本当に何度言ったら分かってくれるんだい?ボクを君の『探偵ごっこ』に巻き込まないで欲しいんだけれど」

エンレルは少々きつい口調で言った。
そう、全てのボーカロイドが設定に従っている、あるいは従おうとしている以上、彼女の行為はあくまでごっこ、お遊びに過ぎない。それ故に、エンレルは彼女が調査の首を突っ込むのをあまり良しとしないのだ……もっとも、彼自身もあくまで「探偵」という設定を持っているだけである以上、彼も彼女と似たような存在なのかもしれないのだが。

「ご、ごっこじゃありません!わたくしだってちゃんと調べて参りましたの!」

辛辣な言葉にノタンは顔を真っ赤にして反論し、彼の手にメモ帳を押し付けた。
エンレルはそのページを開きしばし眺めた後、深々とため息をつく。

「……統計をとってどうするんだ……」

彼の手元の冊子には、『BINZOKOという組織に知っているか』という質問に対し、はいと答えた人の数、いいえと答えた人の数、その他などが詳細に書き込まれていた。後、はいと答えた人がBINZOKOという組織に対して思った事なども書き込まれていた。精密は精密だが、これでは探偵というよりは新聞記者である。

「どうですの?わたくしだってやればできるんですの!」

「そうだね。今度いい出版社を紹介してあげるよ」

一秒前まで胸を張っていたノタンはその一言でいじけて部屋の角に座りこんだ。しかし、この情報は本当にエンレルには必要のないものなのだから仕方がない。
と、ぼーっとメモ帳を捲っていると、あるページを見て彼は余計に呆れた。

(わざわざボーカロイドにまで聞き込んだのか……)

本当に無駄手間としか言いようがない。己の敷地を荒らされ興味を持たない当事者などいないものか。
しかし、そう思っていた彼はそのデータに驚かされる事となった。

(どういう事だ?これは……)

明らかに統計がおかしい。具体的には、知らない・興味ないの割合が多すぎるのだ。確かに考え過ぎかも知れないのだが、いくら何でもピアプロ外部の人々の割合の方がこの事件に興味を持っているというのはあまりにも考え難い。ピアプロのシステムは全てセントラルビルで管理されている筈なのだから、そこが襲われたとなれば多少なりとは気になる物ではないのか。
だが、ボーカロイドがこの件について嘘を吐くとは考えられないし……待て。

(ちょっと待て。本当に、そうなのか……?)

その時、彼の推理に優れた明晰な頭脳は一つの疑問を導き出した。

(本当に、ボーカロイドはこの事件に関わっていないのか?)

例えば、彼らがノタンの調査においてうっかり真実を漏らしてしまうのを恐れ嘘をついたというのならば。彼らが事件を起こした張本人であるが故に生体識別センサーに引っかからなかったというのならば。

(……いや、やっぱり強引過ぎる)

いくら何でも穴が多すぎる。こんな滅茶苦茶な推理など、それこそ物語の中でしか有り得ない。
彼は溜め息と共に頭からその考えを振り払った。だが、一つの疑念だけがしこりのように心に残る。

「……ノタン」

「……何ですの?」

「君の集めた情報だが、思ったより役に立つかも知れない。もう少し調べて来てくれないか?」

「……は、はい!!」

ノタンは一瞬驚いた顔をした後、笑顔で部屋を駆け出していった。
決して彼女が邪魔だから嘘をついて追い出した訳ではない。彼女の先入観のない情報がエンレルをその疑念まで導いたのだ。多くの探偵物に相棒がいるのは、単純に話を円滑化するだけでなくこういった背景があるのかもしれない。彼女を相棒と認めるのはなんだか癪だが。

「……さてと」

ノタンの足音が聞こえなくなった所で、エンレルはパソコンを起動させた。
調べる内容は、『心システムの法律・契約の保守の絶対性について』だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説【とある科学者の陰謀】第関話~真実に近づく者~表

皆様、お久しぶりです。……すみません腹切って詫びます。
もう前回から間が空きすぎてなんだったか忘れてる人も多いと思います。本当に申し訳ありませんでした。
しかもそれで上げるのが伏線話・しかも前後編という……ああ、ちょっと腹切って詫びます←

という訳で、今回お借りした亜種をご紹介致します。

・きなつさん
探視エンレル
探歩ノタン

今回はほぼこの二人の話でした。なんか伏線張るのに利用したみたいで申し訳ないです。
そして裏に続きます……がこっちだけ読んでもあんまり問題ないという←
今後は更新速度を元に戻していきたいです。せめて週一には……

閲覧数:193

投稿日:2011/11/29 13:54:35

文字数:5,931文字

カテゴリ:小説

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  • 脱兎だう

    脱兎だう

    ご意見・ご感想

    お久しぶりです、きなつですー。

    ノタンとエンレルを使ってくれてありがとうございます!
    まさかこの二人の会話になるとは・・・w
    自然な会話で面白かったです、これからも頑張ってくださいませ!
    無理はしないようにしてくださいね・・・←

    2011/11/29 15:31:25

    • 瓶底眼鏡

      瓶底眼鏡

      はい、探偵というキャラ設定を見た時からこういうシーンが思い浮かんでました!
      きなつさんに自然と言って頂けると安心です!書いた時はちょっとエンレルがイヤミになってしまったかな?とか不安もあったのですが、杞憂だったようですね。
      今後もがんばります!!

      2011/11/29 22:47:42

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