【二人を繋ぐ紙飛行機 ―囚人― 後編】
君が居たから、僕はここまで生きてこられて。
君が笑うから、これからどんな運命になっても笑って行けると思った。
君の名前を、僕はまだ知らない。
――それでも僕は、君と出会って。
僕の未来が、輝いた気がしたんだ。
名前を知らない僕は、君を呼ぶことが出来なくて。
ここから出られない僕は、去って行く君を追うことも出来ない。
「ど、して……っ」
今更になって、気付いた。
……違う。今までずっと、気付かない振りをしていた。
彼女と僕には、差がありすぎる。
人を殺めてしまった僕には、彼女を愛する権利はない。
それなのに。
それなのに、僕の心は彼女を欲して止まない。
名前も知らない君を、僕は愛している。
部屋で一人、泣いて居ると。
唐突に、数人の看守がやってきた。
そして、僕から手紙を奪っていく。
……彼女からの、手紙を。
「――っ!! 返せ……ッ!!」
突然の行動に、慌てて看守に掴みかかろうとする。
鈍った思考と重い体は、かみ合った動作をしてくれない。
足がもつれて、僕はその場に倒れ込んだ。
手紙を奪ったのとは別の看守が、僕を押さえつける。
「お前の、処刑が決まったよ。今すぐだ」
びりびりと乾いた音を立て、僕の目の前で手紙が破られて行く。
細かい紙切れとなり地面に落ちていくそれを、僕はぼうっと眺めていた。
暗い部屋に紙切れと共に押し込められ、僕はその場に倒れる。
僕に、元々手紙だった物が降り注ぐ。
「もう……会えないや。ごめんね」
もう、立ち上がる気力もない。
君が居なくなってしまった世界に、未練はない。
なのに、僕の心はうるさいぐらいに叫んでいる。
もう少しだけ、この世界で生きてみても良かったかなと思ったのに。
あぁ、君に、もう一度だけでいいから会いたい。
あいたい。
……アイタイ。
――……会いたい!!
「もう一度……会いたいよ、君に。最期に、君に……」
君の笑顔が、浮かぶ。
手紙の一文字一文字が、浮かんでは消えて行く。
君はいつも、輝いていた。
少しだけ、僕も傍に居たかった。
届かないとわかっていても、手を伸ばさずには居られなかった。
少しずつ、苦しくなっていく。
僕は扉に、手を伸ばす。
届かずに宙を掻いたその手は、ぱたりと床に落ちた。
「話しを……君と、話しをするって……」
涙が零れた。
冷たく頬を濡らす。
「お願い、話しをさせて……! 彼女に、会わせて――……!!」
最期に、最期に。
狭くて暗い部屋に、僕の声だけが響く。
だんだんと、声が出なくなる。
胸が苦しくなってくる。
呼吸が、出来ない。
「せめて」
絞り出した声は、掠れていた。
「君の」
視界が暗くなっていく。
「名前」
僕はゆっくりと、目を閉じた。
「だけでも」
君の笑顔が、浮かんでくる。
『おやすみなさい』
君の声が、聞こえた気がした。
「知りたかッタ――……」
僕は呼吸をするのをやめた。
向こうへ行ったらまた、君と会えるかな。
君の手紙は、全部なくなってしまったけれど。
向こうで会えたらまた、話しをしよう。
今度は、紙飛行機じゃなくて。
隣同士座って。
声で。
ここで、君の声を聞けなかった分。
今度はいっぱい、君の声を聞かせて。
END
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