一週間後、僕と進君は朝のHR前の時間に旧校舎に来るように呼び出された。基本的に部活の朝練は禁止されているため、朝、旧校舎には誰もいない。そんな中、部活棟の一室に電気がついていた。
土足のまま昇降口から入り、その教室のドアを開ける。そこには数人の男子生徒がいた。その生徒はこちらを見て、ニヤリと笑った。
「八木沢君と六浦君だったっけか? よくやるよなぁ、特にあんた」
そう言われ指を指されたのは僕。
すごく嫌な予感がした。
「女顔だからって、男落とすなんて頭おかしいんじゃね?まぁ、落とされる男も男だけど。それとも、あんたらそっち系なのか?」
下品な笑いと共に次々と繰り出される言葉が痛かった。
「あんたら、ちょっといい加減に……」
「あぁそうだ、これよく撮れてるだろ」
進君の言葉を遮った男が紙のようなものをバラ撒いた。拾い上げてみて、息をのんだ。
それは全部写真だった。一週間前に一緒に帰った時の。二人で一つの傘に入って笑っているモノや手を繋いでるモノ、そしてキスをしてるモノだった。
「これ、もう各教室にも撒いてあるから」
「なんで、こんなこと……」
ようやく、口に出せたが、声が震えてしまった。
「そんなの、お前らがムカつくからだよ。新入生のくせにチヤホヤされて、女にキャーキャー言われて。だから、どうにかしてやろうと思ったときにちょうどいいネタを出してくれたから使ってやっただけだ」
もう、何が何だか分からなかった。
足の力が抜けて床に座り込んでしまいそうになったのを進君が支えてくれた。その行動を見て更に男たちは笑った。ヤバい、だの、キモイ、だの言いながら僕たちをそのままに教室を出て行った。
どこかで、タイミングを見計らっていたかのように携帯が着信を知らせる。恐る恐る、画面を見ると相手は椿ちゃんだった。でも、通話ボタンを押すことが出来なかった。
そのまま、出られないでいると、携帯を手から抜かれた。その後を目で追うと進君の手の中にあった。進君はそのまま通話ボタンを押し電話に出た。
「四ツ谷、悪いが柳は今話せる状態じゃない。どうした?」
内容が僕に聞こえないようにするためかボタンを押して少し、音量を下げていた。二言、三言、口にして進君は電話を切った。
「椿ちゃん、なんだって……?」
聞きたいけれど聞きたくない。そんな矛盾を抱えながら進君に聞いた。
「教室にバラ撒かれたのは本当だったみたいだ。校舎内で軽く騒ぎになっているらしい。暫く戻らない方が良いって」
いったい何がいけなかったんだろうか。雨の日に一緒に帰ったからなのか、彼を好きになってしまったからなのか、それとも、彼と出逢ってしまったからなのだろうか。
そもそも、なんでこんなにも騒ぎになるのかわからない。確かに僕らは男同士だけどそれは、さっきの男たちに馬鹿にされるくらいに、校内が騒ぎになってしまうくらいにいけないことなのか。
いろんなことが頭の中を巡る。その中で、唯一分かることは今、進君が辛そうな、悲しそうな顔をしていることだけだった。
でも、そんな彼にかける言葉が見つからなかった。
朝のHRの開始を知らせるチャイムを遠くに聞きながら、何も考えられない状態で僕が口にしたのはただ、全てを否定する言葉だった。
「こんなことなら、進君と出逢わなければよかった!」
それと同時に冷たいモノが頬を伝わって床に落ちた。自分の気持ちも進君の気持ちも否定されてしまっているようで、悔しくて、悲しくて、苦しかった。その感情と共に溢れ出してしまったソレを止めることが出来なかった。
こんなどうしようもない僕を、進君はずっと抱きしめていてくれた。頭を優しく撫でたり、背中を叩いたり、僕が泣き止むまでそうしてくれた。
「俺は、ずっと柳と一緒にいる。何があってもこれからも傍にいる。だから……」
そう言って僕の前に小指を出すのはこれで三度目だ。僕は小指を絡めながら一つの決心をした。
「ねぇ、進君。僕は決めたよ」
「何を?」
「最初からもう一度やり直すことを。だからさ、進君と僕の……柳の物語は此処でおしまい。大丈夫、きっと、二人とも幸せになれるから」
今できる、精いっぱいの笑顔を作る。
「それは、どういう意味?」
「今のままじゃ、もうどうしようもない。だから〝僕〟が〝僕〟じゃない物語に最初から創り変えればいい。今回の騒動も全部なかったことにするために。だから〝僕〟がまだ〝僕〟でいる今の、最初で最後のお願い。僕を女の子にして? 出来るよね? 僕と進君の能力なら」
不安そうな顔をした進君はそっと肩に顔を埋めて呟いた。
「柳はそれでいいのか?」
「うん、進君が一緒に居てくれるなら」
「分かった。そのために確認したいことがある」
そう言って、進君は順番に確認事項を上げていった。
一つ目は、性能強化〈エンハンサー〉について。今回の改竄対象は必然的に僕になる。〝僕〟が〝僕〟として生まれた事実を改竄するには遺伝子レベルの記憶が必要になるからだ。その記憶を持っているのは僕しかいない。そうなると、問題になるのが複数のモノの記憶を改竄するのに必要な性能強化を使うのも僕だという事。進君の能力、記憶操作〈メモリーコントロール〉は、記憶にリンクした時点で対象者の意識は途切れ眠ってしまう。その状態で、性能強化が使えるのかということ。
二つ目に、改竄する内容について。僕が男として生きてきた記憶を消すのかそれとも遺伝子の記憶だけを変えて僕の記憶を残すのかということ。
どちらの問題も僕の中では既に答えは出ていた。
前者は、やったことはないがたぶん出来る。進君の能力は現実世界では、二・三秒の出来事だし、意識が途切れる頃には進君は現実世界に戻ってきているから。それくらいなら持続は出来る。
後者は、僕自身の記憶は残しておくべきだと思っている。人ひとりの性別を変えてしまうような改竄をしたことを進君ひとりだけに抱えさせるわけにはいかない。それに、これは僕が望んだことだから。
それを彼に伝えると、ただ一言、分かった。とだけ返ってきた。
暫くして、進君が顔を上げたのを合図に二人で立ち上がった。
「じゃぁ、始めようか」
「ああ」
目を閉じて、能力を使用する。その際、メビウスの輪や、輪廻の輪の様な永久機関をイメージする。自分が解放した能力が廻って、また自分に戻ってくる。それが、僕の能力を表現するのに一番ピッタリだったから。
頭に軽く手を乗せられた。
そして、目をつぶってるのに青白い光を感じたところで、僕の意識は途絶えた。
「だいたい、こんな感じかな?」
私と進君の出会いから今までを掻い摘んで椿ちゃんに話した。
「まぁ、なんとなくそんなことだろうとは思いましたけど」
呆れたようにため息を吐く椿ちゃんだが、これはきっと予想通りで面白くなかったと言う事なんだろう。彼女はそういう人だから。
「結局、進君は周りの人の記憶や戸籍なんかは書き換えたのに私自身の性別はそのままにしたし、私は私で、自分の我儘を正当化しようとしてメビウスの立ち上げを提案した」
そう、あの日意識が戻った僕はセーラー服を着ていたから上手くいったんだと思っていた。けれど、二つだけ予想外の事があった。一つは、椿ちゃんの記憶は何も改竄されていなかったこと。もう一つは、進君が、ただ一言『やっぱり出来なかった』と、言ったこと。
「なんで、私を女の子にしてくれなかったのかな……?」
それについていろいろ考えたが、答えは出なかった。それを知っているのは進君しかいないのは分かっているけど今日まで聞くことが出来なかった。
「ホントに八木沢君は大事なことを伝えない方ですね」
深くため息を吐いた椿ちゃん。今度は本当に呆れているようだ。
「その様子だと、なんで私の記憶が改竄されなかったかも聞いていないんですよね?」
「え、事後処理のためじゃないの?」
私の返事を聞いて椿ちゃんはまた一つため息を吐いた。
椿ちゃんのその反応から分かることは、私の聞いてた理由じゃない本当の理由が存在するという事。そして、それを椿ちゃんは知っていて私は知らないという事。
不意に胸の奥が痛くなった。どうしてかなんて分かってる。椿ちゃんが羨ましいんだ。つまり、嫉妬しているんだ、椿ちゃんに。
何だか泣きたいような気持ちになってきた私に対して、目の前の椿ちゃんはどんどん笑顔になっていく。それを見ていられなくて目を逸らしたら、握られている手の力が少し強くなった。そして、直ぐに椿ちゃんは静かに、でも、はっきりと笑い出した。
「ホントに、柳はすぐ顔と態度に出ますよね。ふふっ、私が羨ましいとか思ってますよね。でも、八木沢君は柳の事しか考えてないですよ」
握っていた手をようやく放したと思ったら椿ちゃんは、携帯を取り出し操作を始めた。その様子から何かを探していることは分かった。直ぐにソレは見つかったのか操作をやめると、私に携帯を差し出しながら、人差し指を口元に当ててウィンクを一つした。
「本当は口止めされてましたけど、何も話してない彼が悪いってことで」
小声で言った椿ちゃんから携帯を受け取る。
携帯はメール画面を映していた。送り主は進君だ。日付は二年前のあの日。件名は事後処理。本文は……
(え……?)
そこに書かれていたのは記憶を改竄しなかった理由についてだった。まず、件名に書かれているように事後処理についての事だった。私が女である。という記憶に改竄した後、何か不測の事態が起こった時にその場を収めて欲しいという事が書かれていた。その後に書かれていたのは、私の知らないもう一つの理由だった。
柳の相談相手になってやって欲しい。簡単に言うとそういう事だった。中途半端にしか改竄出来なかったせいで、私が悩むだろうから。でも、私は進君に相談出来ないだろうから他に相談できる相手が必要だった。元々、男で在ることを知っていて尚且つ自分たちの関係を最初から否定しなかった椿ちゃんが一番適任だ。という事が書かれていた。
最後まで読み終えて携帯を返すと椿ちゃんを楽しそうに笑いながら『私が教えたって内緒ですよ?』と言って携帯をしまった。
「八木沢君はちゃんと柳の事考えてますよ。寧ろ、柳の事しか考えてません。だから、ちゃんと話し合ってくださいな。今日の事も含めて」
座っていた椅子を片づけ、そのまま部屋の入り口に向かっていく椿ちゃん。
「これは、私の意見ですけど。今日の依頼人の方たちと、貴女方は立場が違いますよ。だから柳が八木沢君を好きなことは誰も咎めることなんてできないんですよ」
「椿ちゃん……」
「さぁ、後はお二人で話してくださいな」
椿ちゃんが入り口のドアを開けると何かが勢いよく入ってきた。それを目で追った先には一人の男子生徒が倒れていた。
「おい、翔……もうちょっと手加減しろ」
頭を擦りながら起き上った生徒を見て吃驚した。その生徒は、先に帰ったはずの進君だった。
「じゃあ、戸締りお願いしますね」
「お疲れ様ー」
いつ準備したのか、鞄を肩にかけて椿ちゃんは手を振って生徒会室を後にした。その後ろを双子が揃ってついていった。
正直、この状況についていけてない。なんで、帰ったはずの進君と双子がいたのだろうか。
「進君、帰ってなかったんだね?」
「あぁ、双子とずっと其処に居た」
彼が指を指したのは生徒会室の入口。
(ってことは……)
「ずっと聞いてたの⁉」
「あー……うん」
暫く、気まずくてお互いに視線を逸らしていた。
何を話すべきか考えていると突然腕を引っ張られる。
「わっ⁉」
驚きはしたものの、頭の片隅では、このパターン何回目だっけ? なんて考えるくらいには余裕があった。
「こうやってないと、柳はすぐ逃げるだろ」
逃がさないとばかりに、背中に回された腕に力を入れられる。これでは逃げるどころか全く身動きが取れない状態だ……
「なぁ柳、聞いてくれ」
聞きたい、けど聞きたくない。私は、頷くことも首を横に振ることも出来ず、進君の肩に頭を乗せるので精一杯だった。
優しく頭を撫でてくれている彼は、私のそんな気持ちにきっと気付いているのだろう。彼は、そういう人だ。
「俺は、柳の事が好きだ。それは、お前が〝六浦柳〟だからだ」
彼の口からその名前が出てきたことに驚き、顔を上げる。目の前の彼は優しい表情を浮かべながら私を見ていた。そんな彼と目が合い逸らせなくなる。
「なぁ、柳。俺は、別に女だから付き合うわけでも、男だから付き合わないわけでもないから。俺が好きなのも、付き合いたいって思うのも、六浦柳だけ。だから……」
進君は視線を逸らし、続きを言いづらそうに口をもごもごさせている。どちらかと言えば、彼はなんでもはっきりと言う方だから、こんな風に口籠るのは珍しい。
暫く経って、いきなり後頭部を押さえられ、彼の肩に顔を埋める体制になる。顔を上げようとしてもそれ以上の力で押さえられて、上げられない。
これ以上は、やっても無理だと思い、大人しくすると進君がため息を一つ吐いて口を開いた。
「変えたくなかったんだよ。例え、柳の記憶を直接変えるわけじゃなくても嫌だったんだ。俺の好きになった 〝六浦柳〟のままで居て欲しかった。それに、本当に女の子にしたら、認めるみたいじゃないか。柳と一緒に居るのがいけないことだって。だから、嫌だったんだ」
今まで、想像してきた中にこんな答えはなかった。でも、どんな答えよりも嬉しいと思った。だから、伝えたいと思った。この気持ちを。
押さえられてる頭を無理やり持ち上げ進君を見る。そこで、初めて彼が泣きそうな顔をしているのを知った。
「こっち見んな」
顔を逸らそうとした彼の頬に手を当て阻止する。
そして、少し背伸びをして一瞬だけ彼にキスをする。私からすることなんて滅多にない。だから、予想通りというべきか、彼は私を見たまま目を見開いて固まっている。
「進君。好き、大好き」
目を合わせてそう言えば、彼の頬は赤く染まった。でも、それは私も同じ。あの卒業式の日と同じように。
だから、今度は私から言おう。
「これからも、ずっと一緒だよ?」
小指を彼の前に出せばゆっくりと絡められる。
「あぁ、ずっと一緒だ」
〝僕〟は〝僕〟で在ることをやめよう
確かにあの日、そう思った
でも、彼はそのままでいいと言ってくれた
それならば〝僕〟は〝僕〟としてキミを想い続けよう
この気持ちは決して罪じゃないと
キミが教えてくれたから
零の鎖 ~星の華編~ 6
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星の華編 2章
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