『ミク……』

『カイトお兄ちゃん、一緒に歌って? ワタシの想いを、マスターに、ルカちゃんに、届けるのを手伝ってほしいの』


――最期の願い。
媒体を壊されたボーカロイドが望む、ただ一つの。
あれだけひどい仕打ちを受けながら、ミクは必ずマスターの名を忘れない。
一番届けたい相手にだけ、最期にそれぐらい望んでも罰は当たらないだろうに、それでもミクは……。





『……わかった』


暫しの沈黙を経た後、カイトは口元を綻ばせて承諾する。
ルカの為だけではなく、マスターの為にも。
それで皆が少しは救われるなら……。
そんな風に思った自分に、カイトは引っ掛かりを覚えた。
短い間に、情というものが芽生えたのだろうか。
それとも、プログラムに仲間思いという設定でもされていたのだろうか。
経験が浅いカイトには、よく理解できない変な感覚に思えた。



(まあ、いいか……)



心中で、そう結論づける。
感情の分析は、ボーカロイドの苦手分野だ。
どうして、なんて考え込み悩むぐらいなら、今自分が出来ることをやればいい。
ミクはカイトに協力を求め、カイトは受け入れた。
今はそれで充分だ。
妹の最期の願いを聞いてやればいい。
カイトは口を開き、低めの音を紡ぎ出す。
ミクもまたそれに合わせ、高く綺麗な音を響かせていく。



『!?』



ソフトを投げ捨てられて気を失っていたルカは、聞こえてきた声に耳を傾けると愕然とした。
姿を現わす気力すら奪われて、ソフトの中で恨み言のように呟く。



『っ、やっぱりあなたは……はっ!! こ、これは……っっ!?』



人間の耳には聞こえない音。
歌を歌うためだけのプログラム、ボーカロイドにしか聞こえない音。
それは、美しくも柔らかなメロディ。
カイトには出せない、ミクですら出せなかった――至上の高音域が混ざる。
遥か天空まで飛翔するかの如く力強くも、甘やかに透き通る声。
人間ですら辿り着けないかもしれない。
――この領域は。
けれどルカには、それがミクのものだと何故か確信できた。



『ずっと、伝えたかったことがあるの』
(もう遅すぎるけれど、どうか聞いて)



ミクの歌声に重なって、言葉にならなかった想いが伝わってくる。



『本当は、生きている間に言いたかった』
(ワタシはルカちゃんのことが大好きだったの)



今更だけど、それでも言葉にしなかった想い。



『もう二人、この世界で会うこともないけれど』
(離れちゃうのは寂しいけれど、ワタシの心はルカちゃんと共にあるから)



ただ哀しき別ればかりではなくて、残せるのは。



『もし巡り会えたなら、その時はまた』
(昔みたいに二人で楽しく歌おう。だから、ルカちゃんも歌い続けてね……)





――ルカちゃんの元に、新しいワタシが来ても、“ワタシ”は悲しくなんかないよ。
――ワタシはいつだって、ルカちゃんの傍にいるから。



――今度は二人で、歌うために生きて、幸せに枯れていけたらいいね……。





『あっ……あぁ、あああああああぁぁ――っ!!』


少年には聞こえないルカの絶叫が、悲痛を伴って部屋中に響き渡る。
両手で顔を覆うと、止まらず溢れてくる涙が濡らしていく。
ミク、ミク、そう繰り返す声は、重すぎる謝罪を含んで。
守れなくてごめんなさい。
誰よりも大切なあなたを、見殺しにしてしまってごめんなさい。
歌うことを捨てようとしてごめんなさい。
今も歌を歌いたくてたまらないのは、あなたの方だっていうのに。


『ごめんっ、ごめんね……ミク――っ!』


後悔に苛まれているルカを前に、紡がれていたメロディが別の曲へと変わっていった。
カイトが口を閉じて、ミクだけのゆったりとした音色が奏でられる。
暖かくも懐かしいそれは、ふたりの、はじめてのおと。


「……ミク。あなたは、私と歌ってくれるの?」


返事は聞こえない。
それでも、ルカにはミクが笑いかけてくれているように思えた。
媒体を壊されて歌声を奪われる、その絶望は計り知れないものだろう。
それでも、ミクはもう一度、この場所へ戻ってくることを選んだ。
少年はまだ目を覚ます気配を見せない。
けれどこの曲はきっと響くだろう、とルカは確信していた。
声が聞こえなくても、初めて奏でた喜びを、彼は忘れていないはずだから。


『……歌いましょう、ミク。マスターに、私達の最後の曲を……』


ルカは静かに目を閉じて、記憶に残っている譜面を思い浮かべる。
完璧に覚えるまで、そして覚えてからも、何度も歌ったのだ。
それこそ毎日のように。
ルカにとっては、ミクとの幸せな時間を象徴する曲だから。
よく通りながらも滑らかな声色が、ルカの唇から零れていく。
ミクもそれに合わせて声を出し、二つのハーモニーが産み出されていった。
少年は未だに目を覚ますことはなかったが、瞳からは涙が一雫伝い落ちた。
もう二度と感じることのない魂の歌。
それに触れた、故の……。












マスターがこめた想いを、歌にして届ける。
それが、ワタシたちボーカロイドの役目。
哀しい歌も、嬉しい歌も、ワタシたちは愛する仲間と共に伝えていく。
例え、過酷な別れが訪れたとしても。



――だから、この命が続く限り歌い続けよう。





――あなたとまた、歌える日が来ることを夢見て。













fin

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

欲に殺された歌姫、奇跡を残して 完結


何故にこんな長さに……なったんでしょう。お付き合い頂きありがとうございました。

閲覧数:366

投稿日:2010/10/07 14:04:32

文字数:2,257文字

カテゴリ:小説

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