第四章 青の国 パート1
ミク女王の失踪事件が解決した翌日、緑の国の遥か北方、ミルドガルド大陸東部に位置する青の国の王宮では国王であるカイト王が一人の客人を迎え入れているところであった。客人の名はルカ。黄の国を飛び出して一直線に青の国の王宮へと向かったルカがようやく目的の場所へと到達したのである。
青の国の王宮は黄の国の王宮と同じように中央にそびえ立つ尖塔が特徴の城である。黄の国に次ぐ軍事大国という側面を良く表している青の国の王宮は質素剛健かつ堅実。黄の国の謁見室にみられるような豪勢なシャンデリアや、床一面を覆い尽くす真っ赤な、足元が隠れてしまいそうな程に深い毛糸に覆われたカーペットなどと言う代物は存在しない。その代わりに存在するものは謁見室の側面に並ぶ様々な鎧やら武具である。たとえ王宮が包囲されたとしても最後まで抵抗するという武力中心の国家を端的に表現するような謁見室であった。見る者によっては殺風景という印象を与える石造りの謁見室の中央で、ルカは膝を床につき、頭を垂れたままでこう言った。
「カイト王、お久しぶりでございます。」
「ルカ殿こそ。最近は全く顔を見せないものだから、寂しく思っていたぞ。」
謁見室と同じように質素な木製の玉座に腰かけたままで、カイトはそう言った。僅かに目元が緩んでいる。その優しげな言葉と表情に隠れたものは何かしら、と考えながら、ルカはもう一度言葉を紡ぐことにした。
「この度はカイト王にお願いがあって参りました。」
「お願いか。ルカにしては珍しいことを言う。もちろん、俺に出来ることならなんでもしよう。」
「では申し上げます。青の国の蔵書を閲覧する許可をお与えください。」
そこで顔を上げたルカはカイトに向かってそう告げた。カイトの髪と同じように青みがかった黒眼を真っ直ぐに見つめる。意志の強い視線を敢えて送ったつもりだったが、カイトはその視線を交わすような笑顔を見せると、こう言った。
「それならばご自由に閲覧されると良い。最も、ルカ殿の研究のお役に立てるような蔵書が我が国にあるとは断言できないが。」
「十分でございます。では、早速。」
すんなり許可が与えられたことに安堵しながら、ルカは立ち上がった。そのまま謁見室から退出する為にカイト王に背中を向ける。その時、カイト王が思い出したかのように声をかけた。
「ルカ殿、実はこの後我が国全軍による野戦訓練が行われる。ご鑑賞してゆかれないか?」
その丁寧な言葉遣いとは裏腹に、言葉の調子は強制力に満ちていた。何を見せたいのだろう。ルカは自然にその様な疑問を抱いたが、断る明確な理由もない。
「畏まりました。それではご一緒致しましょう。」
ルカはそう言うと、では、と一言述べ、そのまま謁見室から退出して行った。
青の国の王宮は実戦を意識して建築されている為、城というよりは砦という印象を見る者に与えることが多い。黄の国と緑の国の王宮が平地に建てられた城であることとは対照的に、青の国の王宮がミルドガルド大陸唯一の山城であることもその国風を良く表している一例であっただろう。敬意と嘲笑を交じり合わせて青の国砦とも呼ばれるその城の作りは断崖絶壁を背にとって建設されている。逆に前面は山のふもとに広がる城下町を圧倒させるかのようにそびえ立つ、十メートルはあるだろう石造りの城壁。物見櫓としての機能を持つ尖塔は前面に二つ。背後からの攻撃を想定していない為、城の後方に尖塔は用意されていないが、羽根でも生えていない限り突破ができない絶壁を天然の要塞として上手く機能させている城であった。
その青の国の王宮の前庭、カイト王が居住する宮殿と前面の石造りの城壁の間に用意された青の国王宮の唯一の庭園の前に、ルカはカイト王の隣での騎乗を終えた時刻は、謁見から一時間程が経過した時であった。もちろん、黄の国にあるような木々と花がふんだんに植えられた庭園とはその趣きが大幅に異なる。気休め程度の芝生は一面に植えられているが、そもそも軍事教練用の広場として用意されている場所である為に、どうしても殺風景な印象をルカに与えてしまうのである。
「訓練はここで行うのではないのですか?」
どうやら遠出をするらしい、と感じたルカはカイト王に向かってそう訊ねた。
「ここは少し狭すぎる。今日は青の国全軍、総勢三万の軍事教練だ。」
少し自慢するように、カイトはそう言った。
「それは豪華な訓練でございますね。」
「ああ。兵は鍛えておいて損はないからな。」
そう言いながら、カイトはルカの反対側、カイトの左側に控えた騎士団長らしき人物に声をかけた。
「オズイン将軍、ここにいる全軍に進発の号令を。」
「畏まりました。」
オズインと呼ばれた騎士団長は三十代前半に見える、細身ながら強い筋肉を感じさせる体つきを持つ男性であった。鉄製の鎧の継ぎ目を軽く打ち鳴らしながら背後を振り返ったオズイン将軍は、進発の号令を全軍に向かって叫ぶ。その声を確認してから、カイト王は馬の手綱を緩めた。それに合わせて、ルカも愛馬を歩かせ始める。重々しく開かれた城壁の城門を越えると、割合急な下り坂が一同を迎え入れた。敢えて山道のカーブを残し、土のままの道の手入れも最小限にしているのは敵の侵入を遅らせる為の作戦でもある。たとえ青の国の王宮を取り囲んだ敵がいたとしても、青の国の王宮の前面に広がる森にまず手を焼くことになるのだろう。木々で覆われた山道は伏兵や罠を設置するにはこれ以上無い程の場所になる。そうして敵の兵力を削ってゆき、最後に登場するものは十メートルもある鉄壁の城壁。大陸最強と呼称される黄の国の軍隊でも陥落させることは相当な困難を伴う、難攻不落の名城であるのだ。
その山道を通過して、ふもとに広がる城下町にカイト王の一向は到達した。カイト王の姿を見て、慌てて道を開ける庶民の姿がルカの瞳にも映る。山のふもとから扇状に広がった青の国の城下町は良く言えば活気があり、悪く言えばずさんな都市計画の結果出来た分かりにくい町、と表現することができるだろう。一応整備されているものは山のふもとから続く一直線の大通りだけである。流石にこの場所は石畳に覆われていたが、先着順に作られていった庶民の住宅やら商家やらに統一性を求める方が不可能であった。王宮を中心とした円状の都市空間を演出した黄の国の城下町を見慣れているルカにとっては、相変わらず雑な町、という感想を数年ぶりに抱く結果となった。
そんな感想を抱きながらも、ルカは黙したままで馬を進めた。一人カイト王だけは騎乗したまま城下町の声援に右手を掲げて応えている。庶民からの人気は絶大である様子で、カイト王を称える庶民の声に嘘偽りはない。黄の国と違い、稀に見る大飢饉を経験していない青の国は国家財政に余裕がある為だろう。大きな失点が無ければ基本的には庶民は現政権を指示する。古代から変わらぬ政治哲学を思い起こしたルカは、ではリンはどうだろう、と考えた。政権としての失点ではないが、大飢饉に対する対応を黄の国は間違えている。かつて訪れ、ルカが救った全滅しかけた村の村長の言葉がルカの脳内に妙な現実感を持って蘇った。
『我々には死ねと仰っているのでしょうか。』
いつまで待っても救済すら与えられない黄の国の女王、リンに対する不満を村長はその様に表現した。そのような不満が積もり積もって行った時、果たして黄の国はどうなるのだろうか。反乱か、暴動か、それとも他国により侵略されるのか。いずれにせよ、早く手を打たなければ危険なことが起こることは容易に想像が付いた。そのおかげで今までいくつの国が滅びてきたのだろうか。ミルドガルド大陸の歴史を紐解くだけでもその実例は枚挙に暇がない。そもそも黄の国の創設者であり、リンの祖先でもあるファーバルディ大王も自らの国の圧政に耐えきれずに立ちあがったのではなかったか、と考え、ルカは無意識のうちに噛みしめていた唇の端から溜息を漏らした。
「どうなされた、ルカ殿?」
どうやらルカの溜息はカイトの耳にも入る程度に深いものであったらしい。気付けば城下町は既に越え、一同は広がる草原の中に一直線に描かれた街道を進んでいるところであった。黄の国の王宮まで続く、ミルドガルド大陸一交通量の多い街道として知られているザルツブルグ街道である。黄の国と青の国の国境の町ザルツブルグを名前に取ったその街道は、名前と言う小さなことで黄の国と青の国の関係が険悪になることを恐れた過去の国王が玉虫色の解決を狙って命名したと言われていた。
「少し、考え事がありまして。」
石畳を蹴る心地の良い愛馬の蹄の音を意識しながら、ルカはそう答えた。
「研究のことかな。」
「その通りです。」
考えていたことはカイトが想像していることとは多少異なっているだろうことは十分に自覚してはいたが、ルカは余計なことをカイトに話す気分にはどうしてもなれず、少しツンとしながらその様に答えた。
「それは申し訳ない。貴重な時間を割いてしまったね。しかし、もうすぐ到着する。あそこが今日の訓練場だ。」
カイトはそう言うと、右手の人差指で少し離れたところにある丘陵を指し示した。ザルツブルグ街道から一キロ程度逸れた地点にあるその丘陵の木立は薄かったが、既に木々の一本一本が確認できる程度にまで近付いている。そしてそのふもとに待機している軍勢は青の国正規軍総勢三万。人の表情が見えない程度に距離が離れているにも関わらず、馬の嘶きと人の呼吸音が聞こえるのはそれだけ大勢の人間と馬がその場所に集合しているからであるだろう。そして大げさに乱立している幟の様子を見ると、準備は万端の様子であった。
「我々は丘の上から訓練の様子を閲覧する。実務はオズイン将軍に一任しよう。」
「畏まりました。必ずご満足のいく成果をご覧にいれて見せましょう。」
「期待している。」
カイトのその言葉に一つ頷いたオズイン将軍は馬の腹を一つ蹴りを入れると、カイト王に先行して走りだした。その後ろを五百騎程の騎士が続く。残った一千名程度がカイト王直属の親衛隊であるらしい、とルカは考えながら駆けだしたオズイン将軍の一向が巻き起こした砂埃を避ける為に僅かに瞳を細めた。
ハルジオン⑪ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第十一弾です!」
満「ストーリー変わって無いじゃん。」
みのり「ストーリー自体は一緒だよね。青の国の軍事教練とか。でも、文章が細かくなったよ。
満「前作は青の国なんて一回分で終わっていたのに。」
みのり「でも、おかげでレイジさんバージョンでは青の国が山城だと分かったね。ちなみに、青の国の王宮はモデルがあるらしいよ?」
満「ああ、松山城だろ。」
みのり「松山城?日本なの?」
満「ああ。レイジが大学生の時に旅行で松山に行っているんだ。道後温泉と、それから当時読んでいた司馬遼太郎の『坂の上の雲』に触発されて。」
みのり「『坂の上の雲』はNHKのドラマも放送されているし、ちょっと注目されているね。でも、どうしてモデルにしたの?」
満「理由は二つ。一つは松山城が小高い山の頂上に建築されている、同じような山城であること。カイトとルカ達が城から出て山道を通過するシーンはレイジが実際歩いた道を意識して執筆している。」
みのり「もう一つは?」
満「雰囲気だな。」
みのり「雰囲気?」
満「そう。松山城はもう一つ特筆すべき特徴があってね。実は太平洋戦争で炎上しなかった日本では稀有な城なんだ。だから、建築当時の構造がそのまま残っている。」
みのり「それって、何が違うの?」
満「今の城っていうと、バブル期に建築されたものだろ?大阪城とか。」
みのり「うん。」
満「だが、戦後建てられた城は全部コンクリート製だ。」
みのり「コンクリートって・・。」
満「外観だけ模してあるだけなんだよ。でも、松山城はちゃんと木造だ。」
みのり「木造で城って建つの?」
満「馬鹿、昔は全部木造だろうが。」
みのり「あ~満に馬鹿にされた!満酷い!」
満「ば、馬鹿、いきなり叫ぶな!吃驚するだろ!」
みのり「またバカって言った!満大キライ!」
満「・・ごめん。」
みのり「ふんっだ!さて、収拾つかなくなったところで今回はお終いです♪次回投稿までお待ちくださいませ☆」
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
愛媛の松山城を見たときは、その当時住んでいた長野県の松本城の配置に似ているな~ということで印象に残りました。西に道といいますか、線路が走っていて、北に山があって、東から川が流れ込むといった、要所に囲まれた町の大きさも似ているような気がして、すごく身近に感じたことを覚えています。
ハルジオンの花びらは確かに、白い艶のある髪の毛みたいですよね!私も、この花が好きです。つぼみのうちは貧乏草と呼ばれるくらいにうなだれているけれども、花が咲くと一気にしゃんとする力強さが、なかなかに物語書きとしてそそられる生態ですよね^^)。
では、今後の展開を楽しみに待っています☆
2010/03/06 17:25:02
レイジ
松本にいらっしゃったことがあるのですね。
松本は車で通過したことくらいしか経験がないですが(^◇^;)
是非一度訪れて見たいですね!
何を書くにも実際見たものでないとうまく表現できないので。
そう、ハルジオンって貧乏草と呼ばれるんですよね・・・題材にするに当たって若干悩んだのですが、この花以外にダメだという明確な理由があり、キーワードとして登場してもらっています。
この理由は作中でいずれ説明することになる予定です☆
全体の流れはもう頭の中にあるのですが、何しろ書く時間がない(・_・;
明日は休みなので続きを投稿する予定です☆
宜しくお願いします♪
2010/03/06 22:52:08
wanita
ご意見・ご感想
執筆&お仕事お疲れ様です!
四十話分……それは気合要りますね^^;
松山城、私も行ったことがあります。西に道、東から南に抜ける川で、築城のモデルみたいな場所だな、と、その時は思いました。
松山城知識になるほど~……と、思った後に、満・みのりコンビの生ヌル甘い会話☆
落としそうで落とさなかった満の甘さが……もやっと甘くて、くせになるような、ならないような☆わざとだったら大物だと思います。みのりちゃんも突っ込みをいれるような、いれないような。 この二人の今後が心配……いやもとい、楽しみです☆
2010/03/02 02:07:32
レイジ
お読み頂いて有難うございます☆しかも遅い時間に・・長くなってスミマセンm(_ _)m
しかも自分の作品書いておきながらまだwanita様の作品を読み切っておりません。。
出来るだけ早く読みませて頂きますね♪
それよりも本当にwanita様とは経験が被りますね(笑)。まさか松山にまで訪れていらっしゃったとは!
僕はその時始めて木造の城を見たのですが、年輪を重ねた重層感に圧倒された記憶があります。西に道・・というのは実はよく覚えていないのですが。。そんな造りだったのですね。勉強になりました☆
ところで満とみのりですが、会話をさせると止まらないと言う現象に今悩んでいまして(-。-;
作者コメントのリミット千文字を容赦なく越えて会話を続けてしまいます。。
お気に入りのキャラクターなのですが、このままバカップル暴走でいいのかと作者として本気で悩みます(笑)
『ハルジオン』と共に二人の暴走ぶりにもご注目頂きたいのですが、そろそろ二人へのツッコミ役が欲しくなって来ました。。過去作『コンビニ』の主人公の藤田くんでも登場させようかとも考えています^^;
そもそも『ハルジオン』がいつ頃終わるのか皆目検討つきませんが、長い目でおつき合い頂ければ幸いです☆
2010/03/02 22:42:55