―――目が覚めた其処は、自分が知らない場所で…
女性が目を大きく見開き、驚いているようだった。
「まスター?」
―――声を出したら、びくりと震え俺を見る。
俺の知っているマスターは…
ドコ?
LAST SONG FAR SKY
~空の彼方への最後の唄~
ACT2
「あの…」
「はイ?」
女性は頭を抱えながら、目の前にいるボーカロイドらしきものに問いかけた。
「私も全然知らないで、もらってきちゃったんだけど…」
「はい。」
「ボーカロイドって、実体化するの?」
女性に問われ、カイトは瞳を閉じ自分の中のメモリーを呼び出す。
「他のボーカロイド達は知りエませんガ、俺はマスターによって実体化するよウ、プログラミングされました。」
「…そっか。えと…」
「はい?」
「初めまして、になるね。私は笥津 空(すづ かなた)。これからよろしくね。カイト。」
カイトはぐるりと、視線を巡らせ首をかしげた。
「あノ…」
「ん?」
「俺のマスたーは、香狩 京也(かがり きょうや)なんですガ…。知りませんか?」
空は顔を歪ませ少し躊躇いながら、言った。
「あのね、落ち着いて聞いてね。あなたは…」
真実を告げたとたん、カイトはフリーズしたように動かなくなった…大きな雫を零しながら…
空は心苦しくなってしまった。
ただ単にパソコンを拾えて、ラッキーくらいにしか思っていなかったから…
まさかパソコンの中のソフトが実体化し、しかも感情まであるとは…
どうやらカイトは、前のマスターに再起動してもらえたと思っていたみたいだ。
「え、と…大丈夫?」
未だ反応がないカイトに問いかけるが、大きな涙を零すだけで黙ったまま。
表情も凍ったかのように動かないままだ。
空はタオルを持ってきて、カイトの涙を拭いた。
―――あ、ほんとに触れる。
カイトに触れ、温もりを感じる。
この熱はパソコンの熱によるものなのだろか?とぼんやりと空は思った。
しばらくして、カイトがやっと動き始めた。
「すいマせん…」
「ううん、えと、いきなりだけどこれからどうする?」
カイトは眼の下を真っ赤にし空を見ながら、首をかしげた。
「本名を知ってるってことは、マスターを探すことできるけど…」
その言葉にカイトはゆっくり首を横に振った。
「…イイエ、マスターが…俺ヲ要らないなら…戻ってモ同じでしょう?」
俯くカイト。
そんなカイトの肩をやさしくなでる。
「じゃぁ、うちでよければ居て?私はボーカロイド全く解らないから、うまく操作出来るか分んないけど…」
その言葉に、少し微笑むカイト。
「解りまシた。では、あなたの名前を新しク、登録させていただきます。」
カイトは瞳を閉じ、空の右手を握りながら呟いた。
同時に蒼いノートパソコンからハードディスクの動く音が聞こえる。
「ボーカロイド、カイト…新しいマスターを認識しました。
…………登録完了。続いてパスワードを登録いたします。
マスター、パスワードを言ってください。
ちなみにマスターの名前、生年月日などはパスワードとしては適しません。」
蒼く光りながらカイトが問いかける。
パソコンのディスプレイでも、カイトと同じ言葉が表示されている。
空はしばらく考え、答えた。
「じゃぁ、『FAR SKY 0925』で。」
「…あの、マスター?」
「ん?何?」
カイトが首をかしげつつ、聞いてきた。
空はそれを見て、子犬に近い愛おしさを覚える。
もちろん外見的には、カイトは長身で青年の見た目だ。
見た目と仕草のギャップが、ありすぎるのだろう。
「パスワード…マスターの名前じゃないですか?これ?」
「あ、やっぱりだめ?日本語じゃないしいいかなぁ…なんて。」
「…この数字はマスターの、生年月日ですか?」
カイトは少し困った声で聞いてきた。
それには空は微笑んで答えた。
「ううん。カイトと出会えた日だよ。」
カイトは大きく瞳を開き、そして微笑んだ。
「ありガとうございます。マスター。では改めて登録いたします。
前マスターの登録は…削除いたしますか?」
カイトは顔を伏せながら聞いてきた。
空は少し困った笑顔で答えた。
「それは、カイトに任せるよ。消してもいいし、残しておいてもいいよ。」
カイトは苦悶の表情で、答えた。
「では、一時的に別ファイルに保存しておきます。
もう少しだけ、時間をください。マスター…」
「いいよ。」
やさしく笑いあう二人。
こうして、空のもとに一人のボーカロイドが同居することになった。
「カイトには聞きたいことが、沢山あるんだけど…」
「はい。なんデすか?マスター?」
「それ、その話し方…なんで片言のように話すの?さっきのパスワードの時は普通だったのに?」
カイトが自身喉に手を当てる。
しゃべる音階が、バラバラで少々聞き取りづらい。
首をかしげつつ困った顔をした。
「多分…前マスターの調教の影響でショう。」
「そうなんだ…」
「でも…ちょっと待ってくだサいね。」
カイトが瞳を閉じて、呟いた。
どうやらパソコンにアクセスするときは、瞳を閉じるのは癖らしい。
「…ボーカロイド、カイト…前マスターの調教部分をすべて初期化…
……………初期化終了。一度再起動いたします。」
カイトは瞳をあけ、にこりと笑う。
「マスター、ちょっと待っててクださいネ。」
ゆっくりと消えていくカイト。
同時に蒼いパソコンの画面も消えていく。
光の粒子を残してカイトが消えた。
空は少し不安になり、パソコンの前に立つ。
間もなくして、パソコンが勝手に起動し始める。
そして、画面に出た言葉は…
KAITO> CALL ME…
「カイト?」
素直に空はカイトの名を呼んだ。
すると再び現れるカイト。
空の傍らに立つ。
カイトの色が少しだけ明るくなっている。
「マスター。どうですか?聞き取りづらいですか?」
カイトが言葉を口にする。
前より癖のない話し方。
ただし、単調になってしまった感もあった。
「うん。大丈夫。聞きやすいよ。」
「そうですか。よかった。」
微笑むカイト。
少し翳りのある笑顔。
空もゆっくり微笑む。
「じゃぁ、改めてよろしくね。カイト。」
――――新しいマスターは、どんな音を紡がせてくれるんでしょうか…?
俺は自分の中に、ノイズがかった音がした気がした。
『お前…いらねぇ…』
―――大丈夫。大丈夫…今のマスターは…
必死に自分のノイズを抑えつけた。
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