「もう大丈夫、容態はだいぶ落ち着いたみたいね」

赤い服の女が言って、にこりとレンに微笑んだ。清潔そうな白いベッドには淡緑色の髪をした少年が、すっかり落ち着きを取り戻したように安らかな呼吸を繰り返している。

「あ、あの。ありがとうございました」

ぼんやりと少年を見遣っていたレンだが、女の言葉に慌てて頭を下げた。少年以外、部屋にはレンと女しか居ない。リンは、KAITOから連絡が入ったから約束のものを受け取りに行く、と出て行ったきりまだ帰って来ない。何となく気まずい沈黙が訪れて、リンから無期限貸与されたショットガンを抱き抱えるようにベッドサイドの椅子に座って俯いた。

「お礼なんて要らないわ。貴方はちゃんと、この子の治療に見合うだけのサバイブを支払っているんだから」

女は人好きのする笑顔を浮かべて、MEIKOと名乗った。ね?と差し出したその掌には、レン達が先程倒したモンスターから手に入れたサバイブが、そのままの数字で浮かんでいた。それを、摘んで口へと運ぶ。サバイブを摂食しなければならないということは、MEIKOもプログラム因子なのだ。

「それより、この子はサバイバーじゃないみたいね。プログラム因子、とも違うみたいだけど…」

「……?」

言われてみれば、眠る少年の耳にインカムは無かった。それは各サバイバーのサバイブを計測する装置でもあるから、プレイヤー全員に装着が義務付けられているのだとリンが言っていたのだが、それがないということはつまり、

「サバイバーじゃない、人間…?」

そんなものが存在し得るのだろうか。ゲーム世界に、プレイヤーでもプログラム因子でもない存在。

「…もしかすると、貴方達はとんでもない人を助けてしまったのかもしれないわね」

「それって、どういう…」

直後、右耳のインカムに突き刺さるような警告音。リンから、緊急通信が入ったのだ。

「リン!!どうした!?」

『KAITOが……KAITOが…っ!!』

今にも泣き出しそうな声。こんなにも取り乱したリンを、レンはまだ見たこともなかった。

「リン、いったい何が…!?」

『KAITOが居ない…居ないの。何処にも、居ないのよ!!』

脳裏を過ぎったのは、電子音声で会話を交わすあの青い髪の青年。感情の薄い瞳。

「もしかしたら…何処かへ出掛けているだけかもしれないじゃないか」

「それは無いわ。プログラム因子は、設定された座標点を離れては存在出来ないの」

私もそうだもの。左耳へ、答えを返したのはMEIKOだった。幾分か、顔が蒼ざめて見える。

「……じゃあ、何処に…」

『私の…私のせいなんだ!!』

「リン?」

『“上層”ハックなんて、あんな依頼しなきゃ良かった!!失敗したらどうなるかなんて、最初から分かりきってたのに!!』

“上層”、依頼、失敗。レンの知らないリンがそこに居る。

「リン…」

通信はそれっきりだった。

行かなければ。行って、リンを宥めて、とにかくKAITOを捜さなければならない。

メンテナンス済みのフロートボードを充電装置から蹴り外す。ガコン、と音を立ててスタンドが倒れ、生き物のように身震いしたそれはレンの足元でアイドリングする。ショットガンは、ベルトで背中のホルダーへと固定した。

「待って」

呼び止めたのはMEIKO。その表情には何かを決意したような、諦めてしまったような色が滲んでいる。

「今、上層システムにアクセスしてみたの。そうしたら、KAITOは、もう…」

「………」

「“情報屋”じゃない。既にカテゴリタグが書き換えられているの。…分かるでしょ?間に合わない。手遅れなのよ」

“何に”かは言わなかった。それでも、その顔を見れば容易に見当は付いた。

「でも……」

「例外は無いわ。“モンスター”のカテゴライズが完了しているなら、それはもう貴方達にとって討伐対象にしか成り得ない」


モンスター。


この腕に残る、生温かい絶望の感触。何もかもを飲み込んで、増大していく液状の闇。そんなものに…変わり果ててしまったというのか。

「貴方達に出来るのは、KAITOをこのゲーム世界から消してしまうことだけ。それでも、」


行けるの?


真直ぐに見詰めてくる瞳。その奥に、解析処理の成された情報断片がちらついて見える。

「正直、よく分からない。だけど…俺は、リンを迎えに行かないと」

フロートボードに片足を掛け、途端、エンジンの回転数が跳ね上がる。

「そいつの看病を、お願いします」

アクセルを最大に開ける。

思考に望まれた爆音は、開け放たれた窓から人工投影の青空へと飛翔したのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ラノベ化企画】サイバー・サバイバー【6】

平穏とは失われるもの。それでも誰かを失うことは辛過ぎて。
綻び出した世界。その本当の姿を知って尚、僕等は愛せるのだろうか。


***


とんでもなくサボっていました。すいません!!
展開とか最初から考えてるわけじゃないので、
こう、「ピン!!」ってこないと書けない体質なんですよ(言い訳
今回はリンちゃんが珍しく弱音を吐いています。
そして、サバイバーでもプログラム因子でもない少年って…
妄想のネタは尽きませんね^^;


***

SPECIAL THANKS


SHIRANOさん
http://piapro.jp/t/d2yz

閲覧数:180

投稿日:2011/07/26 10:05:22

文字数:1,942文字

カテゴリ:小説

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  • 瓶底眼鏡

    瓶底眼鏡

    ご意見・ご感想

    お待ちしておりました!!

    おおお、相変わらずこの作品はなんかすっごいテンション上がる!!意味不明に燃えます!!←
    KAITO兄さんはモンスターになってしまったというのでしょうか……
    レン、急ぐんだ!!

    2011/07/26 11:28:58

    • 人鳥飛鳥@やましぃ

      人鳥飛鳥@やましぃ

      お待たせしましたww

      テンション上がるとか言っていただけて光栄です!!

      現段階では、KAITOはモンスターになってしまっています。
      倒してしまうのか、抗うのか、諦めるのか…
      それはリンとレンのこれからの行動に委ねられています。

      果たして、彼らはどんな答えを出すのか。

      それはまだ私にも分かりません←ww

      2011/07/26 11:35:54

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