神とは何か。
それは、人知を以てはかることのできない能力を持つ、全知全能の絶対者。
その位置は揺るぎなく、いつだって人間を見下ろしてきた。
禍福を等しく与えるための様々な課題にぶつかり、応じて様々なものを世界に投げ込む。
そうして世界を創っていくうちに、僕はいつしかここに立っていた。
創った世界の中には、ヒーローというものがあって。
人間の創り出したそれに、神である僕は興味を抱き、挙げ句の果てに、憧れの念すら抱いてしまった。
そのためにも僕は色々な手を尽くしたが、すべてがすべて失敗。
第一に、ある夏、一人の少年の願いを叶える。
一見成功のようにも見えるが、それは少年が好きだった少女の心を崩し、少年少女の世界は崩壊した。
第二に、優秀な人間を死なせたくなくて、人生リセットボタンなるものを創る。
だが結果的に、それは彼女の心を壊した。
第三に、シンプルではあるが、死を回避できるように予知をする。
しかし予知能力は彼女に移ってしまい、抑えがきかなくなった。
第四には、透明人間。
これは完全に興味本位だった。
神ならばこんなことはすべきでなかったと、須く反省している。
第五に、鬼の子たちを人里離れた集落へ導く。
それでも追っ手は僕の制止もきかず、鬼の子たちは殺されてしまった。
第六には、はたまた単純なのだが、願いを叶える機械を作れるほどの才知を、とある学者に与える。
だが世間は荒れ、学者だけでなく、周囲をも巻き込む形となった。
第七に――第七の少年は、異例だった。
過去に僕の力に関わった人々の記憶をすべて持つ少年。
その少年は僕を殺そうとしたが、神にまで力は届かなかったようだ。
少年は敗北し、言った通りに命を落とした。
……神といえど、できることはたかが知れている。
自分で創造した世界であっても、関与できる境界線はあった。
そもそも、すべてをコントロールできるのならば、この世界はとうに平和だ。
僕は、ヒーローになれなかった。
というのも、まだまだ未熟な証拠。
神が成長できるのかはわからないが、現に全能でないことが、未熟である証明だ。
こんな状態の僕では、力が届かないことはわかっていたのに。
少年side.
何も感じない。
死にゆく中にあるのだとわかる。
僕は神に、敗北してしまったのだな。
力が、届かなかった。
藍色の空を仰ぐと、烏が悲しげに啼きながら飛び回っている。
嗚呼……神は思念体として、あんな風に空を飛べるのだろう。
人類にカテゴリされる僕に、そんな御業はできない。
僕ら人間は、地を這うのがお似合いなのだ。
思考も、段々ぼんやりとしてくる。
この期に及んで尚、死にたくないと思う自分がいた。
死が恐いわけでも、未練があるわけでもない。
ただ、神を殺し損ねたことだけが、心残りだった。
それこそ人外だ、致し方ない。
あとは後世に、縋るしかないか。
僕と同じ志を持つ者が現れてくれることを、信じて。
「それじゃあ、頼んだぜ。」
神side.
耳鳴りが神にも聞こえるのは、可笑しいことだろうか。
こだまして止まないのだ。
そして、耳鳴りが言葉を紡ぐ。
≪君の夢、憧れていたヒーローに――君が望むなら、今すぐさせてあげよう。≫
……そんな奇跡、あるはずない。
簡単に手に入ってしまっては、それこそ疑わしい。
本当に欲しいものは、困難を乗り越えて手にしなければ意味がない。
だから、飴を差し出されるような感覚では受け取れない。
ちっとも嬉しくない。
今まで色々試してきたが、髪が人類のように振る舞うのは無理だ。
今更わかった。
代わりに、少年には自己の存在を謳って欲しい。
愚行によって少年を殺した僕が、言えたことではないが。
この夜に、何か意味があるとしたら?
勿論、答えはわからない。
少年side.
意識と躰が離れて尚、僕は成仏していなかった。
僕の骸は、一生地を這ったままだろう。
地図にも載っていない場所だ、いったい誰が訪れよう。
と、一瞬、感じるはずのない鼓動を感じた。
同時に、倒すべき相手であった神から "僕の存在と引き換えに、君を生き返らせる。" と聞こえる。
……おいおい、よしてくれ。
僕は敗北の少年だ。
敵に情けをかけられるほど、落ちぶれちゃあいない。
『僕は遠慮するよ。』
疑似的な息を吸い込んで、小さくそう言った。
断りを入れると、生前のような鼓動は消えた。
人間は平凡でいい。
不可解な力を持ち、体験するのは人外だ。
最期くらい、人間として死にたい。
人間と化物のハーフの僕は、人間としての死を選ぶ。
神は生き返らせこそはしなかったが、信じてはくれないようだった。
この物語では神と人類はすれ違ってばかりだったが、ようやく完結する。
この世に留まろうとする魂も、やっと現実からの離脱を享受した。
結局、仇討ちはできそうにない。
まぁ、こんな綺麗な夜空の下で逝けるんだ。
地を這うのも、悪くない。
――それじゃあ、さよなら。
またどこかで。
End.
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