「はぁ……」
 夕食を電子レンジで温めながら無意識に出たため息は思っていたよりも重々しく、誰もいない空っぽの居間に広がった。
 暖めているご飯はメイコが用意してくれたもので、家族みんなの好みと栄養バランスを考えられて出来ている。メイコは不器用だと思われることも多いけど、どちらかといったら器用なほうで、こういう日本の料理とか裁縫とかが得意だ。家族みんなのランチバックを手作りしてさらに名前の刺繍を入れたのもメイコだ。逆に繊細に見られることが多いミクは、我が家一番の大雑把な性格をしていて、細かいことが苦手だったりする。縫い物もやらせたら血染めのものができるくらいだ。ただしイタリア料理とか西欧系の料理は上手だったりする。あとねぎ関係の料理。
 メイコの料理はおいしい。いつもは見ただけでにこにこしてしまうくらいに。
 なのに、今日は。
 「はぁ……」
 帰宅二度目のため息。
 最近メイコと顔をあわせていない。別に喧嘩をしているわけではないのだ。ここしばらくメイコは昼頃から仕事に行っている。僕は逆に夜から仕事が入っていて、家に帰るのはみんなが寝てしまった後だ。だから寝るのも遅くて、次の日起き出すのは昼頃。そうするとメイコはもう仕事に出かけてしまっていて会えない。もう少し早く起きてメイコに会えればいいんだけど、仕事上睡眠は絶対なので削れない。そんな日がもう一週間も続いている。……お仕事だからしょうがないと言ってしまえばそれまでだけど。
 メイコに会えないと寂しい。毎晩寝顔を覗きに行っているから(変態とか言わないでほしい、切実に。)、顔を見ていないというわけではないのだけれど。それでも話をしたい。
 三つ目のため息は、チンと場違いに明るく響いた音で聞こえなかった。

 目が覚めて外を見るともう太陽の光はそこらじゅうに降り注いでいて、もう朝と呼べない時間であることは簡単に想像できた。体を起こすと眩暈がした。なんだか体もだるい。睡眠は十分にとったはずなので、寝起きだからだろうと納得して立ち上がる。窓を開けると冬の冷たい空気が流れ込んできて、パジャマのままの僕の体から急速に熱を奪っていく。窓の下にあるガレージには今日も赤い車が無い。からっぽのそこを数秒見つめて、小さく悪態をついた。
 顔を洗って今に行くとメイコ以外みんなが居間に揃っていた。ミクはソファーにだらしなく横たわりながら本を読んでいる。双子はマニキュアの塗り合いをしているようで、今まさにレンの中指の爪がリンによってド派手なピンク色になろうとしていた。当たり前だけどみんなパジャマのままだ。この家では外に出かける直前まで着替えない。だらしないと言われようとイメージが壊れると言われようと、家にいるから問題はないのだ。
 「みんなおはよう」
 おはよーと返してくれたのはミクだけで(しかも本に集中しているのかひどくぼんやりした声だったが)、双子は息をつめていて返事すらしなかった。どうせ話しかけても生返事だろうから、放っておくことにする。
 もうブランチになってしまった朝食の準備を始めた。作るのがめんどくさいので、簡単にそこにあったパンを食べることにする。トースターに食パンをセットして、冷蔵庫からバターを取り出す。体のだるさが取れなかったので、元気を出すためにとオレンジジュースも取り出した。効果覿面の薬は冷凍庫の中で程よく冷えているだろうが、仕事が終わるまで取っておくことにする。好きな食べ物は残しておく方だ。
 「カイ兄おはよー」
 「カイトおはよー」
 食べ終わったころに、作業が終わったのか双子から挨拶が返ってきた。というかもう昼だけどねという厳しい突っ込みも、いまだに兄と呼ばない弟から入る。正直痛い。
 「昨日も夜まで遅かったの?」
 「うん、来週までそうだってさ」
 ニコニコしながらそれを伝えたマネージャーさんの顔を思い出して、げんなりしてしまう。仕事が増えるのはもろ手を挙げて喜びたいしありがたいしそれはもう嬉しいことなのだが。……それでもメイコと会えないとなるとそれも恨めしく思ってしまう。少し前の自分がこれをみたら、なんという贅沢な悩みだとどやされそうだが、それでも寂しいのは寂しいのだ。
 「カイ兄、疲れてる?」
 リンが心配そうな顔で覗き込んできた。強がってみてももっと心配されるのは目に見えているので、ちょっとね、と苦笑で返す。
 「姉(ねえ)は八時になったら帰ってくるって」
 「カイ兄はいつ出るの?」
 「え? あ、ああ……」
 そういえば、と、今日の予定表には何も書いてないことを思い出した。冷蔵庫の隣には大きなホワイトボードが三つある。一番右は一ヶ月用、真ん中は一週間用、一番左は一日用。最初のは普通のカレンダーだけど、あとの二つは横に五段に分かれていて、一番上からメイコ、僕、ミク、リン、レンのスペースとなっている。そこにみんな仕事の予定を書いて、スケジュールを管理できるようになっている。毎晩書き直しているんだけど、昨日は疲れて消すだけ消してそのまま寝てしまったんだった。一日予定表の二番目の行だけ、取り残されたように白かった。
 「今日は三時には出るよ」
 「そうかぁ、残念ねぇ」
 リンが本当に残念そうに言った。む、兄ちゃんのことをそれほど心配してくれるとは、兄ちゃん嬉しいぞ。この可愛い妹め。レンは変わらず見向きもしなかった。兄ちゃん寂しい。
 仕事に出るまでは、必要な資料を読んだり、新しい曲をチェックしたり、仕事に行くミクを送り出したり、双子とトランプをやったりした。大富豪をやったのだが、簡単に負けてしまった。時たま二人は互いの心が通じ合っているんではないかと思う。そう疑うくらい、素晴らしいチームワークだった。いや、これ、別にチームで戦うゲームではないのだが。

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【家族愛】微熱とカタツムリ 1/5【カイメイ】

大分前にピクシブにあげたお話。
微妙に変わっているけど、内容に変化はない。

設定としては、ルカを除くクリプトンのみんなが声に関する何らかの仕事を持ちつつ、一つ屋根の下で家族のように暮らしている。
基本家族愛にほんのりカイメイ風味。

閲覧数:304

投稿日:2012/02/15 20:35:41

文字数:2,395文字

カテゴリ:小説

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