「おい、こっちだ! ついに見つけたぞ!!」
「本当か!? どっちだ?」
「二人ともだ! 両方死んでいるがな」
「畜生、遅かったか」
 新月の闇夜の中、村の大半の住人が出向いて二人の人物を探していた。一人は神社の娘。一人は敵国米国の兵士である。
 見つけた時にはもう遅く、二人とも絶命していた。場所はこの村の神社の御神木のそばである。
 二人は桜紅葉に覆われて見つかった。そして、寄り添うように、抱き合うように倒れていた。その二人の横には血で紅く染まった凶器の短剣が落ちていた。
「しっかしひでぇな、この血の量。お嬢様の真っ白い浴衣が真っ紅に染まってやがる」
「桜紅葉に覆われて、余計紅く感じるな」
 持っていた明かりで村人各々が二人を照らした。
「逃げられないと思った米国兵がお嬢様とともに心中か……」
「お嬢様も気の毒だ。つい半年前に兄を戦争で亡くされ、御自身の病も進行して残り数カ月の命ってとこで助けた米国兵に殺されちまうなんて……本当に残念だ」
「しかし、本当によく似ているな、一か月前死んだこの兵隊さんに」
 一人の村人が振ったのは一枚の写真だった。そこには倒れている米国兵とよく似た青年が写っていた。違うのは髪型ぐらいだろうか。写真の若者は日本兵らしく坊主にしていた。この青年が戦闘機から脱出しパラシュートで降りてきて、死の間際に自分とよく似た米国兵がこの近くの村に降りていったと言ったからこそ、こうしてこのアメリカ兵を見つけることが出来たのだ。
「こいつもまさか、こんな形で追いつめられるとは思っていなかっただろうな。まぁ、俺たちも捜索に一か月もかかるとは思わなかったけどな」
「見つかったのも渡会さんのおかげです。ありがとうございます」
「礼などいらん。それより今から死亡検分をしたりせんといけんから、少し外してくれ」
 そう言って白衣を着た老医師は村人たちを解散させた。
 その場に残ったのは老医師と二人の死体だった。老医師はその二人に話しかけ始めた。
「わしを呪ってくれ二人とも。お嬢様は知っているが、御覧の通りだ。伊波、お前が米国軍人だと通報したのはわしだ。お前はたぶん日系の米国人だろう? 実はわしもお嬢様も最初から気づいていた。お前の日本語は少しおかしいところもあったし、あんな胡散臭い話、信じられるわけがないだろうが。お前が来て一週間くらいしてからお前の捜索が始まった。最初はお嬢様と匿いきる予定だったが、捜索に使われた写真があまりにも似ていたからな。時間の問題だと思った。どんな言い訳をしても許してはくれないと思うが、わしもこの村の住人で、かつ日本人だ。お前を匿っていたことがばれてはわしもお嬢様も立場がなくなると思った。わしが通報したと言った時のお嬢様の怒りは半端ではなかった。これまでも何度かお嬢様の怒る表情は見てきたがここまで怒ったことはなかった。喜べ、それだけお嬢様はお前を愛していたのだ。兄を亡くしてからどんどん弱っていっていたお嬢様に再び生きる気力を与えたのはまぎれもなくお前だった。その証拠に、今月中に死ぬと思われていたのに、今日まで生きながらえていたのだからな。だからなのかもしれないな。お嬢様が宝剣を持って走っていくのをわしはどうしても止められなかった。お嬢様、申し訳ありません。私があの時止めていれば、せめてお嬢様だけは助けられたのかも知れません。お嬢様のことです。思い人が誰かに殺されるぐらいならせめて自分の手で、とお考えになったのでしょう。二人は何と言ってもわしを許してはくれないだろう。だが、わしはそれでも生きようと思う。この愚かな戦争のありのままを伝えたい。その使命を果たすまでは死ねないのだ。許せ。これは、わしができる唯一の償いだ。あの世では仲睦まじく、暮らしてくれ」
 老医師は持っていたマッチを擦り、二人が眠る桜紅葉の中に投げ入れた。
 老医師の目の前は真っ紅に染め上げられた。
 紅い煙が立ち上るのを老医師は確認した。それは空へと吸い込まれるように立ち上っていった。まるでこの二人の悲しみが空に消えていっているようだった。
 その煙が消えるまで老医師はずっとその場に立ち尽くしていた。


                        紅一葉・完


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紅一葉―6―

9月分の「紅一葉」
その6

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投稿日:2010/10/01 01:53:10

文字数:1,759文字

カテゴリ:小説

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