その後、激闘の末、松戸父の懇願に根負けした俺たちはまるで荷物でも投げ込まれる様に旅館のスイートルームに放り込まれた。
それはもう一端の大学生や新卒社会人が到底支払えないような立派なスイートルームで、こんな部屋が無料でとなると、逆に気が引けてならない。
旅館の一室は日本庭園と鹿威しの風流を重んじる造となっており、室内には金箔をあしらった豪華な屏風。
部屋というよりはお寺や神社と言った日本の仏堂を一棟、そのまま借りているような感覚に近い。
「ごめんね。」
などと、その後、やや罰が悪そうに語る松戸さん。
この後お父さんと少し話があるようで部屋を後にした。
本当に迷惑をかけてしまったようで申し訳なく思う。
「なんだか圧倒されちゃって何も言えなかったわ。」
「あのおっさん。泊まってくれなきゃ腹を切るとか言ってたぞ。」
目の前で割られる1000万の陶器皿。
差し出された純金のインゴット。
切腹を止めに入る大勢の中居。
その時の様子はまるで屏風に描かれるような地獄絵図のように混沌に満ちていた。
完全に松戸父の行動は常軌を逸している。
いくら溺愛した娘の紹介だからといって、どこの馬の骨とも分らない人間にする行為ではない。
それも松戸さん自身、同じ研究室である俺を除けば、ほぼ赤の他人である。
松戸さんは「気にしないで。」と言うけれど、アレを気にしない事ができるのはワールド級の大富豪か汚職に染まった政治家だけだろう。
「俺達を泊めたい理由があるんですかね。源五郎氏には何のメリットもないのに。」
「寧ろ俺達のメリットが増えたよな。インゴット貰ってれば。」
「達樹先輩は少し黙ってて下さい。」
そう言って俺がそっと10円を机に置くと先輩は黙った。
そう言えばうさジャージの姿が見当たらない。
先程の一騒動ではぐれてしまったのだろうか。
携帯でも鳴らしてみるかと思った所でうさジャージとそこまで仲良くなっていなかった俺はうさジャージの電話番号もラインのIDすら交換していない事に気づいた。
しまった、うさジャージルートを進めておけば良かったと若干の後悔を残す。
「大変です。聖姉さん。うさジャージが迷子だ。」
わざとらしい演技で心配を煽り聖姉さんに連絡してもらうように仕向ける。
「あら、さっき用があるって仁君に言ってなかった?」
「え、聞いてませんけど?」
本当に身に覚えがない事に俺は面食らう。
首を傾げる聖姉さん。
そう言えばここに来てからうさジャージの声を聞いていないような。
嫌な予感というほどのものでもないが何か骨の支えのようなものが喉に残る。
・・・・・・・・・。
・・・ジジッ。
視界がノイズで一瞬途切れるような感覚。
それを皮切りに急に微電流を流されているかのような鈍い痛みが脳内を駆け巡った。
初めての身体の異常ではあったが耐えられないほどの物ではない。
「仁君大丈夫?なんか顔色悪いけど。」
「・・・それより、うさジャージに連絡取ってください。俺、うさジャージの連絡先知らないんで。」
「いいけど、何?美雨ちゃんに用事でもあるの?」
「いえ、・・・用、という訳でも、ない、です、が。」
大丈夫と身体に言い聞かせつつも叙々に増していく痛み。
朦朧としていく意識。
体の自由も奪われていく感覚に思考回路もまともに回らない。
「でも・・邪魔、ジジッ目だよ。家族水要らず、ジジッ、から。」
痛みに平行して増えていくノイズ。
まるで自分の体ではないような感覚にいつぞやに黒田教授の言葉が脳裏によぎる。
「って、仁くん?え、ちょ、達ちゃん!仁くんがっ!」
完全に言う事を聞かなくなった身体はすでに崩れ落ちていた。
ブラックアウトとはこういうものかと客観的な意見とは裏腹に唯一聞こえる聖姉さんの声はだんだんと遠退いていく。
「どうしよう、達ちゃん!仁くんがっ!仁くんがっ!」
そんな俺を見て慌てふためく聖姉さんの声はもうほとんど聞こえない。
「いいから10円をしまえええええ!」
・・・・・・・・・・・
俺の意識は完全に途切れた。
【小説】常識科学の魔法学16
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