第十八部 傲慢
青の国第三妃の末子としてこの世に生を受けたユリーシャ=ミットフォードは、幼い頃から酷く病弱だったことから外出を極端に制限されてきた。青の国の風習で実の兄姉にもなかなか会えず、人恋しさから周りの人間がどうすれば己に会いに来てくれるかを常に考えるようになった。
ユリーシャはその幼少期から、他人の操り方と監視の目を抜け出す術を学んだ。治療の甲斐あって、年齢も十を超える頃には病気もしなくなった。
十六歳になった時、姉のセシリアの婚姻が決まりその催し物にユリーシャもついてけることになった。久々に兄と姉に会えるだけでも嬉しく、更に国外への外出ということで浮足立っていた。
その婚姻パーティーで出会った一人の男に、青の国の王女は惚れ込んだのだ。
イル=ネルソン。新生された黄の国の若き王で、歴史に残る英雄だ。
声をかけたかったが、何を言えばいいかさっぱり分からず結局見ていることしかできなかった。
視界入れている時間だけ惹かれていった。彼の周りには自然と人が集まり、楽しそうに笑い合っている。その隣に立つ事ができたなら、どんなに幸せだろう。
もう孤独から逃れるために、誰かの注意を引くために必死になる必要が無いのだ。
しかし彼は結婚したのだ。他ならぬ実の姉と。
だから排除しようとした。都合のいいのことに、カイルは優秀な諜報員を彼女に付けていた。妹として彼の部屋に自由に入る事ができるユリーシャにとって、諜報員達の弱点を探し出して裏から強硬派をけしかけて操ることは、難しくなかった。
だが結果は失敗。隠遁することを第一に考えて動いていたため、セシリアを排除する作戦に具体的に関われなかった事が原因だ。また、兄が現状把握するのも予想より早かった。
やむを得なかったが、今度は自分で動くしか手が無いようだった。この時のためにかねてからユリーシャは、宰相への恋心をカイルに言い続けていた。幼い頃はそう関わっていなかったが、妹想いの兄は熱心に彼に自分を売り込んでくれたはずだ。
頭脳明晰、冷静沈着、冷酷無比と、友好国の青の国ですら名高い冷血鬼宰相に会うのは少々怖かったが、実際会ってみれば穏やかで優しくそして女性的な容姿を持った人だった。理由は分からないが一日二時間程度と言われていた面会時間は、何故か午後から夕食までに大幅に延長された。
さっさと計画を練って実行するためにいくらでも放っておいてくれて構わなかったのだが、ここに来た目的が表向き彼の宰相である以上喜ぶしかないだろう。正直な話をすれば、まるでユリーシャが単なる世間話が極端に苦手な事を知っているかのように、花や菓子の話を聞かせてくれるのは嬉しかった。
ここ数年は可愛がってくれている兄以上に、彼はユリーシャのことを分かってくれているようだった。
黄の国に到着して三日目の午前中、ようやく王宮の道も覚えて計画決行の日が来た。今日は想い人であるイルもいない。マリルが使うものと同じナイフは用意していたので、袖に隠して国王陛下の私室前の廊下を掃除している実の姉に近づいた。
ほんの数ヶ月前まで大好きだった姉。けれどもその分だけ簡単に憎悪は湧き上がった。
右袖から出したナイフを握りしめ、殺意を乗せて振りかぶろうとした瞬間――
「ユリーシャ王女」
やんわりとその右腕が掴まれ、その行動に比例するかのように穏やかな声で名を呼ばれた。その声でセシリアが廊下に居る人物の存在に気がついて振り返った。
親しげに交わされる挨拶。噂には聞いていたが、この宰相は姉とも仲が良いらしい。一通り会話が終わると、今日はもう仕事が終わったらしい。絶対に嘘だろうが、とにかく今ユリーシャがしようとしていたことはばれていないのだろう。
もしばれているのだとしたら、さっさと憲兵に突き出しているはずだ。それをしない理由は何処にもないのだから。
大人しく中庭に着いて行くと、ついさっきまいた亜麻色の髪のメイドが紅茶を持ってきてくれた。それを一緒に飲みながら、この二日繰り返されていた戯けた話が始まる。
爆発寸前だった心臓も理性が正常値に近づき始めた時、ふと彼が懐から何かを取り出してこちらに差し出した。その手に光る刃物を見て、心臓が爆発どころか停止するかと思った。
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