梅雨も明けて暫く経つと思うのは晴天がもう一週間近くも続いた時である。確かに、そういうときならば嫌でも「あぁ、夏だな」と思うことだろう。
空にエベレストの如く聳える入道雲を見て、青年は絵を描いていた。
青年はここ暫くの記憶がなかった。もっと言うならば、『二年前の八月から』記憶が飛んでいた。それ以前の記憶ならば簡単に思い出せるらしいが、その時期のことは何度頑張っても思い出せなかった。
局所的期間だけ忘れてしまう記憶だってある、と彼を見た白衣の医者も言ったが、彼はなんだか腑に落ちなかった。
「……なんだか、忘れちゃいけない記憶だった気がするのになぁ?」
青年が描く絵は様々な絵だった。今描いているのはツインテールの目付きの悪い少女で、首に大きなヘッドフォンをかけていた。
「なんだろう、忘れちゃいけない気がするのに……」
青年は独りごちる。
青年の名前は、九ノ瀬遥といった。
《サマータイムレコード【前編】》
所は変わり、あるビルの裏通りで一人の女性が息をついていた。
「なんだろう……この記憶ってやつは……!」
少女が覚えているのは、曖昧だが、しかし明確に覚えているものだった。
例えば、彼女がパーカーを着て、ある一団を指揮していたこと。
例えば、少年少女の団欒を楽しんでいたこと。
しかし、今はどこにも、誰もいない。
誰に尋ねても、それを知る人間はいない。
彼女は孤独だった。
そして、彼女はどうすればいいのか悩んだ。
「今日も戦争だ」なんてことを言って、様々な人を率いてきたという『記憶』はあった。しかし、彼女以外、それを覚えてはいなかった。
ならば、これは何の記憶なのか。誰の記憶なのだろうか?
大人ぶって『攻略』だなんて言った記憶もある。
だが、それを周りの誰も覚えていなかった。
孤児院に預けられていた記憶もある。
だが、それすらもほかのだれも覚えていなかった。
彼女は怖かった。ここはほんとうに生まれてから自分が育った世界なのかどうかを。
「……ここは、ほんとうに……」
「ここは、元々居た世界。僕らが『カゲロウデイズ』に触れなかった、世界だよ」
不意に、だれかの声が聞こえて、少女は振り返った。
そこに居たのは、焦げ茶色のパーカーを着た少年だった。
初対面のようにも思えるが、彼女は彼の名前を知っていた。
「…………カノ?」
「そうだよ、覚えていてくれたかい、キド」
彼女の名前はキド。木戸つぼみといった。
そして、彼の名前はカノ。鹿野修哉といった。
「はじめは僕も疑ったけれどね。……キドってそんな可愛らしいドレスを着る家庭だったのか。知らなかったよ」
「うるさい」
そう言ってキドは右ストレートをカノの脇腹に与える。
「その暴力っぷりもいつもどおりだね……キド……」
「お前は世界を戻っても、変わらないようだな。カノ」
キドはそう言って、カノを見る。
しかしこう見るとカノは全く変わっていないようだった。まるで、あの世界からカノをそのまま切り取ったような……そんな感じにも見て取れた。
「ぼくは前の世界……つまりここでもこんな感じだったからね。貧しいは貧しいけれど、平和に過ごせれば、何の問題もないよね」
「……セトとかは? ほかの連中には会わなかったのか?」
「――もう居るよ。君とコノハくん以外は、ね」
カノの笑みに、キドは思わず狼狽えた。
そして、訊ねる。
「……俺はいいとして、コノハも居ないのか?」
「うん。コノハくんはね……病院にいるらしい。それも厄介なことに、あのときの記憶を完全に忘れているようだよ。エネちゃんは、あの時でもきちんと前の記憶があったからかもしれない。コノハくんはあの身体になったときの記憶をさっぱり忘れていたからね」
「そうか……。ともかく、皆無事なんだな……」
キドが微笑むと、カノは両手を広げた。
「もうすでに、メカクシ団本部に集まっているよ。どうだい、君が良ければ、みんなに会いに行かないか?」
そして、カノの言葉に、キドは小さく頷いた。
◇◇◇
見知った路地裏に入って、『107』と書かれたプレートの貼り付けられたドアをカノがノックして、扉を開けると、既に全員がソファなりに座っていた。
「これでコノハくん以外全員集まったっすね」
セトがそう言うと、カノはシニカルに微笑む。
「まあ、みんなと出会うのも久しぶりって感じがまったくしないけれどね。みんな、よく集まってくれたよね」
「なんでですかね?」
呟いたのは、モモだった。今日も『大浴場』とかいうよくわからない文字がプリントされたパーカーを着ている。
「まあ、よく知らないけれど、『僕らがカゲロウデイズに干渉した』ことによって出会っただろ? だけれど、今は『カゲロウデイズに干渉しなかった』世界にいるわけだ。つまり、世界が変わった。だから、記憶は何れ消えてしまうんだ。……それがどこまで本当かは解らない。だって、それを実際に経験した人間が居ないわけだからね」
「記憶が消える……って、今までの記憶が凡て消えるってことですか!? メカクシ団としてみんなと過ごした記憶が……」
「パラドックス、ってやつか」
キドが呟くと、カノは小さく頷いた。
「世界の仕組みってやつは、本当にわからないけれど、厄介なものだよね。まったく、あそこにいたことが凡て忘れてしまうなんて、未だに考えられないことだけれど」
「……それで、コノハ……遥のことなんですけど」
その言葉はシンタローの隣にいる貴音から発せられた。スマートフォンを操作しているようで、その画面を見ると、幾つかのウィンドウを起動させていた。ウィンドウを見るとどこかの市立病院のホームページが出力されていた。
「……これは?」
「遥がいる、病院です」
簡潔に貴音は述べる。
「私はなんだかんだで、あの時でも『エネ』の姿になる前の記憶が残っていたのだけれど、遥は『コノハ』になってから記憶を失っていた。だから、コノハの記憶はそのまま遥には引き継がれなかった。なんというか、私とエネは同系種だったみたいだけれど、コノハと遥はまったく違う形態だった。……よく解らないけれど。それで、記憶領域がコノハと遥で違っちゃうから……ええと、何を言っているのか」
「ああ、俺にも解らないからそれくらいでいい」
貴音の言葉を、キドが右手で制した。
「つまり、コノハとしての記憶は、今の遥には存在しない。そう言いたいんだな?」
キドの言葉に、貴音は頷く。
「……団長さん、コノハさんの記憶を、取り戻しませんか?」
モモから言われた言葉はあまりにも唐突だった。しかし、キドはそれにシニカルに微笑んだ。
「……そうしようか。そして、これは『メカクシ団、最後の任務』になるかもしれない。心して、かかるよう」
キドがそう言って、右手を掲げると、全員もそれに従って右手を掲げた。
――メカクシ団、最後の作戦がここに『作戦開始』の一声があがった。
【二次創作】サマータイムレコード【前編】
「――行こうか、今日も戦争だ」
<原作>
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21737751
<続き>
https://piapro.jp/t/vn32(2018/7/26 UP!!)
<言い訳>
ほんとはもっと早く書きたかったのですが、気付けばこんなことに。
でも、舞台的に「二年後」ということで……マッチしてるので……。
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