―――――それは小さな一言だった。
「ねぇどっぐちゃん、髪伸びて来たんじゃない?」
「ふぇ?」
遊びに来ていたネルに呼びかけられて、どっぐちゃんが振り向いた。
言われてみれば、確かに随分と髪の長さが伸びたような気もする。年明け前に切ったはずなんだけどなぁ……。
「ちょっとあたしが切ったげるよ!」
「ええ? 大丈夫なのネル?」
「なめんな♪」
そう言ってすらりと鋏を取り出し、軽快に髪を切っていく。
流石に道具の使い方は慣れたものだ。……だがネルよ、頼むから下になんか敷いてやってくれ。
「……こんなもんでどうかな?」
「えーと……わぁ、綺麗じゃない!」
「あったりまえよ! 道具を使わせて何ぼの美少女改造師なめんな!」
「自分で言うな自分で」
しかしこいつには自分で言えるだけの技術がある。だからこそヴォカロ町の唯一にして至高の改造師として君臨しているのだ。
「じゃあこの髪はあたしが処理しておくね!」
「ん? いいよそこにばら撒いといて。面倒だけど後で捨てとくから」
「いーからいーから!」
そう言って髪を抱えたままネルはヴォカロ町へと帰っていき。
――――――――――そのまま連絡がつかなくなって、一週間になっていた。
「……もう一週間になるか……」
とある日の夜。俺とどっぐちゃんはなんとなく眠れずにいた。
「ネル……普段なら3日にいっぺんはお客がいないか様子見に来てたのに……」
「まさか来ないだけじゃなく連絡も取れないとは……」
ルカさんに調べてもらったところ、この一週間本店の『ネルネル・ネルネ』も閉じっぱなしだったらしい。
一体どうしたんだ……あいつ……………。
と、その時。
『だぁ―――――――っしゃあああっ!!』
突如後ろの時空転移用PCから声が響き、同時に何かが潰れるような音がして、思わず振り返る。
―――――ネルが潰された蛙のような格好で、地面に這いつくばっていた。
「……ネル!! お前……この一週間一体どこに……!!」
『どっぐちゃんっ!!』
「ふぁい!?」
「無視かおい!?」
俺の言葉を完全スルーして、どっぐちゃんにつかみかかるネル。
『清花ちゃん! 清花ちゃんを呼んで!!』
「へっ!? はぅっ!?」
『急いで!! 私の精神力が尽きる前に!!』
「ふひゃ、ひゃいいいい!!」
慌ててどっぐちゃんが駆け出していく。
息も切れ切れ、声の調子もどことなくおかしいネル。明らかに様子がおかしい。
「ネル……お前いったい……?」
『……心配した?』
「当たり前だろっ!! いきなり音信不通になって……ルカさんに調べてもらってもまるで行方がつかめないし……」
『……ごめん……でも……自分の限界に挑戦したくって……限界を……超えたくて……』
「……???」
一体何のことだ? 限界に挑戦する?
言葉の意図をつかみかねていると―――――
「ネル! 清花連れて来たよ!!」
どっぐちゃんが勢いよく扉を開けて戻ってきた。しかしシルルスコープを付けていない俺には姿も見えず声も聞こえない。
「おっと、スコープスコープ……」
『待って、Turndog……こいつを使って……』
「え?」
震える手でネルが差し出したのは、小さなネックレス型のシルルスコープ。
先端のロケットペンダントの中に宇宙のような闇が広がっていて、更にその中を小さな星型の光が渦巻いていた。
「これは……?」
『……『現時点』での……あたしの研究の集大成よ……まだまだ進化させたいところもあるけどね……』
首にかけて、スイッチを入れる。
すると―――――視界に突如、どっぐちゃんの後ろで心配そうに待機する清花ちゃんの姿が映りこんだ。
『え……えーと……いきなりどっぐさんに連れられてきて、よく状況が掴めていないのですが……』
「うん、俺もつかめてないから安心していい……」
機能チェックということか? しかしそれにしては別に何の変化もないようだが……?
『……Turndog。清花に……触ってみて』
「え!? だけどこの可視距離じゃ……」
『言ったでしょ……あたしの研究の集大成って……さぁ、早く……』
ネルの気迫に押されながら、清花ちゃんに近づいてみた。
「清花ちゃん、手を」
『あ、はい……』
恐る恐る近づいてきた清花ちゃんが静かに手を伸ばして―――――――
きゅっと、両手で俺の手を握りしめた。
伝わってくる。清花ちゃんの手の感触が。
触覚が伝えてくる。血の通った人肌の暖かさとはちょっと違う、魂の温かさを。
思わず清花ちゃんと何度も目を合わせて、頷き合った。
触れてる。
「触れてる……! 触れてるよ!」
『はい! ……ああ、あったかい……しるるさん以外の人と触ったの、どっぐさんを除いて初めて……』
喜ぶ清花ちゃんを見つめていると、後ろでドサリと音がした。
「!? ネル!?」
「……ふふ……完成ね……あたしの最強のシルルスコープ……『スターシルルスコープ』……………が……………………………………」
そしてそのまま―――――気を失ってしまった。
『―――――っ!!? ネルっ!!?』
十数分の解放の後、ネルは無事目を覚ました。
「全く、無茶しすぎなんだよこんのバカ!! 少しは自分を大事にしろってんだ!!」
「あははは、ごめんごめん」
「よしわかった少々お仕置きが必要なようだぜどっぐちゃん」
『そのようねTurndogさぁネル覚悟はいいか』
「ごめんなさいもうしません無茶はしないからブレスレットを二つとも外そうとするのはやめていただけますでしょうか」
土下座で平謝りのネルである。流石にしないわどっぐちゃんのブレスレットダブル解除なんてかなりあ荘を内側から爆破するようなこと。
「……まったく、清花ちゃんにまで散々世話させて……」
『あ、私は別にそんな気にしてなんか……』
「スコープ作ってくれる奴だからって遠慮しなくていいのよ清花」
『いえ、あんまり追いつめるのは好きじゃなくて……』
その一言で何となく説教をする気も失せてしまった俺たちは、とりあえず事情を聞くことにした。
「……で? これは一体どういうことだ?」
「簡単にいえば……世紀最大級の実験をしてました。」
「今さらりととんでもないこと言ったよね!?」
と言ってもこいつの発明はいつも世紀最大級なんだがな。
「正確にいうとね。シルルスコープを改良して、可視範囲をそのままに、清花ちゃんに接触できるようにしたのよ。以前どおりの製法だとしるるさんに上げた『スターダスト』よろしく可視範囲が狭まっちゃうんだけど、そこをちょちょいと改善して、可視範囲に影響が出ないようにしたの!」
「……つまり?」
―――――そこで俺が聞き返したのが間違いだった。
ネルは調子に乗って10分間気を入れて説明を行い、理系頭の俺やその俺から生まれたため多少理系頭のどっぐちゃんはともかく、元々科学技術自体に疎い清花ちゃんは途中でオーバーヒートを起こして眠くなってしまう始末。
そんな清花ちゃんをどっぐちゃんが寝かしつけたり、適当に相槌を打ちながら聞いた話を要約すると。
以前のシルルスコープはどれか一つの材料から『コア』を作り出し、その『コア』に『可視化』や『接触可』の機能を付加させていたそうだが、この方法だと材料を選ばない代わり『複数の機能を充実させる』ことが困難になってしまうらしい。
しかし今回は『コア』にとある材料を使うことで、『コア』が自発的に『接触可』の機能を発現することができ、それにより「可視化」と「接触可」を両立させることができるようになったのだとか。
その材料というのが―――――『どっぐちゃんの髪』。即ち、自らの力で『清花ちゃんに触ることのできる存在の体のパーツ』である。
つまり、以前は『コア』にする材料を選ばなかったことで、『コア』に後から「可視化」「接触可」の能力を付けていたためにどちらかの能力が圧迫されてしまっていたが、どっぐちゃんの髪を使うことで予め『接触可』の機能を持つ『コア』を作り出し、機能の圧迫が起きないようにしたということらしい。
つまり超簡単にいえば―――――
【シルルスコープに どっぐちゃんの髪 を 使った!▼】
【……おや!? シルルスコープの 様子が……!】
【おめでとう! シルルスコープは スターシルルスコープに 進化した!▼】
……ということなのだとか。
「……どうしてそこまでして……」
「……一つはさっきも言ったように自分の限界に挑戦。もう一つは……」
扉の方を―――――自分の寝床に帰って行った清花ちゃんの方向を向いて、小さくぽつりとつぶやくネル。
「……№15、清花」
「!」
『幸せな住人の幽霊に、更なる幸せを、ってとこかな?』
とは言え。
今回の開発は相当体に負担をかけたらしく、こんな開発はもう二度とやらないと宣言。
それと同時に、ヴォカロ町のみならずかなりあ荘の面々にも心配を掛けさせた罰として、ネルはルカさんから1週間の改造禁止を命じられたのであった。
dogとどっぐとヴォカロ町!~改造専門店ネルネル・ネルネ出張版⑤~
ネルちゃんの無茶は原子の法則すらも歪める。
こんにちはTurndogです。
皆の者、よく知っておくがいい。
皆が楽しく読んでいるヴォカロ町の世界の真実とは、
現実世界の常識にとらわれてはいけない幻想の世界なのだ。
ということで常識にとらわれない開発をした結果シルルスコープが超進化したよ!
超進化に必要な紋章はきっと愛情だと思います。
ガルダモンかっこいいよね。
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