―異変は突然に、何の前触れもなく起きる物である。それは、人間関係でも変わらない。
それは、そろそろ肌寒さを感じさせる秋の頃だった…。
俺は、いつもの様にクオを連れてすっかり乾いた落ち葉が一杯の公園でミクさん達を待っていた。
けれど、その日に限ってミクさんは中々来ない……。
事前の用事や風邪などで公園に行けない時は、行き違いが起こらない様、携帯で連絡を取り合う様になっていったが、電話もメールも来ていない。
来られないなら連絡が来るはずだし、その内笑顔で「遅れてごめんね」懸命に謝りながら顔を出すだろうと思っていた俺も、流石に一時間も待てば動かずにはいられなかった。
ミクさんの携帯に電話してみるも、規則正しいコール音が数回なった後に留守番電話サービスに繋がるだけだった。
数分に一度の割合で何度か掛けて直してはみたが、結果は同じだった。
結局、その日は諦めて帰る事にしたが、行き違いにならない様ミクさんにメールを送っておく事は忘れない。
―だが、その1週間後…2週間後も…3週間後も、携帯に何の連絡入らず、公園にもミクさんが姿を現す事はなかった……。
最初は学校の事で忙しいのだろうと自分に言い聞かせていたレンも、既に限界間近だった。
休日のクオとの散歩だけでなく、学校帰りにも公園に足を運んではみたが、ミクさんの姿はどこにもなかった…。
「なんで、何にも言ってくれないんだよ…?最後に別れた時は、ミクさんも『またね』って、笑顔で言ってくれてじゃんかっ……」
「にぃー…」
クオも、リンやミクに会えない寂しさを感じていたが、主人の姿に痛ましさを覚えていた。
レンの心を少しでも癒す様に彼の頭に自分の頭を押し付けたり、手を嘗めたりした。
「…ありがとな…クオ……」
クオの頭を優しく撫でるレン。だがその顔は痛む心から悲しげな笑顔だった…。
いつもの様に学校に行き、いつもの様に面倒臭い授業を受け、いつもの様に笑って友達と過ごし、いつもの様に家に帰り、家族やクオと時間を過ごす。
だが、レンの中からいきなり抜け落ちた「いつも」…「ミクに会う」…その穴は、何をやっても未だに埋まらなかった。そんな穴を感じながら日々を過ごして行く中で季節は冬へと移り変わる。
そしてレンとクオの気持ちに関わらず、日々の生活は過ぎて行き、冬休みを迎えた。
明日には14歳の誕生日を迎えるレンだが、彼の心は少しも浮かばれなかった…。
―諦めようと思った…諦めなきゃと自分を言い聞かせた……。けど、どうしても彼女の事を忘れられない、諦めきれない自分がいた……。
諦めなきゃ…忘れなきゃと必死に思いながら、自分に言い聞かせながら、足はどうしても公園へ向いていた……だけど、ミクさんの姿はやはり何処にもなかった。
「俺…何しちゃったんだ…?何でミクさんは何も連絡くれないんだよ…?」
外は夕方。カーテンで閉め切られた俺の部屋は暗く、俺の問いかけに答えてくれる声なんて…答えて欲しい人の答えは返ってこない……。
初めての恋が想いも伝えられないまま終わる事、そして、その相手は自分に何の理由も原因も教えてくれないまま姿を見せなくなった…。
「こんな風に終わる事が分かってたんなら…最初から、出会わない方が良かった……」
ある種の自嘲に満ちた自身への言葉。
―『好きになんてっ……!ならなきゃ良かったっ……!!』
「もしかしたら」なんて気持ちも、期待も……もう全部、捨てなきゃいけないんだっ……!
今度こそ、ミクのへ気持ちを絶とうと、諦め様とするレン。
だが、クオは違った。
ベッドでふて寝してる主の頭を自分の頭でぐいぐい押し、散歩に促す……いつもの様に。
「あんだよ…クオ、散歩ならもう一人でも行けるだろ…?俺はもう、お役御免だ…」
そう言って手でしっしっと追い払うも、クオの奴は尚も俺の頭をグイグイ押してくる。
しかも、耳元で「み゛ぃ゛~み゛ぃ゛~」と野太く鳴かれるんだからたまったもんじゃない。
根負けした俺は、重い体を起こすと渋々と出かける準備をする。
玄関でそう遅くならない内に帰ってくると母さんに伝え、外に出ると、室温に慣れていた体が冬の凍てついた空気に刺される…。
「猫はこたつの中んでも丸くなってろよな…」
―不機嫌面でそうぼやきながら、クオに連れられる形で散歩に出た俺も、きっと…どこかでまだ諦めきれなかったのかもしれない。
夕方の時刻とは言え、季節は冬。東の空は夕焼けの橙に夜を連想させる群青がと混ざりながら、徐々にその色を成していっていた。
「おい、クオ…もう暗いし、あんま出歩かないぞ?」
レンの言葉に答える事はなく、クオは迷いのない足取りである場所を目指して歩いて行く。
レンもそれに気づくと、何度もクオを抱き上げて別の方へと行こうとするがクオはレンの腕の中で暴れ、地に降りると、また公園へと足を進める。
傷心でふて寝ていた所をしつこく鳴かれて起こされ、その上散歩にまで駆り出された為にレンの苛立ちは既にピークに達していた。
「もう勝手にしろっ!!付き合ってられるかっっ!!!」
そう怒鳴ると一人、元来た道を戻ろうとするレン。それでもクオは振り返らず、公園に続く道へと足を進めていった。クオとは真反対の方向に歩きながら、やはり気になるのかちらちらと後ろを振り返りながら歩いていたが、数分後、最後に振り返った時は完全に自分の猫の姿は消えていた。
歩きながら後方にいるであろうクオの姿を時折ちらりと見やるレン、数分後、完全にその姿が見えなくなる。
暫く立ち止まって待ってもクオがこちらに戻ってくる気配はない…。
「~あぁっ!もうっ!!」
一人で、ポツリと残されたレンはとガシガシと頭を掻きながら、半分自棄が含まれた勢いでクオの後を追う。
公園に到着する頃には、空は夜の色を醸し出していた。
レンは、ぜぇ…ぜぇ…と乱れた息を整えながら、ミクがいつも座っていたベンチの近くにいるクオ見つけた。
だが、自分の猫以外の存在が公園にいる事に気付き、何よりその人物に目を見張る……。
そこには、久し振りにクオに会えた事を喜んでいるのだろう、自分の頭をこすり付けるリンと、屈んで二匹の猫達の頭を寂しそうな笑顔で撫でるリンの主人であり、自分の想い人の姿だった……。
―『気付いたら考える前に、叫んでいた』
「ミクさんっ!!」
(つづき)
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