水に溺れているような感覚。

重く纏わり付く闇と、呼吸さえ許されない圧迫感。


…ああ、死ぬんだ。


薄れていく意識が漠然とそんなことを考える。


結局ボクは、何も変えられないまま、こんなところで…



そのとき、最期の赦しを求めて伸ばした右手を誰かが掴んだ。


***


地上のリンを追って、無茶苦茶に振り回される触手。それをかわしては遠ざかりの繰り返し。三回目の接近で、漸く掠めるように掴み取った手を、離さないようにと握り締める。

「おいっ!!しっかりしろ!!」

手の中で、細い指先は冷たい。それでも、微かに握り返してくる感覚を信じて強く引く。ずるり、と、泥に沈んだような重さが片肩に掛かり、ただでさえ不安定なフロートボードはぐらりと傾いた。

「…いったい、どんなつくりをしてやがんだ。この化け物は」

液状のブラックホール、という表現が一番的を得ているのかもしれない。どろりとしたその身体は分け隔てなく、触れるもの全てを体内へと飲み込んでしまう。

「…こいつだけは、絶対に喰わせない!!」

誰とも知らない。リンまでも無駄な危険に晒して、これが正しいのかも解らない。それでも、淡い緑の髪色に、一瞬だけ思い出してしまったあの笑顔がレンを突き動かしていた。


報われるとか、報われないとかどうでもいい。

そこに僅かでもアイツを失ってしまう可能性があるなら、その全てを全力で排除するだけだ。


あのとき、アイツを引き止められなかった。これが罪滅ぼしだ。


「させるかあぁぁぁぁぁっ!!」

ありったけの出力で、フロートボードごと引きずり込んでしまおうとするモンスターに対抗する。フロートボードは、内部PCと思考の同調さえ出来れば思うがままに動く、とリンから聞かされていた。そして実際、今の状況を見る限り、内部PCは思ったよりも容易くレンの思考に馴染んでいた。それこそ、最初から自分のものであったかのように。

フロートボードが力では勝って、何とか肩まで引き上げることに成功した。だが、それ以上は、互いに片腕の状態ではとても不可能だった。肉体にあまりにも負荷が掛かり過ぎるのだ。

「俺が、直接行って引き上げるしか…」

躊躇いはあった。しかし恐怖はなかった。

思考と呼応するようにフロートボードの高度がぐっと低くなる。

「はぁっ!!」

飛び降りると、モンスターの表面は意外な弾力をもってレンを受け止めた。どうやら、それは弾丸などを貫通させないための仕様らしい。その証拠に、次の瞬間には既にブーツの足首までを捉えられていた。慌てて足を引き抜こうとしても、もう片方が余計に沈むだけ。

「とにかく、先に助けないと…」

繋いだままの指先は血の気を失って蒼白く、もはや握り返す力も残っていないようだった。時間がない。空いた左手をモンスターの体内へと差し込んで、指先が濡れた髪に触れた。そのまま首、肩、となぞっていき、脇に手を入れるようにして一気に引き寄せた。

「っ!!」

何とも形容しがたい音をさせて、どろりとした粘液に塗れた細身の身体が引き上げられる。ぐったりと気を失ってはいるが、息はあるようだ。短く切り揃えられた髪。何処か懐かしいような、伏せられた大きな眼。しっかりと抱き留めているのに、殆ど重さを感じさせないほどに儚い印象の少年。

「…別人、か」

安堵とも、落胆ともつかない息を吐く。しかし、感傷に浸っている暇などなかった。

すぐさま頭上を旋回するフロートボードを呼び寄せて、捉られていたのが片足だけだったお陰か、脱出にそれほどの時間は要さなかった。ただ、二人分の体重を支えるためにエンジンは騒々しい音を立て、フロートボードは不安定に軋んだ。このままでは、恐らく地上まで持たない。

「リン!!この人を…!!」

「ええ、任せなさい。わたしががっちり受け止めてあげるわ!!」

両腕を広げて、ウェルカムのポーズをする。ぎりぎりまで高度を下げて――それでも投げ棄てる格好にはなったのだが――少年の身体を地上のリンへと託した。フロートボードが急激に軽くなり、反動で跳ね上がるようにして空まで駆け上る。


トドメを刺すなら、今しかない。


「レン!!受け取って!!」

片手で少年を支えたリンが、レンを追って放り上げたものを受け取る。それは、リンが常に愛用しているショットガンだった。

「いい?残りの弾はそれ一発よ。とちったら、あとはないものと思いなさい!!」

「ああ」

ショットガンなど、扱ったことはない。それでも不思議と不安はなかった。喧嘩で、強い相手を前にしたときのあの興奮。それにも似た血の滾りが確かにレンの内にあった。

「一発で仕留めてみせるさ!!」

モンスターを見下ろし、その脳天へと銃口を据えて、


撃った。


真上から叩き込まれた衝撃は、モンスターのしなやかな皮膚をもってしても弾き返すことは敵わなかったらしい。着弾とから一秒送れて、体内深く食い入った弾丸が形状保持の中枢を打ち砕いた。

飛散する闇。返り血のような、生臭いそれを真っ向から浴びて、レンは顔をしかめる。

地上では、同じく粘液に塗れたリンが、少年を抱えて安堵の笑みを浮かべていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ラノベ化企画】サイバー・サバイバー【5】


何処か懐かしい面影の少年。初めて、何かを殺めたという感覚。
もう戻れない。このゲームは未だ始まったばかり―


***

更新遅くなってすいません。やましぃです。
やっぱり徹夜は良くないですね。はい。
さて、中ボス倒したし、行方不明だった幼馴染と再会!!…かと思ったら。
淡い緑の髪の少年、は幼馴染ではありませんでしたね。
でも、レンが強く勇ましくなったから良しとしましょう^^←

そして、少年を軽々受け止めてしまえるリンちゃんに惚れますww


***

SPECIAL THANKS


SHIRANOさん
http://piapro.jp/t/d2yz

閲覧数:183

投稿日:2011/07/13 22:47:24

文字数:2,161文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    こんにちは、やましぃさん。ここまで読ませていただきました!
    連続した緊迫感が良いですね。幼馴染だと思ったら幼馴染じゃなかった!みたいな展開に今後を期待させられます。
    >それこそ、最初から自分のものであったかのように。
    のあたりが伏線として良い役割果たしてそうですね。続き期待です!

    2011/07/14 12:00:32

    • 人鳥飛鳥@やましぃ

      人鳥飛鳥@やましぃ

      読んでくださってありがとうございます!!
      そう言ってもらえると書いたかいがあったなー、と嬉しくなります。

      フロートボードに関しては、伏線がいくつもあったりします^^
      後になって「ああ、あれって、こういうことだったのか!?」みたいな気分を味わってもらえるよう、
      伏線回収に全力をあげていきたいと思いますww

      それでは、また。

      2011/07/14 19:17:31

  • 瓶底眼鏡

    瓶底眼鏡

    ご意見・ご感想

    お邪魔です!

    く、やはり幼なじみは中ボス倒したくらいでは戻ってこないのか……←
    となると、少年はミクオさんですか……確か設定ではかなり重要人物ぽかったですね。彼は二人に何をもたらすのでしょうか?

    それにしてもレンがどこまでイケレンになってもこのリン様はその上を行き続ける気がします←

    2011/07/13 23:16:53

    • 人鳥飛鳥@やましぃ

      人鳥飛鳥@やましぃ

      こんばんは!!
      いつも感想アリガトウございます。

      やはり、幼馴染は三面ボスくらいじゃないですかね。盛り上がり的に←適当ww
      順調に伏線が増えていって、未来の自分を応援したくなりますよww

      実は、最初から流れって考えてないんですよね。
      その日の気分と、雰囲気で。だから伏線回収が大変で大変で…←

      そして、ラノベの鉄則(?)として、説明文の少ないヤツほど重要人物なんですよね。大抵。
      あと、最後が「?だが…」みたいなキャラとか。
      それはつまりミクオさんは…(ゴホゴホ

      それでは、次回をお楽しみに!!

      2011/07/13 23:23:45

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