「次に演奏する曲で最後となります。五曲目はなにを演奏するかわかります?ふっ、わからないでしょ?ではここでクイズ!ウチが次に演奏する曲のタイトル言い当てたら先着一名様に百万円あげちゃいましょー!!」
市長との話し合いから一カ月後の、八月某日。N市の市民ホールの舞台にて、ウチはマイクを片手に喋っていた。
一階の客席、二階の客席その隅の方にまでその声が響いて行く。
なんだかんだ言っても、ウチには弁論の才能でもあるのだろうか。あるいは本番に強いとでも言った方がよかろうか。
ウチも最初は緊張してカタコトめいた喋り方だったが、演奏している内にテンションもあがってきて今ではすっかりノリよく喋っているのである。
「淡き光ー!!」
老若男女さまざまな声が、観客席の至る所から返ってくる。ウチに負けじと、皆が皆明るい声を出していて、マイクなど使わなくてもその声はしっかりと伝わった。
「ウソぉ!?何で分かった?あ、そっか、パンフレットに書いてあるんだったね。ドジだなウチってば」
えへ、と自分で頭を小突く。それがウケたのか、客席の方からちらほらと失笑が零れる。
お客さんが笑ってくれると、自分も嬉しかった。こんなミュージシャンの卵の公演にさえ、見に来てくれる人がいるなんて思ってもいなかったから。しかもその数およそ八百人。
市民ホール全席の八割は埋まってしまっているのだ。最初は半分どころか四分の一も来ないと思っていたのに。
自分が主役となって舞台に立つことなんて一度もなかったのに、これだけの人数が私の演奏を聴きに来てくれているなんて本当に信じられなかった。
これだけ来てくれれば公演は充分成功と言えるだろう。
……まったく。一時はどうなるかと思った。
MCという、大衆の前で喋る仕事を任され、五つの曲を一ヶ月でマスターしろと言われ、さすがに市長に不平をこぼしたくもなった。
だがこうして公演が出来ているのも元は市長のおかげだ。終わりよければすべてよしとして、この際不満は胸の内にしまっておく。
「そう、皆さん大正解!五曲目は『淡き光』!これを歌ってるのはね、巡音ルカって言って、実はウチの幼馴染みなんだ。ちなみになんと高校時代は部活も一緒!一緒にバンド組んでたんだよ。驚きでしょ?ウチがギターとボーカル、ルカがキーボード担当してました!他にもベースとドラムの子がいてね。当時のアニメにあやかって、その子たちとお茶を飲んだりお菓子を食べながら曲の練習とかやったりね」
周りからは『放課後ティータイムだー』と叫ぶ声が聞こえる。
それから何の事か分からずに首をかしげる者もいた。
おじちゃんおばちゃんの世代が元ネタを知らないのは当たり前だが、なるほど。今の十代には例のアニメは分からないのかもしれない。
「でさでさ、ベースの子がまた可愛かったんんだよこれが。ウチより一個下なんだけど、もう面倒見てあげたいくらい可愛いんだ、ホントに。ドラムの子はね、ベースの子に比べたらちょっと不愛想なんだけど、たま~にデレるとこがあったりしてさぁ。あのギャップがもう忘れられないし!」
過去の事を思い出して、自然と口元がニヤついてくるのが分かる。いけない、このままだと無限に喋ってしまいそうだ。
もう少し語りたいのが本音だけど、それは時間の関係で割愛しなくては。
「ちょっと話がそれちゃったね、じゃあ、ルカの話に戻そっか。……ウチが高三の時にね、ルカにある事を尋ねたんだ、『将来の夢はもう決めてんの?』って。そしたらルカはちょっと恥ずかしそうに、『シンガーソングライター』って答えたよ。ルカは言葉では伝えきれない想いや願いを曲にして、お客さん達に伝えたいんだってさ。どう?カッコいいと思わない?」
同調を求めるように舞台から身を乗り出す。客席からは、確かに『カッコいい―!』と同調の声が返ってきた。
「でしょでしょ?ウチもルカの曲すっごく弾きたい~って思っててさ。ルカったらCDの一つでも送ってくれればいいのに『歌聴かれるの恥ずかしいから嫌』とか言っちゃってさ。恥ずかしがることなんてないのにね。おかげでCD一枚手に入れるのも苦労しちゃったよ~。それからそれから……て、時間が無いな、まだ語りたいけど、そろそろ曲入んなきゃ」
少し残念そうな声がちらちらと聞こえる。もっと話を聞いていたいとぼやく人達もいた。
……ウチ、本当にこれが初舞台なんだよね?
思わず再確認してしまう。
ウチに同調してくれる人たちは、前からいてくれたファンの人達なんだとつい錯覚してしまうのだ。
「今日は皆さん私の演奏聴きに来てくれてありがと!応援ホントにありがとね!そいじゃラスト行きまーす!」
さぁ、ついにこの曲を奏でる番だ。全身全霊をかけて奏でよう、最高の曲を。
照明が徐々にフェードアウトしていく。お客さん達もそれにつられるようにしてシンと静まり返った。
ウチの後ろにはドラムとベース担当のサポートメンバーさんがいて、まずドラム担当の人がタンタンタンタンと合図を出す。曲が始まった。
指先に思いの全てを委ね、ウチはピックを握りしめて弦をはじく。
曲はまずAメロにはいり、ギター含め各パートは穏やかなメロディーを奏でる。緩やかなメロディーなので弾くのは楽だ。
しかしそれはサビに近づくにつれ段々盛り上がって行き、ついにサビで頂点を迎える。
サビの部分では勢いよく、それでいて静かにしたたかに、弦をはじく。
ルカもこのホールの客席のどこかで見ているだろうか。などと都合のいい事を考えてみた。
でも、いるわけがない。ルカは今日も仕事だ。どうやら数日後に北海道でライブがあるらしく、今頃は多分飛行機の中か、向こうの土地を踏みしめている事だろう。
“ルカ、この音が聞こえる?今ウチ、ルカの曲を演奏してるんだよ。”
このホールを越えて、北海道まで、いいや、世界じゅうまで響かせてやるくらいの勢いで奏で続ける。観客席も熱くなり、ホール全体が熱気に包まれているようだった。
“ウチは、あの時ルカに宣言したとおり、ちゃんとギタリストになったんだ。
けれどまだまだこれは通過点、ウチの夢はまだちゃんと叶ったわけじゃない。前にウチが言った事、覚えてる?それはルカの舞台に立って一緒にギターを弾く事だよ。それから一緒にMCをやって、お客さんを盛り上げる事。それからそれから、握手会とかサイン会やって、二人で一緒にお客さんを喜ばせる事。それが、ウチの夢!”
額の汗がぽたりと雫となって舞台に落ちた。熱気のせいで、ちょっと動くとすぐに汗をかいてしまう。でもそれがまた心地よかった。
“叶えられない夢じゃない気がするんだ、ここまできたらさ。だからあとは一直線に走り抜くだけ!”
短いサビがもうすぐ弾き終わる。「淡き光」はバラードなのかと思っていたが、全然逆だった。
アップテンポで上がるとこまで上がって行き、聞いている人の心をハイテンションにさせる。
市長はどこかルカの曲を褒めていないようだったけど、ウチら10代20代にとっちゃ、文句もつけようのない最高の曲だ。
ウチはサビの最後を、歌詞を想い浮かべながら、丁寧に且つ素早く弾いてみせる。
『空に瞬く星のように 夢は遠いけれど
それは絶対逃げたりしないよ 自分が夢から逃げるだけ
いつか捕まえられたなら あの頃の私に見せてやろう!とびっきりの笑顔で』
それがサビのフレーズだった。
遠い夢でもそれを掴めないと決め込んではいけない。
まさに歌詞の通りで、夢は生き物じゃないから逃げたりしない。だから熱意を持って追いかけていれば必ず叶うものなのだ、ということを歌った、とても前向きな歌なのだ。
歌詞には分かりづらい暗喩や、ややこしい表現など使われておらず、子供から大人まで全員が全員理解できるものだ。
そういった歌詞を創りだすのはルカらしい。こうしてストレートに表現された歌詞は、多くの人の心にしみ渡り、やがて伝わって行くのだろう。
あっという間に曲は終盤を迎え、終わってしまった。ジャアーンと鳴ったギターの余韻が空気を伝わって皆の耳に響く。
それは私の心の中にも響いていた。ルカの曲は、本当に素晴らしいと。
余韻もやがては終わり、そこには沈黙だけが残った。
今までホールを包んできた熱気を少しずつ冷ますような、心地のいい沈黙だった。
「……ありがとう!」
沈黙を破り、再びマイクを手にして叫ぶ。
その瞬間、「わぁぁぁ」と伝染するように伝わって行く、熱のこもった叫び。
曲はミスもなく無事に終える事ができ、これで晴れて大成功だ。あとはウチが舞台からはけるだけ。
舞台袖に向って歩き出そうとした時、不意にお客さんの誰かが言った。
「アンコールまだ―?」
「へ?」
「そうだ、アンコール、アンコール!!」
次第にお客さん達の声はどんどん大きくなり、この会場全体はアンコールの波に乗っている。
「えーっと……」
こう言う場合はどうしたらいいのだろう?困ってしまった。アンコールに応えてあげるべきなんだろうか。
しかしこの後、実はまだ仕事がある。近々行われる氷山のライブのリハーサルだ。
これが終わったらすぐに行かないと間に合わないのに……。
だからといってお客さんたちの期待を裏切るのも気分が悪い。
しどろもどろしていると、スタッフの人達が手を挙げて代わりに説明してくれた。
「アンコールは出来ません、グミさんにはこの後も予定がございますので。ここで終幕とさせていただきます。申し訳ございません」
スタッフ達が頭を下げた途端に、会場は途端に違う空気に包みこまれ、大ブーイングの嵐となってしまった。
その声を無視して、上から徐々に降りてくる緞帳。舞台はこれで終わりだという事を示していた。
緞帳が完全に下がっても「なんでアンコールしないんだよ」と若干キレているお客さんや、「お願いします」と懇願しているお客さんの声が客席から聞こえた。
……ウチってこんなに大物ミュージシャンだったっけ?
いやいやいや、違う違う違う。
しつこいかもしれないが、これがウチの初舞台なのである。初舞台でアンコールって、あるのだろうか?確かに舞台に立った事は、サポートメンバーとしては何度もあったが、それはあくまで裏方としてだ。
それにアンコールをしてくれるのはもちろん嬉しいけれど、ウチは本来そこまでアンコールを要求されるほどすごいギタリストじゃない。それともいつのまにかギターの腕が上がって、それ相応のギタリストになっていたという事だろうか?自分でも実感がわかないけれど。
ま、それならそれで嬉しい事だけどね。
優越感に浸りながら、ウチは舞台を後にした。
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