悪い男(2)-がくぽの華-

 コーヒーの載ったトレイを手に、スタジオに戻ってきた神威がくぽは、目当ての人をすぐに見つけた。
 色鮮やかな長い髪、綺麗と可愛いがいい感じで合わさった、魅力的な顔立ち。ほっそりとした姿態に似合わぬ、豊かで形のよい胸。網タイツに包まれた、すっきりと伸びた長い足。黒いミニのドレスと、肘より長い黒の手袋は、衣装に包まれていない部分の彼女の肌を、一際白く、艶やかに見せていた。
 スカートの上に手を置き、足を斜めにして、上品に座る姿の愛らしさに、がくぽは思わず目を細めた。
「おーい、がくぽ、こっちー」
 がくぽを呼んだのは、座るルカの側で、メイコと談笑をしていたカイトだった。
 

 今日は、カイト、メイコ、そして巡音ルカと神威がくぽのユニット、「大人組」のPV撮影の日。
 リハーサルが無事終わり、本番まで休憩となったので、がくぽが四人分の飲み物を調達しに行っていたのだ。
 そんな事はスタッフがするところだろうけれど、がくぽは自ら役目を買って出た。
 こう言う事は、嫌いではない。いい、息抜きにもなる。
 三人が待つスタジオの片隅まで行くと、がくぽは手にしたトレイをカイトに渡した。
「ありがとう、がっくん」
「いえいえ」
 がくぽはそう答えると、おもむろに上着を脱いだ。
 今日のがくぽの衣装は黒のスーツに、髪の色と同色のネクタイ。
 長身で、甘く整った彼の顔立ちによく似合う。
 脱いだ上着を、がくぽはルカの膝の上に置いた。
「えっ?!」
 見上げてくるルカの顔を見ず、がくぽはカイトが持つトレイの上のコーヒーを一つ手に取った。
 丁度カイトが、コーヒーの一つをメイコに渡していた時だった。
 コーヒーの入ったカップ型の紙コップを両手で持ち、がくぽはルカの目の前に、優雅な仕草で片膝を着く。
「どうぞ」
 ルカに差し出されるコーヒー。
 優しい眼差しでルカを見上げるがくぽ。
「えっ、あ、ありがとう」
 戸惑いながらも,ルカはカップを受け取る。
 何事もなかったかのように、がくぽは立ち上がると、自分の分のコーヒーをカイトから受け取った。
「飲まないの?ルカ殿」
「えっ、あっ、いえ」
 立ち上がったがくぽを見つめていたルカは、慌てて顔を伏せた。




 「今日の殿はすごかったね」
「ダンスが?」
 本番の撮影が無事に終わった後の楽屋。
 この部屋は、がくぽとカイトで使っている。
「それはプロだから、すごくて当然」
 ネクタイを解きながら、カイトは平然と言い放った。
 さすがに日本の全ボーカロイドの長男、仕事に関しては甘さのかけらもない。
「本番前後のルカへの態度だよ」
 ルカがミニスカートでもくつろいで座れるように、上着を膝の上に置く。さりげなく跪いてコーヒーを渡す。
「女子はあの、跪いて……に弱いらしいよ。現にルカも、耳の後ろが真っ赤だった」
「知ってますよ。義兄者(あにじゃ)」
 椅子に座り、長い足を組みながら、がくぽが応える。
「あー、確信犯」
「地道な努力と呼んでください」
 がくぽの確信犯ぶり……いや、地道な努力はそれだけではない。
 椅子から立ち上がるルカに手を差し出したのはもちろん、本番のセットに上がる時も、本番が終わってセットから降りる時も、見頃にルカをエスコートした。
 それもそれがさも当たり前というように、眉一つ動かさず、平然とやってのけたのだ。
「素で、王子だったよ」
「義兄者にそう言ってもらえるなんて、努力の甲斐がありました。ルカ殿にも、そう思ってもらえるといいんですけどね」
「それは知らない。でも動揺はしていたね」
 苦労人カイトの冷静な分析。
「いい傾向です」
 足を組んだまま、ネクタイを解く。ついでに束ねた髪も下ろした。
「それでいつまで王子やるの?」
「ずっとやりますよ」
 この返事に、カイトが目を丸くした。
「ああやって、ルカ殿を大事にして、甘やかして、それが彼女の普通になって、彼女が俺がいない世界なんて考えられない……って思て、他の男が目に入らなくなるまでずっとです。今はまだ、戸惑わせているだけなのは、知っているから」
「うわぁ、何かすごいな」
「それぐらい想って貰わないと」
 今の自分が、それぐらい彼女のことを想っているのだから……。という言葉は言わないでおいた。
 誰よりも気高く、高貴な美貌の歌姫。
 一目で惹かれて、一目で欲しくなった。
「高貴の姫を手に入れるために、外様の殿は頑張りますよ」
「ご立派」
 苦笑しながら、カイトは拍手を送った。
「俺の妹、泣かさなければそれでいいよ」
「泣かせません。大切にしますよ義兄者」
 それは本心だった。



 「お姉様、この服、変じゃないですか?」
 楽屋で着替え終わったルカが、メイコに訪ねた。
 今のルカの服装は、さっきの大胆な衣装とは打って変わって、紺を基調にした上品なワンピース。
 露出は少ないが、体の線の美しさを際立たせるようなデザインだ。
「素敵よ。きっとがくぽ君も喜ぶんじゃない」
「よ、喜ぶって、お姉様!」
 この後、四人で食事に行く事になっている。
 当然がくぽもルカのこの姿を見る事だろう。
「べ、べ、別に、あの人のためにお洒落をしてる訳じゃないです!私がこの服を着たいから着ているんで……」
「はいはい」
 真っ赤になって恥ずかしがる妹を、適当にあしらうメイコだった。

 殿の地道な努力は、実を結びつつあるようだった。
     

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】悪い男(2)-がくぽの華-

「悪い男」がくぽ編です。私の想う悪イ男はイコールいい男なのですが……。
作中のPVはこちらがモデルです。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm17595452

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18039190(←カバー調整版こちらも素敵)

11/14 サブタイトル追加。(1)のサブタイトルよりも、簡単に思いつきました。

11/29 タイトルを「悪イ」から「悪い」に変更。色々と紛らわしいので。

閲覧数:711

投稿日:2012/11/28 05:28:07

文字数:2,260文字

カテゴリ:小説

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