「後悔したくないと思っているうちは、まだ子供なんだよ」
今考えれば、その言葉が父親の最後の言葉だった。
それが結果的にそうなっただけなのか、予めそう決めていたのかまでは分からないし、
それはもう一生分からないことなのだ。永遠に。

父親が死んでもう20年という歳月が過ぎ去ってしまった。
時間とは残酷なものだ、と最近になって思う事が増えた。
死んだ者は当然ながら死んだ時を境に時間が止まってしまう。
しかし生きている者はそうもいかない。
時間は容赦なく、こちらの都合も考えずに時間を進める。
しかも一定でいて、正確でいて。そして確実に進める。
その事実は僕が今年で父親と同じ歳を迎える事で証明している。

母親とはもう何年も会っていない。
そして腹違いの弟とも同様に会っていない。
どこで何をしているのかさえ知らない。知りたくもなかった。

しかし歳を重ねる毎に身内という存在に対して、特別な何かを強く感じるようになってきた。

昔は全くと言って良いほど夢を見なかった。
もしくは夢を見ても目覚めた瞬間には忘れていただけなのかもしれないが。
最近はよく夢を見るようになり、はっきりと覚えている。

蓮華の咲き乱れる草原がこの世の果てまで広がる場所。
幼い僕は草原を走り回りながら無邪気に笑っていた。
僕の後ろを弟が必死で追いかけてきていた。
そんな僕たちの姿を父親と母親は木製ベンチに腰掛けてふたり寄り添いながら見守っていた。
それ以外には何も存在しなかった。しかしとても幸せだった。
当たり前という名の存在がこの世で最も大切なのだと思い知らせてくれている刹那だった。

目を覚ますと僕は涙を流していた。
今頃、母親は、そして弟は何をしているのだろうか?

しかし連絡先は分からない。この先、もう一度でも会えるかどうかも分からない。
そんな事実に気が付くと、涙が再び流れ始めた。

月曜日の朝。

「ドウジョウシマス チュウイシテ クダサイ」
「ドウジョウシマス チュウイシテ クダサイ」
「ドウジョウシマス チュウイシテ クダサイ」

人工的な女性の警報音が鳴り響く。僕の心に鳴り響く。
誰か警報停止ボタンを押してくれないだろうか・・・

そんなくだらない事を思いながら
今日もいつもの溶解液作業をする為に
僕は出勤しなければならなかった。

AM6:48。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

楽園に対する定義とその副作用 ~ショート・ストーリー~

楽園に対する定義とその副作用のショート・ストーリーです。
読んでくれたら嬉しいです。今日も何とか生きてます。

閲覧数:1,327

投稿日:2009/10/06 21:58:24

文字数:980文字

カテゴリ:小説

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  • lee234

    lee234

    ご意見・ご感想

    はじめまして。にこにこで動画をみて、こちらへきました。
    夢の内容が小さい頃の日曜日の朝のように純粋に幸せに満ちている感じで、
    なんだか余計に切なく泣けてきました。
    良い曲と心にしみるストーリー、ありがとうございます。。。

    2010/01/03 08:13:26

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