カイトくんバー第2話『美味しいレモンチューハイ』

とある雪国の―――
とある街の―――
小さなバーを営むカイトの
とある日常の物語。


本州の方では、まだまだ残暑が厳しく、新しい台風だなんだと言っているような、そんな初秋の頃。

この北国では、すでに晩秋の気配が漂っていた。
風は冷たく清涼感を帯びており、見上げる空も、どこか澄んだ気配がある。
寒くて長い冬が始まる前の、ほんの僅かな期間だけの季節。
そこに吹く風の色は、一年でこの季節だけの、もっとも美しい色に染まっているのだ。

ここは、雑居ビルの半地下階に存在するカイトが経営するバー。

静かなクラシック音楽と共に、おしゃれな店内で美味しいお酒を楽しむことができる、
知る人ぞ知る大人の秘密基地。

そんなカイトのバーに、比較的新しい顔があった。

「・・・そんな風に言われちゃったから、ボク、凄く落ち込んじゃって…」

カウンター席で、やや愚痴るようにそう言っていたのは、一人の女性。
二十歳くらいであろうか。肩口程のややウェイブのかかったセミロングの髪の毛と、
意志の強そうな瞳が特徴の女性だ。

―――私はグミ。みんなはそう呼んでくれてます。

彼女はほんの一月前くらいにカイトの店にやってきた新顔のお客さん。


「『貴方の作品は食器じゃないわね』って。酷いとおもいませんか~?」

彼女が手にしている飲み物は、ジンにレモンジュースとソーダを加えたカクテル、ジン・フィズ。
彼女は店にやって来るたびに、毎回これを注文しているのだ。

と、言うのも、
彼女は初めてカイトのバーを訪れた時、堂々とした様子で、
『レモンチューハイ下さい!』
そう言って、周りの常連客を唖然とさせたのである。
彼女は今まで、こう言う雰囲気の店に、一度も来たことがなかったのだ。

その時、カイトが優しく頷きながら差し出したカクテルこそ、このジン・フィズであったのだ。

――このレモンチューハイ、美味しいですね!?

それ以降、彼女は店に来るたびに、この『美味しいレモンチューハイ(本人呼称)』を注文していた。


実は、グミがこの店にやってきた理由は、他の客とは大きく異なっていた。
と言うのも、彼女の目的はお酒ではなかったのだ。では一体何だったのかと言えば、

「あの・・・、今日はあれを見せて欲しいんですけど」

彼女が指差したのは、カウンターの棚に飾られた古いガラスの骨董品、薩摩切子の小物入れ。
「ええ、いいですよ」
カイトはその品を手にすると、彼女の前に差し出す。
すると、今まで愚痴を口にしていた彼女の目がパァと明るく輝いた。

「うわぁ・・・、やっぱりこれ凄いなぁ」
彼女は喜びながら、その品を様々な角度から眺めたりして、そのキラキラとした無限の輝きを楽しんでいる。

客の間では有名だが、カイトのバーは、ガラス製品に強いこだわりのある店なのである。
お酒用のグラスも彼自身が厳選した、こだわりの品々ばかり。

それだけではなく、店内にはガラス製の装飾品が多く、
それらも全て、カイト自身が選び抜いた逸品たちである。

「本当に綺麗・・・、このカット、凄く繊細だなぁ・・・」
グミはガラスを眺めながら呟く。

実は彼女、美術大学に通いつつ、ガラス産業で有名な隣街のガラス工房で、職人の見習いをやっているのだ。
見習い、とはいっても、抜群のセンスで作りだす彼女のガラス製の装飾品などはすでに人気のある商品となっており、市内のお土産物売り場でも良く売れていると言う。

今までガラスの装飾品や置物などを中心にしていた彼女であったが、最近になって、ガラス食器の製作にも取り掛かったのである。
しかし、自信を持って完成させた作品を、工房に出入りしている、とある食器の女性バイヤーに見せた所、その作品を鼻で笑われてしまったのだ。

しかしその時、そのピンク色の髪の毛をした女性バイヤーは、カイトのバーに行ってみるといい、との妙なアドバイスをくれた。
それこそがグミがこの店へと訪れた理由なのである。

グミはこの店のガラス製品がとても気に入ったようで、
お酒などそっちのけで、一応、レモンチューハイを頼みつつも、店に飾られている様々なガラス製品を眺めるのが恒例となっていたのだ。

「こう、もっとカットをギリギリまで・・・、ああ、そうだ、色ももっとグラデーションを強くすることで・・・」
彼女は楽しそうにガラスの器を見ていたが、少し溜息をつく。

「はぁ、さっきの常連さんにも微妙な顔されちゃったし・・・。ボクの結構自信作なのになぁ」

グミは先程、バイヤーに酷評されたと言うそのガラス食器を、バーの常連の一人に見せていたのだ。
だが、その常連さんは、面白い作品だねぇ、とは言ったものの、使ってくれるか? という質問には微妙な顔をしたのである。

彼女は改めて自分の作品を眺める。
今回はいわゆるタンブラーであるが、そのグラスは普通の形ではなく、まるで縄文土器を彷彿とさせるような、大胆な細工と造形をしている。
さらに見事な赤い色がグラデーションを描きながら、うねるように混ぜ込んであるため、光にかざすと、まるで器の中で炎が燃え盛っているように見える、かなりの力作である。

「マスターは、どう想います? ボクの作品」
「そうだね・・・」
カイトはその作品を持ち上げると、光にかざす。
すると、電燈の光の下で、彼女の作り上げたその赤色は情熱的な炎となって見事に輝きを増す。
「―――とても綺麗な色をしていますね」
「ですよね!」
「この深い赤色・・・。私はガラス職人ではないので、何を混ぜればこんな色になるのか分かりませんけど。とても芸術性の高い、素晴らしい作品だと思います」
「はい! ボク、その色にはすっごく自信があるんですよ!」

自分がお気に入りの部分を褒められ、グミは嬉しそうに笑いながら、レモンチューハイを美味しそうに口にする。
カイトは優しい微笑みを浮かべたままグラスを彼女に返した後、

「・・・所でグミさん。たまには別のカクテルも飲んでみませんか?」
「はい? あー、でも―――」

カイトの店は高級店と言う訳では無いが、決して安い店でもない。
彼女がレモンチューハイだけを注文している理由はそこにもあるのだが、
「これは私からのおごりですので、お気になさらずに」
「えっ? あ、はい・・・? じゃ、じゃぁお願いします」

カイトは透明なカクテル用の脚付きグラスを用意した。これと言った装飾の無い、しかし、極めて透明度の高いバカラのクリスタルガラスである。
今まで飲んでいたレモンチューハイは、トール・グラス。いわゆる『普通のコップ』に入っていたが、今回は全く違うようである。

カイトは美しく流れるような手付きでシェイカーに幾つかの材料を流し込むと、それを優雅にシェイクする。そして、店内の電燈の光を浴びてキラキラと輝く、その美しい透明なグラスに中身を注ぎ込んだ。
「・・・!」
すると、それまで透明だったグラスが、淡い美しいピンク色に染まってゆく。

「こちらは『コスモポリタン』。ウォッカをベースにしたカクテルです。この色はクランベリーの果実の色。自然の赤色なんですよ」
「すご・・・、綺麗―――」
グミはそのカクテルの色に目を奪われていたが、
しばらくして、彼女はそのグラスを手にすると、そっとそのカクテルを口に含んだ。
「あ、美味しい・・・」

彼女はそう呟いた後、強い視線でそのグラスを見つめた。
飾り気の少ない、シンプルな透明のカクテル用クリスタルグラス。
しかし、その中にピンク色のカクテルが注がれた瞬間から、
それはまるでカウンターの上に咲いた1輪の花のようになっていた。

芳しいオレンジ・キュラソーの香りも、まるでこの魅惑の花の薫りそのものだ。
彼女はハッとした様子で、カイトを見つめる。

「あ、あのっ、マスター。レモンチューハイをもう一杯。・・・こっちの、私のグラスに入れてくれませんか?」
「構いませんよ」

カイトは再びシェイカーを振り、見事な手さばきでいつもと変わらぬジン・フィズを作り上げた。
そしてその喉越し爽やかなカクテルをグミが作り上げたタンブラーに注ぎ込む。
「・・・・・・」
カクテルを注がれたそのタンブラーは見事に輝き、
光を反射して赤のグラデーションが冴えわたっている。

だが、

「・・・・・・」
そのグラスをやや険しい表情で見つめていたグミは、改めてそのレモンチューハイを口にする。
すると、
彼女はハッとした表情を浮かべた。
「いつもと味が違う気がする・・・どうして―――?」

グミは呆然としながら自分のグラスと、
そして、最初に注文したレモンチューハイの、これと言った特徴のないトール・グラスを交互に見つめる。

確かに、そのトール・グラスは確かに特別な特徴は無い。
しかし、よく見れば底の部分はさりげなくも見事なカットが入ったクリスタルガラスであり、持ち上げてみると、とても手に馴染む雰囲気を持っていた。
しかも、唇に当てた時に、その唇の触りがとてもやわらかい、不思議な暖かさがあったのだ。

「・・・私が店を始める頃、どういうグラスを使えばいいのか悩んだ事がありました」
「・・・え?」
「その時、ある人にちょっと相談したことがあるんですよ・・・。とあるカフェの店主なんですが・・・ふふ、この人は凄くお酒好きでもあってね。そうしたら―――」

『そんなのカンタン! そのグラスで飲んだら、お酒が美味しそうだって、貴方がそう思うものを使えばいいじゃない』

カイトは苦笑しながら肩をすくめて見せた。
グミはしばらく黙っていたが、何かを納得した様子で深く頷く。
「そっか・・・。未熟ですね、ボクは。デザインばかりにこだわって、このグラスに、何を注ぐのかなんて少しも考えていなかった・・・」

カイトは返事の代わりに微笑みを浮かべる。
「・・・すみません。マスター。ボク、そんな事も分からずにお店に押し掛けて・・・。ホント、迷惑ばっかりかけちゃって」
「迷惑なんて一度も思ったことはありませんよ。グミさんがガラスの事について語っている時の表情は、こちらまで嬉しくなるような、そんな表情でしたから」
「マスター・・・」

彼女は残ったレモンチューハイを一気に飲み干す。
その姿は、少々はしたない雰囲気だったかもしれないが、
しかし、お酒を飲み干した彼女は、うん、と大きくうなずく。

「よし。落ち込むのはお終い! 切り替わりが早いのがボクの良いトコなんだ」
そういって、彼女は照れくさそうにはにかむと、立ち上がる。
「それじゃぁ、また来ますね。マスター。その時には、もっと凄い作品を必ず持ってきます」
「ええ。楽しみにしていますよ」
「はいっ! ・・・あ、そう言えば」
一度、その席を離れようとした彼女は、何かを思い出したようにカイトの方を見つめて、苦笑いをした。

「すみません。このレモンチューハイ。本当は何て言うカクテルでしたっけ?」
「ジン・フィズ、ですよ」
ジン・フィズ。ただのレモンチューハイではなく、カクテルの名手であるカイトの心のこもった一杯。

「ジン・フィズ・・・。はい! 次からはちゃんとそう注文しますね!」
元気よさそうにそう言う彼女を見て、カイトは流石におかしくなったのか、口元に手を当てて笑った。

また来ます!

そう言って去った彼女の後姿を見つめながら、
カイトは自慢のクリスタルガラスを磨き始めた。

「おや?」

気付けば、彼女は自分の作品を置き忘れている。
カイトはそのグラスを綺麗に磨き上げると、
様々なガラスの装飾品などが置いてある、その棚へと飾った。

古今東西の、ガラスの名品に囲まれながらも、
その彼女の作り上げたガラスの色は、
決して負ける事の無い、見事な赤色で輝いていたのだ。


-おわり-

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

メイコちゃんカフェ・別館『カイトくんバー』②

本作は、メイコちゃんカフェ・別館『カイトくんバー』の第二弾です。

今回はGUMIさんが登場。カイトのバーにやってくるGUMIの悩みとは一体なんなのでしょう?

第一弾と世界観は共通していますが、単品でもお楽しみいただける内容となってます。
もしよろしければ前作も是非見て下さいね。

カイトくんバー、第一弾『苦い優しさ』
https://piapro.jp/t/dpsU


また本作は、かんぴょさん作『メイコちゃんカフェ』シリーズと世界観を共有しております。
合わせてお楽しみいただけると幸いです。

メイコちゃんカフェ『雪ウサギ』
https://piapro.jp/t/QhRR

閲覧数:362

投稿日:2018/12/07 16:21:17

文字数:4,885文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • あみっこ

    あみっこ

    ご意見・ご感想

    悠樹さんの小説は登場人物に個性がしっかりとあり、面白いですね。
    グミを見ていて、なんだか自分と重なる部分がありました。
    真っ直ぐで一生懸命な感じのグミ、好きですね。
    自分の作品作りにも影響を与えてくれそうな小説でした。

    2023/06/21 22:41:30

オススメ作品

クリップボードにコピーしました