14.
「そこの席、空いているかな?」
 ――卑猥な発言が一段落した頃。
 一人の男子生徒が、そう私たちに声をかけてきた。
「せ、生徒会長……」
 初音さんが、その人を見てびっくりしたようにそうつぶやく。
 そう、それはこの学校の三年生、生徒会長のカイトさんだった。
 もはやみんながきれいさっぱりと忘れている設定かもしれないので改めて説明するが、私とグミは巡音学園生徒会に所属している。私が会計で、グミが書記だ。
 さらに、私たちは二年生なので、カイトさんは先輩だ。
「あ、どうぞ。空いてますので」
 私はそう言ってるかの隣を掌で指す。別に私の座っている側を拒否したわけではなく、単にカイトさんがるかの側に立っていたというだけの理由だ。そもそも、私の両側にはグミと初音さんが座っていて、るかは私の正面に座っているのだから、空いているのもるかの両側だけだったのだが。
「そうか、ありがと。よかったよ。ちょっと遅くなっただけで食堂は座れなくなっちゃうからさ」
 そう言ってカイトさんは、手にしているトレーをるかの隣の席に置き、自らも座る。
 ちょっと今更ではあるので詳しい描写は省いてしまうが、巡音学園の女子の制服はピンクを基調としたセーラー服だ。スカートもピンクに白のラインが一本入っただけの、シンプルなプリーツスカート。
 それと比較すると、男子の制服は結構地味だ。紺のブレザーとスラックスという上下に、白いカッターシャツと校章の刺しゅうが入った、やはり紺のネクタイ。冬にはセーターをシャツの上に着るが、これもまた紺だ。ピンクと白のコントラストが可愛い女子の制服と比べてしまうと、どうしても紺一色になってしまう男子の制服は地味になってしまう。女子の制服は他の学校とすぐに見分けがつくが、男子の方は見分けるのが難しい。まあ、だからといって男子の制服までピンクにするわけにもいかないのだろうから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
 だが、カイトさんはその制服の地味さを払拭するためか、いつもマフラーをつけていた。カイトさんの青い髪と同色の、目の覚めるようなウルトラマリンブルーのマフラーだ。噂では、授業中でも体育でも外さないらしい。
 実は、以前の巡音学園は今よりも校則が厳しかった。本来であれば私みたいに腰まで伸ばしたロングヘアーは、初音さんのように髪を縛っていなければならないし、グミのメガネのように実用性のないアクセサリーも厳禁。スカートの丈をいじるような、制服の改造はもってのほかだった。通学時以外のマフラー着用が禁止なのは言うまでもない。
 だが、去年の半ばにその校則を今のように緩めさせたのが、カイトさんなのである。「自主性を重んじる」ということを謳った巡音学園の校風を逆手にとり、私のおばあさまをやり込めたというのだから、カイトさんは相当のやり手だ。
 そして、校則の緩和は生徒のほとんどに歓迎され、それを実現させたカイトさんは、生徒会長に立候補し、他の候補に圧倒的大差をつけ当選。今に至るまで辣腕を振るっているというわけだ。なんて格好いい人なんだろう。
「カイトさん……あいかわらずですね。そんなに甘い物ばかり……」
 カイトさんの昼食を見て、私はちょっと呆れ気味につぶやく。カイトさんのトレーには、おまけ程度のそばの他に、大量の甘味が載っていたのだ。大福に饅頭にお団子……見事なまでにジャパニーズ・スイーツばかりだ。カイトさんまで原曲を気にしているのだろうか。
「いやあ、毎日毎日頭脳労働ばかりさせられると、すぐに糖分が足りなくなっちゃうからね。巡音さんにも一つあげようか?」
「あ……申し訳ありません。今日は私、食欲がなくて……」
「そうかい? おいしいのに」
 カイトさんは気分を害した風もなく、そばをさっさと片付けて甘味を食そうとしていた。
 その姿を思わず見つめてしまう。
 学年で一、二位を争うくらいの成績を誇る私でも、全教科で満点をたたき出すなんていう超常現象を平然とやってのけるカイトさんには敵わない。顔の輪郭はもちろん、瞳や鼻梁なんていう個々のパーツも高いレベルで整っており、ちょっとありえないくらいの格好良さだったりする。ウルトラマリンブルーのマフラーは、彼の魅力を抑える役にはたっておらず、むしろ引き立たせていると言ってもいい。ファンクラブのメンバーは他校にまで及ぶどころか、先生の中にまでメンバーがいる。もはや異常だ。もしかして、カイトさんなんて人は実在せず、コンピューターグラフィックスかなにかなんじゃないだろうか。いや、冗談とかではなく、至極真面目に。カイトさんと同じレベルのイケメンを本気で探してみたら、ス○エアエニッ○スの大作RPGの主人公くらいしかいなかったというのは、ファンクラブのメンバーの間では有名な話だ。
 格好良くて成績もダントツに良くて、さらに一部の教師陣でさえ頭が上がらなくなっている敏腕生徒会長であるカイトさんの校内の権力は計り知れない。同学年内と女子寮内ではかなりの影響力を持つ私でも、さすがにカイトさんには敵わない。現状では、校内でカイトさんを越える権力者はたったの二人しかいない。一人はもちろん学園長である私のおばあさまだ。もう一人は、カイトさんに匹敵する美貌の持ち主で、現役高校生アイドルにして巡音学園生徒会を裏で操る影の権力者。カイトさん本人を意のままに操ることのことのできる唯一の人だ。彼女がカイトさんを「使って」行ってきた事業は数知れず、カイトさんが生徒会で辣腕を振るっているのは、実は八割がた彼女の指示だという噂もある。そんな噂ですら聞いたことのある者は一握りしかおらず、私とグミはその噂を聞いたことのある数少ない人間なのだが、その噂を聞いて以来、私たちはこっそりと彼女のことを「女帝」と呼んでいる。アイドルとしてテレビに映っている姿や学園で生活している時の、品行方正で清廉潔白、そして可憐さと快活さとボーイッシュさという相反しそうな要素が絶妙なバランスで共存している姿とは打って変わって、寮内で見る彼女は実にだらしない姿をしているのだが、噂が真実ならば、さらにそれ以上の本性を隠し持っているということなのだろう。さすが「女帝」というべきか。恐るべし。
 ちなみに、カイトさんのファンクラブの創設者も彼女だ。やはりアイドルだからか、普段の様子からはファンクラブに関わっていることすら感じさせない立ち居振る舞いなのだが、こうやってみると、ファンクラブの膨大なネットワーク網をなにかしら利用しているに違いない。
 ついでに言うと、私とグミの二人も一年の頃からファンクラブの会員だったりする。女帝の関与を知ったのはごく最近のことなので、今ではもうどうにもならない。初音さんは「あたしは巡音先輩一筋ですから!」と言っていたから、たぶん違うと思う。
 え?
 それで、その女帝というのはいったい誰なのかって?
 よくもまあそのような恐ろしいことを平然と尋ねることができるものだ。ああ恐ろしい。恐ろしくて、そんなことを私が言えるはずがないではないか。どうか、本当に、察して欲しい。
 ……ふぅ。
 ん?
 そういえば、ウルトラマリンブルーだって?
 なんだか最近聞いた響きのような気がするけれど……まさか、ね。ありえないわ。
 そう思って視線をさまよわせると、カイトさんの隣にいるるかが、こっちを見たまま硬直していた。よく見ると、私を見ているわけじゃなくて、眼球がぷるぷるとケイレンでもするかのように震えている。そういえば、この子は「百合は大歓迎だが男は無理」みたいなことを言っていた気がする。隣にカイトさんが座ったくらいで、なにもそこまで拒否反応をしなくてもいいだろうに。男は男でも、比較対象がいないくらいのイケメンなのだ。カイトさんが隣に座ったせいでそんな状態になっていたら、ファンクラブの会員から殺意を抱かれても文句は言えない。
 ……それとも、隣に男がいるからではなく、食べ過ぎで気持ち悪いのだろうか。よく考えてみれば、そっちの方が可能性は高い。自分でラーメンと替え玉を三つ食べておいて、さらに三人分のご飯をも食べているのだから。
「るか、一体どうしたの? すごい顔よ」
「いや、そそそそその、拙者は……」
 ぶるぶると身体を震わせながら、うろたえるるか。そのまま吐きそうな様子にも見える。
「お、おおおお御館様。この者、成敗せずともよいのでござるか……?」
 むしろなぜそうしないのだろうとでも言いたげに、カイトさんを指さしてるかがつぶやく。この子、本当に男性がダメらしい。
「あのね、るか。隣に座ってきただけのカイトさんを、なんで成敗しなきゃいけないというの?」
「お、御館様?」
 るかが愕然とする。
「……? るか、なにをそんなに驚いているの」
 本当にもう、るかの態度はまったく意味がわからない。まぁ、それはそれでいつものことなのだけれど。
「お……御館様、正気でござるか? この者が隣に座ってきただけなどと――」
「この――」
 正気かどうかだなんて、たとえ間違っても、こんな奴からは絶対に尋ねられたくはない質問の筆頭みたいなものだった。
 単純に最悪である。
 だが、叱ろうとした矢先、鬼気迫るオーラをまとった隣の人物が、両手をおもいっきりテーブルに叩きつけて立ち上がる。そのすさまじい勢いに、私は言葉を続けることができなかった。
「ちょっとアナタ! 巡音先輩になんてことを! 先輩以上にいつだってどこでだって冷静な人はいません。そんな先輩に向かってこともあろうに『しょーきでござるか?』だなんて、そんなことを口にしてしまったことに反省して下さい! 海よりも深く……いいえ、マリアナ海溝よりも、マントルよりも、地球の核くらいまで深く反省してください! 愚かにもほどがあります!」
「だ、だが拙者は――」
「『だがせっしゃは~』じゃありません! アナタは巡音先輩に赦してもらったっていう自分の立場をちゃんと理解して、わきまえるべきところはわきまえないといけないんですよ。それをさっきから巡音先輩の迷惑なんてちっとも考えずにマナーなんて欠片もない食べ方でテーブルを汚して、挙げ句の果てには『しょーきでござるか?』ですって? アナタはそれでも人間ですか!」
「あ……あうあう」
 初音さんの追及は容赦というものが一切なかった。すでにるかが人であることすら否定し始めている。
 責められすぎて硬直しているるかの隣で、なにかおもしろい見せ物でも見るかのようなニコニコした表情で、ヒートアップしまくっている初音さんを眺めているカイトさんもなかなかのつわものだ。
「そもそも、アナタは自分勝手過ぎるんです。巡音先輩のそばに居たいのなら、先輩のことなんて考えもしない自分勝手なことなんてせず、巡音先輩のことを本当に考えた行動をするべきでしょう? それができないというのなら、そもそも先輩のおそばにいることなどできません。先輩にとっては迷惑な存在でしかないからです。わかりますか? アナタがやっていることは、先輩に迷惑をかけていることなんです。迷惑をかけているっていうことは、先輩にとって必要のない存在だっていうことなんですからね!」
「せ……せっしゃ、は……せっしゃは――」
 初音さんのすさまじい勢いに、るかは困惑し、まるで壊れた機械みたいに意味のない動作を小刻みに繰り返した。箸を掴んでは置いて掴んでは置いて、反対の手を握っては開いて握っては開いて、頭を右に振って左に振って。明らかに様子がおかしい。
「る、るか?」
「拙者は、こ、今回だけは……間違ってないでござる!」
「アナタは、この期に及んで――」
 ちょっと涙が入ったるかの声に、さらにたたみかけようとした初音さんを手で制した。
 そんな私の態度に、初音さんが文句を言いそうになった。が、それよりも早く、るかは耐えられなかったのか、その場から姿を消して逃げ出してしまった。
 無論、普通に走って出ていったとかではなく、一瞬のうちに、まるで初めから誰もいなかったかのように忽然と消えてしまったのだが。そんな摩訶不思議な光景が目の前で起きてしまったせいで、文句を言いそうになった初音さんも、初音さんをたしなめようとした私も、言葉を失ってしまう。
 気付けば、食堂はしんと静まりかえっており、食堂内にいる全ての人が私たちのいるテーブルの方を見ているのが感じられた。初音さんがあれだけ騒がしく叫んだら、まあそうもなってしまうだろう。
 予期せぬ注目を集めてしまうのは恥ずかしいのだが、今回は仕方ないと割り切るしかないのだろう。
「まったく、なんなんだか……」
 しばらくしてから、私はようやくそれだけをつぶやき、テーブルに残された食器の山を見る。これの片付けはどうやら私がしなければならないようだ。
「いやぁ、なんだかおもしろい子だね」
 忍者るかの人智を越えた行動にも一切動じることなく、いつものようにニコニコしながらそう言って大福をほおばるカイトさんは、あいかわらず大物だと思う。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Japanese Ninja No.1 第14話 ※2次創作

第十四話


 遅くなって申し訳ありません。
 前回があまりにも卑猥な発言ばかりだったわけですが、それはそれとして、今回はカイトさん登場の回です。
 え?
 カイトさんは前から出ていたって?
 そ、そそそ、そーんなことはありませんよ。この第十四話が初登場ですよ。ちょちょちょっと、わわ私にはなにをおっしゃっているのか、いまいちよくわかりませんね……。

 ……。

 ともかく、「女帝」を除けばこれでほぼ登場人物が出そろったんじゃないかと思っています。Geishaについては、なかば諦めかけていたりします。


「AROUND THUNDER」
http://www.justmystage.com/home/shuraibungo/

閲覧数:72

投稿日:2012/08/28 20:37:40

文字数:5,367文字

カテゴリ:小説

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