第八章 01
焔姫が斬られた。
男には、それを信じる事がどうしても出来なかった。
国王が刺され、気を取られたところに不意打ちで背中を斬られた焔姫は、手にしていた剣を取り落としてしまう。
かしゃん、と乾いた音をたてて焔姫の剣が台の上に落ちる。
その音が、皆の緊張の糸を切った。
民衆は我先にと広場から逃げまどい、近衛兵の多くも何をすべきか判断出来ずに状況に圧倒されている。
国王と焔姫。
この国のかなめである二人が皆の目の前で凶刃を受けたという事実は、その場にいた全員にとって衝撃だった。王宮前広場が大混乱におちいるほどに。
「くくく……はははははっ!」
元貴族が立ち上がり、片方しかない手で顔をおおい笑う。いつの間にか、元貴族を拘束していた縄は断ち切られてしまっている。
「何が『愚か者どもには決して屈さぬ』だ! ふはははははっ! こんなにもやすやすとやられておるではないか!」
笑みを心底堪えきれない様子で元貴族は勝ち誇ると、義足で焔姫のわき腹を蹴る。
「……あぐっ」
「ひひっ、ひゃははは!」
焔姫はバランスを崩し、そのまま台の下へと転がり落ちた。
「姫……っ!」
その姿に、男の身体が自然に反応した。逃げまどう民衆をかき分け、焔姫に近づこうとする。だが、かさばる弦楽器を抱えている身では、民衆に押し戻されるだけだった。
とっさの判断だった。
男は自らの命に等しかったはずのそれを投げ捨て、無我夢中で人の波をかき分けた。
男の背後で弦楽器は人々に蹴られ、踏みつけられ、へこみ、割れ、弦が弾ける。だが、男はそれに目もくれず焔姫のいる前だけを見ていた。
うつ伏せになって地に伏している焔姫は、何とか立ち上がろうと懸命に腕に力を込めるが、なかなか思うようにいかない。
その向こうには台から落ちた焔姫を笑う元貴族がいて、そのさらに向こうには腹部が真っ赤に染まった国王が、立っていられなくなり膝をついていた。
「……」
がむしゃらに焔姫へと近づいていく男へと、国王が助けを求めるように視線を向ける。
視線が合う。だが、必死に近づく焔姫ですら助けられるかどうか分からない男にとっては、国王を助けるなど夢のまた夢だ。
そう思ったが、国王は「助けてくれ」と言おうとしていたのではなかった。
「……」
国王の口が動く。だが、それは声にならない。
しかし、国王が何と言ったのかは、男にはしっかりと伝わった。
『た――の――ん――だ――ぞ』
声にならない声は、だが、確かにそう言っていた。
ようやく焔姫の元までたどり着いた男は、焔姫の身体を抱えながらも国王にうなずいてみせる。
男にはそれがちゃんと伝わるかどうか不安だったが、国王が明らかに安堵の表情を浮かべたのを見て伝わったのだと分かった。
が、そう思ったのもつかの間、国王は台の上に倒れ伏す。
その場に残るのは、立ちつくした宰相だった。その手には、血に濡れた刺突剣がにぎられている。
なぜあの宰相が国王を刺すのか。
それは大きな疑問だったが、男にそれを考えている余裕などない。その疑問は後にして、焔姫をこの王宮前広場から一刻も早く連れ出さなければならなかった。
「――姫、私の肩を」
焔姫の腕を取ると、男は肩に回して立ち上がらせる。
「サリフ……貴様……っ!」
「逃げなければ。姫、傷口が開きます」
自らの傷すら意に介さず国王の元へと向かおうとする焔姫をおさえ、男は広場を離れようとする。
「くっ……」
「焔姫を逃がすな!」
元貴族の声が響く中、男と焔姫は逃げまどう民にまぎれる。
「余は――」
「――今は逃げなければなりません。治療が必要です」
「この程度の傷が何だと言うのじゃ!」
「放置すれば、命に関わります!」
男の言葉に、焔姫は反論をあきらめる。だが、それでもちらちらと背後を振り返るのまではやめようとしなかった。
焔姫が見ていたのは、勝ち誇る元貴族でも裏切った宰相でもなかった。
「父上……」
台の上で、宰相の目の前で身体を紅に染めて倒れ伏す国王。
その姿を一瞥して、男とともに焔姫は広場から路地裏へと逃げ込んだ。
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