UV-WARS
第一部「重音テト」
第一章「耳のあるロボットの歌」
その21「メイコ」
目標の建物は小高い丘の上に建っていた。
平坦な砂漠の中でそこだけ取り残されたような急な坂があった。
モモを背負ったままでも登れないことはなかったが、バランスがとりにくい坂だった。一見固そうな地面も足をのせると脆く崩れて砂に変わった。
這うようにしてたどり着いた丘の頂上には、「家」が建っていた。
すべての窓から明かりが漏れていた。
不思議な明かりだった。
テトは、その明かりに、懐かしさと優しさを覚えた。
小さな門があった。押せば簡単に開いた。
その脇の門柱に表札がかかっていたが、文字は読めないほど磨り減っていた。
そこからさらに歩を進めて、入り口らしき扉の前にたどりついた。
「タイプI」
消え入りそうな声で、モモが報告した。
「え、どこ?」
テトのセンサーでは家の外に動力源を持った存在が感知されなかった。
モモの顔が左を向いていた。
その先に椅子に座った人影があった。
近付いて見ると、プラチナブロンドの長い髪の女性が眠るように目を閉じていた。
「モモ、動いてないぞ」
軽く指で押してみたが、何の反応もなかった。
「モモ?」
返答がないことに慌ててテトは扉の前に戻った。
テトはそのそばにあった呼び鈴のボタンをためらわずに押した。
呼び鈴は鳴らなかったが、中から女性の声で返事があった。
「はーい」
声がしてから入り口が開くまで時間があった。
入り口は一枚の板をレールの上でスライドさせる形式だった。
「ごめんね。ここ、引き戸になってるから、手で開けないとダメなんだ」
がらがらと音を出した板が横に滑って、開いた入り口の向こうに女性が立っていた。
女性はショートカットの髪型に赤い服を着ていた。
「普段、自動ドアに慣れてると、入り口は待ってれば開くと、思っちゃうんでしょ?」
女性の顔、姿形にテトは見覚えがなかった。
UでもVでもない存在が、テトの目の前にいた。
それに興奮したわけではないのだが、テトはどうしても聞かずにいられなかった。
「あなたは、『人間』ですか?」
女性は一瞬目を見開いたが、すぐに寂しそうな笑顔を浮かべて首を横に振った。
「いいえ」
女性は、普通の笑顔を取り戻して答えた。
「わたしは、あなたたちと同じ、ロボットよ」
テトはきょとんとした顔で女性を見つめた。
女性はテトの反応が不思議だったらしく、少し考え込んだ。
沈黙に耐えらずにテトは口を開いた。
「ロボットっていうのは、プログラムされた動作しかしない、単純作業用の機械のことですよね」
テトの言葉に何かを納得した女性は頭を振った。
「わたしたちのように、すべて機械で構成されている命の代替が可能なものをロボットというのよ」
テトは軽く衝撃を受けた。
「いや、ロボットというのは…」
テトは反論する言葉を探して、口籠った。
「立ち話もなんだから、中に入って」
女性は踵を返して、中に進んだ。
テトはあとに続いた。
廊下を暫く歩いていくと、途中にいくつかドアがあったが、どれも閉じられていた。
女性は突き当たりで右に曲がったように見えた。
突き当たりに見えたが、そこは部屋だった。
右を見ると部屋の中央にテーブルが置かれ、それを囲むようにソファーが並べられていた。
女性はソファーの向こうの食器棚からグラスを二つ取りだし、その隣の冷蔵庫から缶ビールを取りだした。
「適当に座って。背中の彼女も下ろしてあげて」
テトは言われるままに一番大きなソファーのまん中にモモを座らせ、自分は隣の小さなソファーに体を預けた。
テトの前のテーブルにグラスが置かれた。
女性は慣れた手つきで缶ビールの蓋を開けると、中の液体をテトの前のグラスに注いだ。
グラスの下半分を琥珀の液体で満たし、上半分を白い泡で満たすと、残りを同じように自分の傍のグラスに満たした。
女性はテトの横、モモの向かいの二人掛けのソファーに座った、嬉しそうに。子どもっぽくはしゃいでいるようにも見えた。
女性はグラスを手に持つと嬉々としてテトに話しかけた。
「乾杯しよう!」
「へ?」
テトは戸惑った。
かまわず女性は喋り続けた。
「お酒を飲むのって、何年ぶりだろう。いや、何十年ぶりかな」
女性は何かの余韻に浸るように目を閉じた。
女性が目を開けるとグラスを前にしてテトが戸惑っているのがわかった。
「ん? ひょっとして、あなた、お酒を飲んだことないの?」
「う…ん」
「じゃ、とりあえず、乾杯だけしよう」
女性はグラスを右手に持った。
まだ、テトは迷っていた。
「ほら、テト、あなたもグラスを持って」
その言葉にテトはようやく反応した。
「どうして、わたしの名を? あなたは、誰?」
「ああ、そういうこと、か。ごめん。ごめん」
少し女性は考え込んで質問してきた。
「ひょっとしなくても、わたしたちは、初対面?」
テトは力強く頷いた。
「そっかー、そういうことかー」
女性は何かを納得して、また少し考え込んだ。
「じゃ」
女性は少し顔を引き締めて、口を開いた。
「改めて、はじめまして。メイコです」
メイコと名乗った女性は一礼して、グラスを持ち直した。
「テトです。製造番号は000401です」
テトもメイコのようにグラスを手に持った。
「乾杯って、知ってる?」
テトは首を振った。
メイコは気落ちした表情を見せたがすぐに持ち直した。
「アルコール、っていうか、液体を口に入れても大丈夫?」
「はい、フィルターがついているので、大丈夫です」
「じゃ、グラスは、持った、ね」
テトはコクリと頷いた。
「乾杯はね、手前からグラスを目線より上につきだすの。その時に相手のグラスと衝突させて音を出すの」
「え? それじゃあ、グラスが割れて折角入れたお酒がムダになってしまいますが…」
それを聞いてメイコはプッと吹き出した。
「本当になにも知らないのね。グラスがぶつかる音が必要なだけで、グラスにはヒビも入らないようにするの」
テトはまだ戸惑っていた。
「できる?」
メイコは覗き込むようにテトを見た。
一瞬、テトはたじろいだが、ゆっくり頷いた。
「それじゃあ、乾杯!」
「カンパイ」
グラスがぶつかる音は、微かなものだったが、衝撃は確かに検知できた。
メイコは、グラスに口をつけると、イッキに中身を飲み干した。
「ぷはぁーっ! 生き返るわあ」
飲み干した後のメイコの第一声はそれだった。
テトはそんな様子を、一種の儀礼的なものと考えていた。
テトが口をつけなかったのを見て、メイコは表情を引き締めた。
「聞きたいこと、あるでしょう?」
「それは、もう、山のように」
「いいわよ。何から話しましょうか…」
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