11 8年前:同日
ロミオとジュリエット。
シンデレラ。
白雪姫。
銀河鉄道の夜。
小さい頃、そんな物語の劇を見に行っていた。
もちろん、両親につれられてのことだ。
生前、休みがなかなか合わないパパとママが珍しく一緒に休める時は、劇を見に行く、っていうのが我が家の一大イベントだったのだ。
少し前に未来がロミオとジュリエットの文庫本を読んでいて、懐かしいな、なんて思ったな。
一人になってからは観劇なんてしなくなったし、本は昔から苦手だったから、あの本を未来から借りることもなかったけれど。
でも、未来には知らないフリをしてしまったけれど、実はその物語をあたしは知っている。
ロミオとジュリエットがたどる、悲劇的な結末を。
「……」
「……」
『……ハタから見たらどう見えるのかしらね。この状況』
“彼女”の言葉を聞き流して、車窓を眺める。
ゴトンゴトン、と時おり揺れる床が、あたしの不安を否応なしに煽った。
あたしと海斗さんの二人は、未来の家を目指して電車に乗っていた。あたしは両目を真っ赤に腫らしていて、困惑したままの海斗さんの腕をつかんでいる。
さしずめ、喧嘩中のカップルといった風にしか見えないだろう。
『そのまま逃げ出しちゃえば?』
「……?」
『ロミオとジュリエット。覚えてるでしょ? 貴女が――あたしがジュリエットになればいいのよ。筋書きを書き換えて、狭いヴェローナから離れて、ロミオと一緒に遠いマンチュアまで……ほら、そうすればあなたの望んだハッピーエンドでしょ』
なに言ってんのよ。だいたい――。
『あぁ、そっか。ロミオが海斗さんなら、ジュリエットは未来ね。この二人は、もともと悲劇になるのが決まってたんだわ』
ゾワッと鳥肌がたつ。
“彼女”は……あたしは、そんな無情極まりないことを考えているのか。
『もしくは……配役を差し替える? ジュリエットはナイフで自殺しちゃうから出番無し。替わりに……そうねぇ。シンデレラあたりでも連れてきたら面白いんじゃない?』
それって、つまり――。
『――そ。未来には主役の座を降りてもらって、あたしが主役になる。シンデレラとして、海斗さんと恋人同士に――』
「……バカ言わないで」
「愛、ちゃん?」
「……」
海斗さんの声に、気づかなかったふりをする。
……こんな人と一緒になるなんて、ゴメンだわ。
『冗談よ。あたしは貴女だもの。それくらい言うまでもなくわかってる。……でも、未来はその“こんな人”と一緒になりたいって思ってる』
あたしと未来は違う人間だもの。そういうものでしょ。
それに、ここにあるなにもかもを投げ出して逃げ出してしまいたいのは、やっぱり未来の方よ。未来はジュリエットと同じだわ。だから――。
『――未来を、ジュリエットからシンデレラにしてあげないといけない?』
そうよ。
『……そうやって、また他人のことばっかり』
そこで、ちょうど電車が止まって扉が開く。未来の家の最寄り駅だ。
「……降りますよ」
「……」
海斗さんはあたしに引っ張られるまま、ホームへ降りる。抵抗するのはあきらめたらしい。
駅の改札を出て歩くこと十五分。未来の家の前までやって来たあたしは、ようやく歩みを止める。
道中、あたしと海斗さんは一言も口を利かなかった。唯一、“彼女”がぶつくさと文句を言っていただけだ。
「愛ちゃん、本当に――」
ピンポーン。
海斗さんの言葉を無視して、あたしはさっさとインターホンを押した。
「もう……帰れないね」
「ちょっ! ああもう!」
他人事みたいに言って、意地の悪い笑みを浮かべるあたしに、海斗さんはこめかみを押さえてうめく。そんな海斗さんの姿を横目に、あたしは影に隠れた。
そこで未来と再会できれば、それで済むと思っていた。
それで万事解決だろうとたかをくくっていたのだ。
海斗さんがうじうじと悩んでいた通りに別れを告げるにしろ、遠距離恋愛でも続けるにしろ、どちらにせよ今のあいまいなままではなくなる。
未来のパパさんとママさんはほとんど家にいないはずだから、顔を出すのは未来しかいないはずだし。
そうなるなら、あたしが隣にいても邪魔なだけじゃないか、って思って。
……それなのに。
「――!」
扉の開く音と共に、女性の声が響く。
あれは……未来じゃない。ママさん?
なんで、こんな時間に家にいるの?
「……」
「――!」
「……」
「――!」
努めて冷静に話そうとする海斗さんの話なんて一切聞こうとせず、未来のママさんは一方的にまくし立てて、思いきり扉を閉めてしまった。
ガチャリと、鍵を閉める音さえ聞こえてくる。
『予想外……ね』
あたしは隠れてたことさえ忘れて、玄関の前で呆然と立ち尽くす海斗さんを見やる。
「……」
海斗さんはうつむいて拳を強く握りしめていた。
しばらくなにかを考えていたのか、やがてゆっくりとこっちへと歩いてくる。
「あの、えっと……海斗さん……?」
その衝撃的な光景に、ついさっきまで海斗さんに対して怒ってたことさえ吹っ飛んでしまっていた。
確かに、海斗さんから聞いた話じゃ、未来のママさんは怒っていたそうだけど……でも、そこまでする?
「……愛ちゃん」
「ご、ごめんなさい」
海斗さんは鋭い視線で、身体をわなわなと震わせていた。怒鳴り散らしたいのを必死にこらえてるって雰囲気だ。
「いいんだ。むしろ、来てよかった」
「……?」
「連れてきてくれなきゃ、こんな状態の未来を放っておくところだった。このままにはしておけない」
「そうは言うけど……」
二の句が告げられず、黙ってしまう。
さっき、喫茶店で海斗さんは言ったのだ。海斗さんが大分に行かなければならないのは今晩だって。それで、あのママさんの態度だ。もう、どうにもならないじゃない。
「うん。俺は三時間後には飛行機に乗ってなきゃいけない。だから、愛ちゃんに頼みたいことがある」
「……なんですか」
「愛ちゃんなら、未来の母さんも中に入れてくれるだろう。だから、愛ちゃんに託すことにする」
「託すって……」
未来のことを?
そんな、また無責任なことを――。
と思いかけたけれど、違った。
「今からケータイを買ってくるから、ついてきて欲しい。回線の契約を入れても、なんとか飛行機には間に合うと思う。それを……未来に渡して欲しいんだ。それなら、愛ちゃんを通して未来と話もできるし、今後、彼らのせいで連絡手段が奪わる可能性も低い」
「……」
急に行動力が上がった海斗さんに、あたしは目が点になる。
見直した、とも言う。
「こんなことになるなら……未来のことも、あきらめるわけにいかない」
「……」
カッコイイこと言うじゃん。
普段は優柔不断なところもあるかもしれないけれど、決めるところではしっかりしてるし、見た目は文句ない。こうしてみると、不満な点は――ついさっき、キレてしまったあたしが言うのもなんだが――ほとんどない。
けど、なんと言うか……自分の感想は「いい人なんだな」だった。
未来に真剣な姿に、キュンとくることもない。未来をうらやましいとさえ思わなかった。
なんでだろ……。
でも確かに、昔からアイドルとかの話でも、周りの皆がキャーキャー言うのが全然理解できなかった。
『……まだ自覚なかったの?』
なにを?
『あたし、男になんか興味ないのよ』
その“彼女”の言葉は衝撃的だった。
けど、それ以上にその言葉がしっくり来てしまったことの方が衝撃的だった。
……そっか。
そうか。あたし……男の人を好きになれないんだ。
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