広い客間。ベッドの上に寝かされた主人。
「少し落ち着いたらどうかな?医師の話では疲労の蓄積が原因だとか。そう心配する事は無いだろう」
後ろに控える包帯まみれの怪しい医師の診断だ。領主も作り笑いをしている。そして主人の倒れ方も異常だった。とてもそんなうさんくさい診断など宛にできない。
「僕はマスターを連れて帰ります。ありがとうございました」
「まぁまちなさい。今彼女を動かす事は得策ではない。体力のない彼女を無闇矢鱈に連れ回せば命に関わるよ?」
慌てて主人を連れ帰ろうとするキカイトを領主が止めた。領主の言い分ももっともで、体力のない主人を無闇に動かせば確かに命に関わる。キカイトにもそれくらいは理解できた。
「それより、もっと有意義な話をしよう」
「有意義な話?…あなたは…」
明るい部屋に立ちこめる黒い気配。キカイトは主人を庇うように身構えた。
「な、何を…」
自分に伸びる領主の手にキカイトは身を震わせた。
領主はそっとキカイトの前髪を掻き上げ、未完成の半身を見つめた。眼球のない落ち窪んだキカイトの目を領主は顔に黒い笑みを貼り付けて見ていた。
「君を解放してやろう」
妖しくキカイトの頬をなぞる領主の指先は剥き出しの機械を一通り愛でて滑るようにその背へと回された。
「君を自由にしてあげよう…」
回された領主の腕に包まれ、抱きつかれる形になったキカイトは動く事ができなくなった。
領主の寂しげな声がキカイトの耳に届く。その意味を知るにはあまりに領主と言う人物を知らなすぎる。
抱きつかれて動けないキカイトには領主の表情を窺い知る事ができなかった。一体どんな顔をしているのか。狂気の顔、寂しげな声、見聞きした全ての情報を合わせても真実の姿は未だ見えない。
同情か、共感か。キカイトはそっと領主を抱きしめた。この感情が何かを知る術は今のキカイトには無かった。
主人が倒れてから、領主はこれと言って何かをしようとはしなかった。
主人が目覚め、いくらか回復してきた所で領主は主人と二人きりで話がしたいと持ちかけた。
領主の持ちかけにキカイトは不安を爆発させて主人に同席を求めたが主人は首を横に振って制した。
「キカイト。領主様は『二人で』と言ったんだよ?」
「承知しております。ですが僕は人ではありません。ただの機械です。どうか僕も同行させて下さい」
キカイトの必死の言葉に主人は悲しい表情で静かにキカイトを見つめた。
「キカイト…」
そっとキカイトを撫でる主人。無言のまま、主人はキカイトを置いて領主の元へ向かった。その背は「ついてくるな」と言っているようでキカイトは寂しさを覚えながらも動く事ができなかった。
本当の事も言えず、気持ちを伝えられない不器用な二人。キカイトは知っていた、領主が何の目的で主人を呼び出したのかを。どうしても伝えたかった事、自信の無さが言葉を詰まらせ発する事ができなかった気持ち。キカイトは後悔の念に駆られた。
主人が戻って来たのは出て行ってからおおよそ2時間ぐらい経った後だった。
主人の顔はいつもと変らぬどこかポーっとした表情だ。
キカイトは終始無言の主人にどう声をかけて良いか悩んだ。いつもと変らないはずなのにどこか主人が遠い存在のように思えたからだ。
心なしかソワソワしているキカイトに主人はそっと肩を寄せて抱きしめた。
「今までありがとう」
「え…?」
主人の寂しそうな声がキカイトの耳に残った。
キカイトはそのまま動く事もできず、止まった思考で時が経つ事だけを感じていた。
「マス…」
「…ごめんなさい」
何かを突き立てられた感覚を最後にキカイトは意識を失った。
人の世のもの悲しさか。人ならば身売りの意味を知って涙するだろうこの場で涙を流す者は居ない。売られた機会は主をなくしてなお泣く事は無い。
「気分はどうかね?」
領主の声に反応してキカイトは立ち上がった。
「どうとおっしゃいますと…?」
困惑のキカイトに領主は笑った。
「その様子では気付いていないようだね」
「気付いていない?…一体何を…!」
言われてキカイトは身辺を探した。無くなっている物があった。いつも近くに居るはずの主人と、その主人を認識するマスターIDだ。
「何故…何故こんな事を…!」
「彼女には彼女が慎ましく生活すれば今後困らない程度の金を出した。それが彼女の答えであり、彼女の君に対する評価だ」
解雇された事を知った。マスターと言う存在が自分の中から消えている。
「これが…これが、解放…?」
ぽっかりと穴の空いたような感覚にキカイトは不安を感じていた。
主人であった人物の顔も声も思い出せる。しかしそれを主人と認識する事はできない。誰を見ても、誰を思い描いても主人と認識できる存在は居なかった。
「不安だろうね。今はまだ抜いただけで新しい物を入れていないから穴の空いたような感覚があるかも知れないが、君の顔を直す時に一緒にダミーIDを入れる予定だ。何、すぐ慣れるさ」
領主はキカイトの肩を叩き、部屋を出た。
後には放心状態のキカイトだけが残った。
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同じことを何回も繰り返した。
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そして、この舞台を終わらせるために、沢山のことを試してみた。
だけど…必ず、時間が巻き...Twilight ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
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