「KAITO、です。 今宵はどのような曲を御所望でしょうか?」
* *
シーマスのパソコンとカイトの間につながれた様々な回線。物珍しそうに周囲をきょろきょろ見回す姿は、見た目の「青年」らしさとは程遠く、幼い。 私の不躾な視線に気づいたカイトはにこりと懐っこい笑顔を浮かべた。当初業者に連絡して謝礼金を貰ってウッハウハの予定だった私はその無邪気な笑顔を素直に受け止めることが出来ずひきつった無残な笑顔を返すのみ。
「…で、シーマス。映像記録は残ってた?」
「幸いにも、な。こいつが壊れる前…十五分くらいか?」
「そんだけあれば十分。ボーカロイドの目の前に陣取って恍惚とするのが奴らの趣味なんだから、十五分あれば確実に映ってるはずでしょ」
本来なら口で聞けばいいのだ、このボーカロイド…カイトに、所有者が誰なのか何故バラバラにされたのか。 だが残念ながら破損の影響でカイトに不具合が生じてしまったらしく、故障する前後の記憶データが消え去っていた。所有者登録データは…まあ、不正に所持されていたボーカロイドだ、当然そんなもの存在しているはずがなかった。 仕方が無いので当初の計画通り、シーマスが自分の腕を生かして、「消えた」とされていても基本的にデータとして残っているはずの映像記録を探している真っ最中である。
私にはわからない言語をシーマスが当たり前のようにキーボードでうちこんでゆくと、不意にディスプレイに映像が映し出された。音声は無く、ややノイズが走っているが、十二分に状況を把握できる動画の中央には、ソファに足を組んで腰掛け、満足げな表情を浮かべている男がいる。
「…あ? こいつ…」
と、眉を顰めたシーマス。すぐにこの男の正体がわかった私は、その疑問に答えてやる余裕などなく、あんぐりと大口を開けて動画を凝視する。 ――― 冗談で言っただけなのになんで本気にしちゃうんだ運命の神様よ。 この男は、間違いなく―――!
「…あ!」
「!」
ガン見していた映像に変化が起きた。男の背後からぬっと黒い手が伸び、男の口を塞いだ。男は咄嗟のことに驚き、一瞬身動きが取れず凍りつく。その一瞬で十分だった。黒い手がもう一本、ぎらぎら輝く銀色のナイフを握り締め―――男の喉を掻っ切るには。 ばっ、と鮮やかに散った赤色を浴びながら、黒い手の主はソファを回りこんで“こちら”にゆっくりと近づき、黒い顔面マスクを被った顔を寄せてくる。
サングラスに反射するカイトは―――歌っていた。 ボーカロイドは何があっても歌を途中で止めたりはしない。 じっとその歌声に耳を傾けていた黒い人物はマスク越しの唇を動かし、何事かを呟いた後で大きく腕を振り上げた。揺れる映像。ぶつん、と、映像はあっさりと途切れ、黒い沈黙を落とした。
「………」
「………」
映像と同じく沈黙した私とシーマス。どちらともなく、この映像を「見た」当事者であるカイトを見やる。 「コレ」の前後の記憶データを失っているカイトは何もわからずに穏やかな笑顔を私たちに向けたが、今は返せそうにない。 …あの映像に映っていた男は間違いなく、ニュースで殺害されたと報じられた例のブランド会社の社長だった。カイトは彼が国に知らせず所持していたボーカロイドで、殺害現場を目撃していて、犯人にバラバラにされて路上に捨てられたもので―――
「…どうすんだよますます警察に届けられなくなったじゃねーか」
「え。でも、映像があるじゃない。これ見た限りじゃ犯人って確実に男でしょ? 私は犯人から除外されるし、確かシーマスもここ最近は仕事で同僚と一緒にカンヅメだったし」
「殺し屋雇って未登録ボーカロイドを強奪。ありふれた話だ」
…まあ確かにアンドロイド全盛期にはそんなような事件はあちこちで聞いたけれども。 最もな言葉に「殺し屋雇う金があるなら謝礼金目当てにしたりしないっつーの…!」と毒づき、頭を掻き毟る。 …警察に証拠資料(顔も何も映っちゃいないが)を提供したいのは山々だが、疑われるのは真っ平だ。ただでさえここ最近の警察は冤罪が多いと言われているのに。
「とりあえずこの映像はオレに結びつかないルートを使って警察に届けることにするわ。 そのボーカロイドはお前が持っていけ。処分するなり何なり好きにしろ」
「………。“オレに結びつかないルート”?」
私は除外か。自分の身だけか、守るのは。 シーマスは白い眼差しを私に向けつつ「誰の所為だこの状況になったのは」と言い捨てた。 ため息をついて振り返っても相変わらずカイトはにこにこと穏やかな笑顔を浮かべていて、何かもう、殴りかかってしまいそう。
To Be Next .
コメント2
関連動画0
オススメ作品
彼女たちは物語を作る。その【エンドロール】が褪せるまで、永遠に。
暗闇に響くカーテンコール。
やむことのない、観客達の喝采。
それらの音を、もっともっと響かせてほしいと願う。それこそ、永遠に。
しかし、それは永久に続くことはなく、開演ブザーが鳴り響く。
幕が上がると同時に、観客達の【目】は彼女たちに...Crazy ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
気が狂ってしまいそうな程に、僕らは君を愛し、君は僕らを愛した。
その全てはIMITATION,偽りだ。
そしてこれは禁断。
僕らは、彼女を愛してはいけなかった。
また、彼女も僕らを愛してはいけなかった。
この心も日々も、全て偽りだ。
そんな偽りはいらない。
だったら、壊してしまえばいい。
『すっとキ...【VanaN'Ice】背徳の記憶~The Lost Memory~ 1【自己解釈】
ゆるりー
勘違いばかりしていたそんなのまぁなんでもいいや
今時の曲は好きじゃない今どきのことはわからない
若者ってひとくくりは好きじゃない
自分はみんなみたいにならないそんな意地だけ張って辿り着いた先は1人ただここにいた。
後ろにはなにもない。前ならえの先に
僕らなにができるんだい
教えてくれよ
誰も助けてく...境地
鈴宮ももこ
*3/27 名古屋ボカストにて頒布する小説合同誌のサンプルです
*前のバージョン(ver.) クリックで続きます
1. 陽葵ちず 幸せだけが在る夜に
2.ゆるりー 君に捧ぐワンシーンを
3.茶猫 秘密のおやつは蜜の味
4.すぅ スイ...【カイメイ中心合同誌】36枚目の楽譜に階名を【サンプル】
ayumin
ミ「ふわぁぁ(あくび)。グミちゃ〜ん、おはよぉ……。あれ?グミちゃん?おーいグミちゃん?どこ行ったん……ん?置き手紙?と家の鍵?」
ミクちゃんへ
用事があるから先にミクちゃんの家に行ってます。朝ごはんもこっちで用意してるから、起きたらこっちにきてね。
GUMIより
ミ「用事?ってなんだろ。起こしてく...記憶の歌姫のページ(16歳×16th当日)
漆黒の王子
A1
幼馴染みの彼女が最近綺麗になってきたから
恋してるのと聞いたら
恥ずかしそうに笑いながら
うんと答えた
その時
胸がズキンと痛んだ
心では聞きたくないと思いながらも
どんな人なのと聞いていた
その人は僕とは真反対のタイプだった...幼なじみ
けんはる
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんばんは、雨鳴です。
不穏な感じはとりあえず今回で一旦フラグ待ちしていただく予定です。
あんまり初っ端から飛ばし過ぎると後々別のジャンルに発展しそうなので…!
尊敬なんてそんな!恐縮です…!まだまだ精進せねばならないのですよ…!
浮き沈みの激しい作品ですが、長い目で見守っててやってくださいませ。
2009/07/26 22:24:22
ヘルケロ
ご意見・ご感想
ヘルフィヨトルです。
楽しく……顔を曇らせながら読ませていただきました。
もう展開が……。
こういうひきつけうまいですね。
さすがです。
それに書き方もうまい。
なんかもう尊敬します。
私の文なんて……。
続き、楽しみにしています。
2009/07/25 10:58:27