* 死神の影
ぬかった。
そろそろ日付も変わろうかという時間帯。俺は深夜の大通りを急いでいた。
深夜といっても時間はまだ12時前。人通りはそこそこあった。疲れを滲ませて帰途を急ぐもの、酒の香をまとわせて陽気に道ゆくもの、煌びやかな衣装を身にまとい客をひくものとさまざまである。
終わり行く今日を惜しむかのように、街は眠る気配をみせない。
しかしそんなことに目を留める余裕すらないほどに、俺は焦っていた。
俺の手には未だケーキもプレゼントの包みもない。
学校終わり。俺はいつもの如くバイト先に顔をだした。労働すること数時間、やっとあがりかとおもった矢先のこと。突然入った、同僚からの一報はこうだ―交通事故に巻き込まれたから、おまえ、そのままたのんだZE☆
ヨイ子のみんな、交通ルールはしっかり守って事故にあわないよう気をつけようZE★
それからさらに数時間、いい汗かいて現在にいたる。
完全にぬかったぁ。
そんなワケで、俺は行き交う人々をかわしながら深夜の街を急いでいた。
行き先は病院。どうせならメールなんかじゃなく、ちゃんとリン本人におめでとうって言いたいし、言われたい。0時ぴったりに。ホントなら面会時間は終了しているけど、今日は特別。許可もとった。
急げば間に合う。しかし俺は今、少し遠回りをしている。ケーキを買いにコンビニによるためである。なにかめぼしいものがあれば、プレゼントも買ってしまおうと考えていた。
別にケーキもプレゼントも明日でよかった。前日に用意しなければならないことはない。でも、俺がそれではいやだった。
リンが楽しみにしていたケーキ。リンへのプレゼント。なんとしても今日もっていってあげたかった。今日でなければならない気がしていた。
(・・・・・・?)
ふと俺は足を止めた。
視界の端に、何か映った気がした。
夜の街にまったく似つかわしくない、揺らめくピンクの・・・・・・さながら蝶。視界の端を掠めて、
あたりを見回した俺は、偶然にも近くにコンビニエンスストアを発見。ラッキー!とそのまま入店した。
店内にはいったらまずはケーキチェック!
そこに並んでいたのは、なんとショートケーキとチーズケーキ。2択。ここはチーズケーキできまりか。あれだけはっきりと『ショートケーキ邪道説』を唱えられたらな。
―いや、ここはあえてショートケーキを買っていって、あとで独り占め、なんていう意地の悪い選択肢もなくはない。むしろ面白い・・・・・・が、却下だ。あとで何をいわれるか。
なんて埒もないことを考えていた俺は、奥の棚にあるものに目を留めた。
最近のコンビニには、たいてい何でもある。
ときに驚くようなものがあったりするのだが・・・・・・
「砂時計?」
そこに置かれていたのは、正真正銘何の疑いようない砂時計だった。
おそるべし、コンビニエンスストア!コンビニエントすぎるだろう。てか、何に使うんだ、砂時計なんて。
その砂時計は明らかに異質な存在感をかもし出していた。立派な品だ。くびれの傾斜はゆるめで中の砂は一点の汚れない白。管部分を固定する外枠はおそらくヒノキ。シンプルかつ精緻な造り。
多少の違和感は感じるが、リンへのプレゼントはこれでいいだろう。
俺は砂時計に手を伸ばした。
「えっ・・・・・・?」
一瞬、吐き気にも似た強烈な既視感を感じた。ぐにゃりと音でも立てそうなほど強烈なめまいにおそわれる。立っていることもままならず、力なく後方に倒れこむ。後ろにも商品棚が・・・・・・数瞬の後、衝撃におそわれる―――ハズだった。
視界が正常な状態にもどると、一番最初に見えたのは月。
美しい満月が夜空に鎮座していた。
少し冷たい夜風が肌を撫でる。
喧しい雑踏が聞えている。しかしそれは遠く、はるか下から響いていた。
俺はゆっくりと身を起こすと、あたりを確認する。
見覚えは、ない。が、よくあるビルの屋上ってやつだ。人気はない。周囲の建物よりも背の高い建物の屋上なのだろう、周囲の建物が見えなかった。隅のほうに非常階段らしきものが見える。どうやら、のぼってくるのも降りていくのも、それを使うしかなさそうだ。
ココはどこで、俺はどうやってココにきた?
少々混乱。俺の頭の中が疑問に満ちている。しかしそれ以上に重要な問題が!
「あ~!もうすぐ12時だぁ」
腕時計を確認すると、あと10分もない!
とにかく降りようと、階段に足を向けた。
トンッ
背後で響いた物音に、俺は足を止めた。
「今宵は月の美しいこと。」
ゆっくりと振り返ると、そこにはとんでもない美人さんがいた。
何よりも特徴的なのはその髪。ストロベリー・ブロンドよりもさらに儚げな桜色。腰まで届く髪が夜風にたなびいている。瞳は夜空のような蒼。なんの感情もうつさず、美しくも無表情な相貌とあいまって一種異様な雰囲気をかもし出している。
ていうか、そんなことはどうでもいい。俺の目を釘付けにしたのは、彼女が手にした巨大な鎌だった。彼女は鎌の柄を杖のようについているが、何せ鎌がでかい!彼女の背丈の優に1.5倍はあるだろう。よく磨き抜かれているであろうその刀身は、月光を浴びてキラキラと幻想的に輝いている。
「月の輝きはすなわち太陽の輝き。」
どう反応していいか解らない俺をよそに、よく通る声でひとり語りはつづく。
「太陽の恵みはすなわち月の微笑。
太陽に疎まれし者は月からもまた、呪われる。」
言葉の意味は解る、が、何のことかさっぱりわからない。
不意に彼女の目が俺を捉えた。
「『鏡音レン』よ。」
透き通った声が俺の名をつむぐ。
幻想的な雰囲気に完全に呑まれていた俺は、その言葉に我にかえった。
今更ながらにカラダが震えだす。夜風の冷たさだけではない。彼女の放つ怜悧な何かが、見えない糸のように俺の全身を縛り上げる。
逃げたい。けれど足が動かない。
叫びたい。けれども声すらでない。
彼女が身にまとっているのは、形こそ見慣れないものだが、黒い服。大鎌を携えたその姿はまるで・・・・・・
「我は死神が一柱・ルカ。我が鎌はあらゆる罪を赦すものなり。定められし時は来たり。我が断罪の刃をもってその原罪を贖おうぞ。」
死神・ルカは、身の丈より大きな鎌を軽々と持ち上げると、くるりと一回転させた。見ほれるほど流麗な所作。しかしそれに感嘆している暇はない!
わけわかんねぇ!わけわかんねぇけど、何か確実にピンチだ!
「動けぇ、俺のアシ!」
震える両足を叱咤し何とか逃走を図るも、身体はうまくいうことを聞いてくれず。足をもつれさせ倒れた俺は、それでもルカから少しでも遠ざかるように這い蹲り前進した。
「無駄だ。」
冷徹な呟き。すぐ背後から。
振り返れば、ルカの人形じみた美貌が眼前にあった。
「っ!ぁ・・・・・・あっ」
恐怖、恐怖、圧倒的な恐怖
言葉にもならない、無様な吐息が唇からもれて。
目の前に迫った『死』、思考は真っ白・・・・・・病室で待っている愛しいキョウダイの顔がうかんで、涙があふれて。
俺の目の前で、音もなく死神の鎌は振り下ろされた。
あの日。14歳の誕生日を迎えたその瞬間。
俺・鏡音レンは、死んだ。
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