むかしむかし、大きなお城にビョルンと言う、絵本と花が好きな王子様の少年が暮らしていました。とてもこころが綺麗で、優しい少年です。
ですが、母親のウイユドシャは花も絵本も大嫌いです。なので、お城の庭には花の一本も咲いておらず、お城には一冊の本もありません。
「城で花を見つけたら、すぐ、刈り取りなさい。本を見つけたら、すぐ燃やしなさい」
ウイユドシャは、ビョルンのいる前でそう言うと、いつも花や本を城の兵士達に捨てさせていました。
ビョルンはいつもそれをみて思っていました。
「なんで、そんな事をするんだろう」
それは、ビョルンが幼い時に、自分の部屋のベッドの下に隠して置いてあった箱から見つけました。箱は木で出来ていて、綺麗な花の模様が彫られていました。
「これはなんだろう」
まだ小さかったビョルンが、ベッドの下に手を伸ばして、その箱を手に取って中を開いてみました。箱のなかには、一冊の古い絵本が入っていたのです。その絵本のなかの少年は、アルテオと言って、花が好きな山羊飼いの少年でした。ビョルンはすぐに絵本の世界を好きになりました。
「花はとても綺麗なんだ。ぼくも花が好きだよ」
美しく、立派な青年に育ったビョルンは、城の外にある広い森のなかに小さな花畑を作って、そこでひとりでこっそりと絵本を読んでいました。
「ぼくが持っている絵本は、この一冊だけ。この城のどこかに、他に本はないのかな」
花畑の真ん中で絵本を閉じると、ビョルンは空の宝石のように綺麗な瞳を城に向けます。
「お母様が全て燃やしてしまったから……」
ビョルンは、綺麗な長いブロンドの前髪の下で、うつむいて悲しそうな目をしています。
夜がやって来ました。
「お母様、おやすみなさい」
寝る前の挨拶をしに、女王様の部屋にやって来たビョルン。そこで、不思議なことが起こりました。
「……わたしを探して。わたしを探して」
ビョルンの耳に、どこからともなく、囁くようなちいさな声が聞こえてきたのです。
それは、歌うようにとても綺麗な声。
「お母様。何か聞こえませんか?」
怪訝そうな顔をする女王。
「何も聞こえませんよ。早く自分の部屋へ行きなさい。さぁ早く」
そう言われて部屋に戻ろうとするビョルンの耳には、やっぱりその声が聞こえてくるのでした。
「……わたしに花を。わたしに花を」
その声を辿って、ビョルンは誰もが寝静まった静かな城の中を歩き続けました。
そうしてたどり着いたのは、一番高い塔の部屋の前です。この部屋には絶対に入らないようにと、小さな時から女王に言いつけられていました。
ビョルンは躊躇ってから、部屋の中に入って行ってしまいました。
声がする方を見つめると、その先には、鍵のかかった鎖で縛られた一冊の本が置いてありました。
その本が、月の光に照らされて、窓辺に置いてあったのです。
「……この本から、声が聞こえる」
ビョルンは、そっとその声がする本の方に近づいて行きました。
その本を手に取って、月の光にかざすと、悲しそうに俯いて、一輪の白い花を手にした少女が表紙に描かれていました。
「なんて綺麗な絵本なんだ」
耳を澄ますと、まだこの本から声が聞こえてくるようです。
「……一輪の花を。持ってここへ」
次の日の夜、ビョルンは美しい声の言う通りに、一輪の花を秘密の花畑から摘んで本のところへ持って来ました。
「……その花を、わたしの胸に」
鎖で縛られた絵本が歌うように囁きかけます。
ビョルンは、月明かりに照らされた絵本の上に、その一輪の白い花を、優しく置きました。
すると、その花がみるみるうちに光に包まれて、花のかたちの鍵になったのです。ビョルンは驚いて、声も出せずにそれを見つめていました。
それから、声はぴたりと止みました。
「この鍵で、この本を開くことができるみたい」
花のかたちの鍵はそれはそれは美しい鍵でした。
それを、本にかけられた鎖の南京錠に差し込んで、ビョルンはゆっくりと鍵を開きました。
「……わぁ、早速、この絵本を読んでみよう」
服の中にそれを隠し持って、自分の部屋の中にビョルンは戻りました。
蝋燭の灯りに照らして、その絵本を夢中になって読みました。そして、ビョルンは、その絵本に出てくる美しい少女、ダブに恋をしたのです。
「こんなに美しい絵本がこの城にまだ残っていたなんて。お母様には絶対に言わない方がいいな」
その本をベッドの下の箱の中に隠して、ビョルンは眠りにつきました。
次の日の朝、ビョルンは秘密の花畑にその本をこっそりと持ち出して、何度もその絵本を読み返しては、花のようなため息を溢しました。
「この本に出てくるダブと言うお姫様は、本当に綺麗で、こころが優しくて……」
すっかり彼女に夢中になっています。
そうして、もう一度本を読み返しながら、ビョルンはある事に気がつきました。
「この本に出てくる魔女は、まるでお母様のようだな」
この絵本の内容はこうです。
あるところに、とても美しく、誰からも愛されるこころの優しいダブと言う名前のお姫様がいました。彼女は本を読むことと、花を愛でることがとても好きで、いつも綺麗な花の咲く庭で読書をしながら、花を可憐な手で撫でているのです。
それをよく思わない、花と本が嫌いな魔女がおりました。
見つけた花は刈り取り、本は燃やしてしまう、冷たいこころの持ち主です。
自分よりも美しく、愛されているダブのことをとても嫌っており、ある日、彼女に魔法をかけて彼女を一冊の本の姿に変えてしまったのです。
その魔女は、ダブを本の姿に変えるだけでは飽き足らず、お城を自分のものにするために、彼女の父親と母親、それから彼女の婚約者になるはずだった少年の父親と母親までもを本の姿に変えて、全てを自分のものにしようとしたのです。
「本の姿に変えた……」
ビョルンは思いました。まさか、この本がその魔女が姿を変えさせた本なのではないかと。
そしてその魔女が、ウイユドシャなのではないかと。ビョルンは本を読み進めます。
「その魔女を倒す方法が書いてあるみたい」
その本を指先でめくっていくと、最後の方のページにこう書いてあります。
魔女を倒すには、花を束ねて花の剣を作り、花を編んで花の盾を作ること。
「魔女が花が嫌いな理由はこれだ!」
早速、ビョルンは、花畑に咲いているありったけの花を摘み取って、花の剣と、花の盾を作りました。ですが、こんなもので本当に魔女を倒すことなど、できるのでしょうか。
夜になり、帰りが遅いビョルンのことを、城の兵士とウイユドシャが探し歩いていました。
「そこで、何をしているのです!」
ウイユドシャが、綺麗に全部摘み取ってしまった秘密の花畑の真ん中で、本を読んでいるビョルンの姿を見つけました。
「その本は……!」
ウイユドシャの表情が、みるみる怒りの表情に満ちてゆきます。ビョルンはさっき作っていた花の剣と、花の盾を手に持って、こう言いました。
「あなたはお母様などではなく、本当は魔女だったのですね。この本に全部書いてありました!」
そして、その花の剣と花の盾を、満月の光にかざしながら、魔法の言葉を唱えました。
「月の願いをこの花に宿し、花よ夢を守れ!」
すると、ビョルンが手にしていた花でできた剣と盾が、満月の光を集めて、花の彫刻が施された、本物の美しい剣と盾になったのです。
「わぁ……すごい」
ビョルンは、その花の彫刻が施された美しい魔法でできた剣と盾を、手の中でまわしてみました。
どこかで見たことがある花のシンボルだと思ったら、いつもビョルンが絵本を隠して入れていた箱に彫ってあったシンボルと同じ花の彫刻です。
「小癪な、わたしの本物の魔法を受けてみよ!」
ウイユドシャが、翻したローブの中から、灰色の心臓と枯れた花が描かれた表紙の本を取り出して、こう呪文を唱えました。
「花に宿した願いを消し去り、燃え尽くせ!」
ウイユドシャがビョルンに向かって手をかざすと、開かれた本の中から、ビョルンを焼き尽くそうと燃え盛る炎が彼に向かって飛んでゆきました。ビョルンは、それを花の盾で庇い、ウイユドシャの邪悪な魔法は消えてゆきました。
「ええい! なぜ魔法が効かない!」
ウイユドシャは次のページを開いて、また邪悪な魔法の言葉を唱えましたが、ビョルンの花の盾が次々とそれを綺麗に浄化してしまうのです。
「つぎはぼくの番だ……!」
ビョルンが、魔女に向かって花の剣を振りかざして飛びかかりました。
「ふふ……。そんな攻撃は効かないぞ」
それはウイユドシャの体をすり抜けて、ビョルンは驚いて後ろに飛び退きました。
「そんな攻撃が効くとでも思ったのかい? これで終わりにしてやる」
そう言うと、ウイユドシャは本に向かっていくつもの邪悪な言葉を放ち、その力が形になり、とてつもなく凶悪な大きな黒い蝶の姿になったのです。それは、彼女の邪悪な心そのものでした。
「さあ……やっておしまい!」
黒い蝶にウイユドシャが命令すると、蝶は、糸を吐いてビョルンの体を縛りつけようとします。ビョルンは、その糸を花の剣で断ち切って逃げようとします。
しかし、ついに捕まってしまい、巨大な蝶が大きな牙を剥いて迫って来ます。
その時です。
「彼女の邪悪な本を花の剣で突き刺して!」
本を見つけた時と同じ美しい声が、どこからともなく聞こえて来ました。
ビョルンはその声を頼りに、最後の力を振り絞って、体にまとわりついた糸を花の剣で切って、魔女の方に走って行きました。
「花の剣よ! 邪悪な心に光の花を咲かせて!」
「ぎゃぁぁ……!」
ウイユドシャが持った、魔法の本に描かれた心臓の絵に、花の剣が突き刺さると、ウイユドシャの体はみるみるうちに一輪の白い皇帝ダリアの花に変わりました。それと同時に、さっきまで本物だった花の剣と花の盾と、花の剣の刺さった魔女の本は、きらきらと光り輝く花びらになって散ってゆきました。
あたりに静寂だけが残されました。
「……ビョルン。ビョルン」
誰かが、自分を呼ぶ声がします。
後ろを振り向くと、塔の上に隠されてあった美しい絵本が、まばゆい光を放っていました。
そして、その絵本にかけられた魔法が解けて、絵本の表紙に描いてあった一輪の花を手にした少女が、ビョルンの目の前に立っていたのです。
「……一輪の花をありがとう。ビョルン。おかげで、魔女にかけられた魔法が解けました」
一輪のちいさな花を手にした少女は、その花を大事に胸に抱いて、ほほ笑んでいました。
「君は……もしかして、絵本の中のお姫様の」
「そうです。わたしの名前は、ダブ」
今、目の前に立っているのは、ビョルンが恋をした絵本の中の少女でした。
「ぼくはこの本を読んで、絵本の中の君に恋をしてしまったんだ。そうしたら、絵本から君が出てきてびっくりしたよ」
そう言うと、ダブは、ビョルンの綺麗な海のように透き通る瞳を見て、話し始めました。
「わたしは、魔女に魔法をかけられて、絵本にされてしまったのです。ずっと、あなたが魔法を解いてくれる日を待っていました」
「この本の話が本当なら、ぼくと君は……」
「わたしの王子様」
それからしばらくして、ビョルンとダブは絵本の物語の通りに婚約をして結婚をしました。
絵本にされていた、ビョルンとダブの父親と母親も魔法が解けて、一輪も花の咲いていなかった城の庭には、花が噴水のように美しく咲いています。
花の剣と花の盾に描かれていた花のシンボルは、ビョルンの父と母の王家の家紋だったのです。
絵本を読むのが好きだったふたりは、城の中にたくさんの絵本を持ち運んで、ゆめのような世界がまた戻って来たのです。
白い鳩が、白い小さな花をくわえて舞い降りてくるかのように。
end.

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

絵本の少女に恋をして

詩を書きながら
浮かんできた物語を
小説にしてみました॰*

絵本の中の少女に恋をした
少年が主人公のお話꒰⑅ˊ͈ ˙̫ ˋ͈⑅꒱

登場人物のお姫様doveは、
白い鳩と言う意味です。
ウイユドシャは猫目石。

ビョルン君は、絶世の美少年
ビョルンさんをモチーフに♡゛

読んで下さり、
ありがとうございます | ૂ˶´ꇵ͒`˶ ꒱

閲覧数:76

投稿日:2023/07/27 08:44:52

文字数:4,816文字

カテゴリ:小説

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