世良は、とても可愛い。
「私と友達になりたい」そういったときのあの世良の顔を、私は絶対に忘れないだろう。
赤面しながら、人の目を見るのが苦手なのにもかかわらず一生懸命に私の方を見て、白い手を固く握りしめながらそういった世良。
その姿がすごく、すごく可愛らしくて。思わず恋をしたかのように胸がキュンと高鳴った。
ああもう思い出すだけで悶えてしまう。
私は世良とであればもう百合になっても構わないかもと本気で思い始めていた。
そこでふと、思い出す。
あの言葉を言い切ったあと、世良が真っ先に見た人物を。
佳絃先輩。
さわやかな青髪が印象的で笑顔が紳士的なイメージが強い。
うちの学校の中で恐らく一位二位くらいに人気があるんじゃないだろうか。
”あいつ”とは、仲が悪いようで何気に良いから話にはよく聞いていたし、校内ではたまに見かけることもあった。
それでも話をしたのは今日が初めてだった気がする。
「裏庭ねぇ…」
今はまだ肌寒いから裏庭にはあまり人はこない。
だから人が苦手だった世良がそこにいるのは全然不思議ではない。むしろ納得できる。
でもなぜ、佳絃先輩が?
たまたまなの…?そんなところでなにしてたんだろ。
カフェにいるとき、世良と佳絃先輩は何度もアイコンタクトをしていたように見えた。
その度に世良の表情は柔らかくなっていったように思う。
世良が伊達メガネとおさげをやめた理由もきっと、佳絃先輩となにかしらあったからなんだろうな。
佳絃先輩は一体世良にどんな魔法をかけたのやら。想像もつかない。
布団に転がって天井を見上げながらそんなことを考えていたとき、手元にあった携帯が震えた。
携帯を手に取り、バイブレーションの振動を手に感じると、いつもとあることを期待する。
あの人から、メールが電話が来たのではないかと。
そんなことあるはずはないのに。絶対にありえないことなのに。
今日だって、話せた事自体奇跡っていったって過言じゃないんだ。
あの人の、道化師染みた笑顔を思い出す。
胸の奥が擦れるように苦しくなる。息が、詰まる。
胎児のように丸くなりながら送られてきたメールを確認する。
to.奈々
件名:なし
ねえ奈々、どうしてあの子にそんなに構うの?
わたしには、貴方があの子のことをどこか特別視してるように見えるわ。
あの子の外観がどうこう言って避けようとしたのは謝罪します。
ごめんなさい。
from.茜
「馬鹿だね茜。”僕”に謝罪したって意味がないじゃないか。」
思わず失笑してしまう。
けれどそれは茜のした行動に対してではなかった。
特別視、ね。確かにしてる。
だって世良自身には覚えのないことかもしれないけれど、紛れもなく世良は私の恩人なのだから。
もしあのとき、あの場所で、あのタイミングで世良の事を見ていなかったら。
世良存在を知らなかったら。
彼女の優しさに触れていなかったら。
私はきっと潰れていた。今の私も、ここにはいない。
目を閉じて、初めて見た世良の姿と、今日見た世良の姿を頭に思い浮かべる。
どんなに光のささない真っ暗な場所でも分かる白銀の髪と、白い肌。
不安げに揺れる青く澄んだ瞳をした世良。
周りを警戒し、伊達メガネをかけ人と目を合わせようとせず、まるで怯えた小動物のように鋭い光を放つ瞳の世良。
廊下でメガネを取り上げてみたときに見せた
まだどこかあどけなさを感じさせる顔で目をまんまるくした世良。
伊達メガネとおさげをやめて横髪の一部だけをおしゃれに編んでどこか恥ずかしそうに頬をうっすらと赤く染めながら控え目だけれど一生懸命に話をする世良。
あいつの事を考えて苦しくなっていた心が、だんだん楽になっていく。
少しだけ浅くなっていた呼吸が戻ってくる。
世良の事を考えると、自然と笑顔になれる。
あの日もそうだった。
だから、泣かずに笑えることができた。
完全な笑みでなくとも笑えることが出来るようになった。
今日もそうだ。
世良がいたから、あいつの前でも笑っていられた。
どんなに暗い気持ちが腹の底からせり上がってきても、世良の存在で心が安らいだ。
この日私は気付けば、メールの返信もせずに眠りについていた。
浅い眠りの中、がくの存在という苦しみと、世良の存在という安らぎの狭間にいる私はこれからどうなるのだろうかなんて、頭の片隅でぼんやりと考えていた。
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