『…………!』
律と煉の耳が同時に動く。
聴覚の敏感な二人にとっては―――――あまりにも耳障りな音。
「……聞こえるね」
「ええ……大勢でここに迫ってる」
その数秒後の事だ。
《―――――ガシャンっ!!》
入口の扉が壊され、入ってきたのは―――――大勢の獣憑きを連れた、役人だった。
「……町の皆まで連れて、そこまでしてあたしらを追い詰めたいわけ?」
「ただ単にここを退いてもらいたいだけなんだがな……町の総意だ。さっさと消えてくれんかね? もしこれで退いてもらえんのなら、力づくということになるが……!」
役人の言葉と共に、後ろの獣憑きたちが何人か前に飛び出してきた。全員町の者だ。
「……はっ」
律が小さく笑うと同時に―――――グローブとシューズをぶち抜いて、熊の手と足首が現れた。
『あたしに勝とうってのかぃ!!?』
地響きを立てて相手の眼前へと一足で踏み込み、黒い毛に覆われた拳を相手の腹に打ち込む。
超重量のリバーブロー! しかもそれは人間体の拳にグローブを付けた時とは桁違いのスペック―――ヒグマの豪腕を素手で振るう、超一級の凶器だ。
相手は言葉を発することもできぬまま、天井にめり込んだ。
「なっ!?」
他の獣憑きたちが驚いているうちに―――――その後ろに降り立った影。
ヤマネコの手足、すらりと伸びた尾。
そして空気の流れを敏感に感じ取る猫耳がぴくんと動く―――――
『あたしのことも忘れないでよっ!!?』
鋭い爪を備えた煉の拳が、敵の後頭部に打ち込まれる。
途端に前に出ていた数人は崩れ落ちた。
『……ラビットパンチを使う日が来るなんてなぁ』
『反則だもんね、試合では』
笑いながら拳を合わせる律と煉。幼いながらも、二人に宿る獣は町の誰よりも強かった。
「……ちっ、行け! ラカン、ルーク!」
―――――そう、
この二頭を除いては。
『……へ?』
前に出た大男二人の存在に気付いた律と煉は、思わず素っ頓狂な声をあげた。
二足歩行の巨大な獅子と、見たこともないようなごつい熊。
『グオオッ!!!!』
『ガルルッ!!!!』
二頭の拳が―――――律と煉を地面にめり込ませた。
『ギッ!!』
『ギャンっ!!?』
小さな悲鳴と共に、二人の変化が解ける。―――――一撃だ。
律はヒグマ、ルークはグリズリー(灰色熊)。煉はヤマネコ、ラカンはライオン。お互い相手はクマ科とネコ科の上位互換―――――勝ち目はなかったのだ。
「流石だな」
『舐めてもらっちゃ困る』
「ははは、そうだったな。……さて、あとはこいつの血判さえ取れれば、この建物は思いのままよ……くくく……はははははっ!!」
高笑いをしながら、律の人差指をすっと切る役人。もう抵抗する力もなくなっていた。
(いやだ……このままじゃ……どうしたらいいの……? 母さん……誰か……誰でもいいから助けて……!)
(助けて………………………レン…………………!)
『グリフォ・ドライブッ!!!!!!』
突如響いた声。直後、突如としてジムの中に黄金の光が現れ、地面に激突した。
「う、うおおおお!!?」
『ぬっ!?』
『何事……!!』
慌てる役人を咄嗟にジムの外まで引きずるルークとラカン。町民たちも何事かと騒ぎながらも後ろに下がっていく。
土煙の中で、金色の影がゆらりと動いた。
ずしゃり、ずしゃり。一歩ずつ、重い足音を立てて『それ』は外へ歩み出てきた。
――――――――――その姿を見た瞬間、誰もが言葉を失い、己が目を疑った。
黄金の翼に、黒いくちばし。鋭い眼光に、猛禽の足。そして―――――白獅子の下半身。
『―――――このジムは潰させない。下がれ、下衆どもが!!!』
―――――現れたのは、グリフォン。鷹の体と、ライオンの下半身を持つ、伝説上の神獣だった。
「な……!!?」
「な、なんだあいつ!?」
町民はおろか、ラカンとルークでさえも驚きを隠せずにいた。
『おい! どういうことだ! 聞いてないぞあんなバケモンがいるだなんて!』
「わ、儂も知らんわ!! あんな奴一体どこから……はっ!? ま……まさか……あの小僧……!?」
『そのまさか』―――――律と煉は既にそうだと気付いていた。
「……ね、ねぇ、今の声……」
「……レン……なの?」
声で答えはしない。その代りグリフォンの眼が静かに二人を見つめた。
―――――次の瞬間。グリフォンの姿が消えた。
直後、重い音が響く。ラカンに向かって―――――超重量の頭突きをかましていた。
『ぐっ!? ……ぬぅ!!』
吹っ飛ばされずに踏みとどまり、そのまま頭を掴んで投げ飛ばす。
だがすぐに体勢を立て直したグリフォンが、今度は目にも止まらぬスピードで鷹の前脚をラカンに打ち込んだ。
『グオ!!』
『ラカン!!』
すぐにルークが後方から遠心力を付けた拳を叩き込む。律のように正確な攻撃ではないが、純粋な破壊力は律の数十倍だ。
ルークの脳裏には、ぶっ飛んでいくグリフォンの姿が映っていたことだろう。
――――――――――だが。
『……何ぃ!?』
グリフォンの体は微動だにしなかった。いや、それどころか、打ち込んだルークの拳から血が垂れていた。返ってきた反動に―――即ちグリフォンの体の硬さに打ち負けたのだ。
『……喰らいな』
小さくグリフォンが叫ぶ。それと同時に、ライオンの足が力強くルークを蹴り飛ばした。
『グハッ!!』
『グギャッ!!』
ルークと同時にラカンも呻き声を上げた。後ろ脚を振り上げた分、重量がすべて前脚に抑えつけられたラカンへと向かったのだ。
完全に二人がグロッキーになったのを確認したのか、ふわりと飛んでジムの前に着地するグリフォン。
―――――と、その時である。グリフォンの姿が突如として変わり始めた。
巨大な翼も、鋭い嘴も消えていく。だがその代わり、青白く輝く体毛が全身を覆っていく。
現れたのは―――――巨大な青い狼。荘厳な顔つきの、一軒家ぐらいの大きさはある狼だった。
その圧倒的な存在感。姿、そして複数の獣を操る事ももちろんそうだが、その凄まじいまでの圧迫感が、『彼』が只者ではないことを語っているかのようだった。
「な……何あれ……青い狼……!? レンの奴、いったい何の獣憑きだっての……!?」
煉が唖然としている。だが律は―――――その姿に心当たりがあったらしい。
「青い……狼……青狼……それにグリフォン……まさか……あいつ!?」
声をあげようとした瞬間―――――――――――――
《ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッ!!!!!》
狼が――――――――――咆えた。いや、それは咆えたなんて生ぬるいものではなかった。
まるで大砲をぶっ放した様な、大気を、そして大地を揺るがす凄まじい咆哮―――――。
―――――普通の人間はそこまでだ。だが―――――獣憑きにとってはその咆哮は全く別の意味を持っていた。
彼らの耳に飛び込んできた咆哮は―――――彼らの『遺伝子』に、たった一つの、『絶対的』な言葉を叩き付けた――――――――――
――――――――――――――――――――≪失せろ≫――――――――――――――――――――
『ひ……ひいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃぃいぃぃいいぃ!!!!!!』
途端に獣憑きの町民たちが変化を解いて逃げ出した。
「お……おい!? 貴様ら!! いったいどうした!!?」
役人が驚き慌てる中、ラカンとルークも変化を解いて逃げ出そうとしていた。
「ラカン!! ルーク!! 貴様らまで何をしているっ!!? 契約を忘れたか―――――」
役人がその手を掴もうとするが―――――
「……っ、離してくれっ!!」
役人の手を弾いたラカンの額には冷汗が浮かんでいた。
笑みを浮かべていたが、それは余裕を持った笑みではない。驚き呆れ、そして諦観を湛えた苦笑いだった。
「あの狼は駄目だ……あの『青狼』は、獣憑きが遺伝子レベルで逆らうことを禁じられた別次元の獣なんだ。奴が一つ吠えれば、我々の意志など完全に封じられ、奴の思うが儘支配されてしまう……」
そして一瞬だけ狼の姿を見てから、走り出しながら言葉を吐き捨てる――――――――――
「伝説に聞く『青狼』……そして『グリフォン』……まさか生きている間に見ることができるとは思わなんだ……あの怪物級の獣憑き―――――――――――――――」
『―――――――――――――――『空獣憑き』を……!!』
「く……『空獣憑き』!?」
煉の困惑した声に、律が小さくうなずいた。
「そう……! 母さんに聞いたことがあるの……! 『青狼(せいろう)』『仙狸(せんり)』『鷹獅子(グリフォン)』『天馬(ペガサス)』『不死鳥(フェニックス)』『白鯨(はくげい)』の六体の幻獣を操る、『聖獣』の獣憑きのことよ……特に青狼は一声咆えるだけで千の獣を従え、万の獣憑きを支配すると言われる獣の帝王……その他の獣も世界を牛耳るには十分すぎるほどの力を持った規格外ばかりが集まった伝説の獣憑き……それが『空獣憑き』! 世界を『魔』から救うために現れると言われてるんだけど……まさかレンがそれだったなんて……!!」
その間にも青狼―――――いや、レンは腰を抜かした役人に一歩ずつ歩み寄っていく。
レンとしては静かに歩み寄っているつもりだったのだろう。だが役人に対する怒りと、制御しきれない強大な青狼の力に振り回されてのことか、一歩歩くだけで地面に亀裂が走るほど力強く迫っていた。
「ひ……や……やめろ!! それ以上近づくなぁっ!!」
情けない声をあげて後ずさりする役人。だがレンの脚は止まらない。
一歩踏み出せば役人を踏みつぶせる位置まで近づいて―――――
『――――――――――っ!!!!』
一瞬にして―――――役人の姿が瓦礫の中に消えた。
『………………………!!』
―――――強い。煉と律にとって訳の分からない状況だったが、唯それだけは認識できた。
しばらくして―――――突如青狼の姿が消えた。
代わりに現れたのは――――――――――疲弊しきったレンの姿。
変化時に吹き飛んだのか服を着ていないが、ほとんどいつも通りの姿のレン。
だがその体には―――――青い狼の耳と、巨大な青い尻尾が現れていたのだった。
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青蝶
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読みましたよ!!!!
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レン君かっこいいです。青い人と比べられないぐらいかっこよくてちょっと残念な気持ちすら覚えた私がいます。
2014/02/14 22:31:11
Turndog~ターンドッグ~
まぁ案外覚えてるもんですよ、こういうのってw
だって年上ってのは悪役が似合うし特にカイトはヘタレもクソ野郎もやれる万能俳優だし←
2014/02/16 15:32:32
雪りんご*イン率低下
ご意見・ご感想
おおお! ターンドッグさんのとこのレンが少しだけイケレンに!←
あとなんかエ○ンみたいだと思ったのは私だけでしょうか……?
きっと次回は大きな岩で壁を塞ぐんでしょうね!(違う
2014/02/11 17:37:57
Turndog~ターンドッグ~
少しだけね!((
あ、確かに……
ヒロインたち()の危機にズドーンとあらわれるバケモンww
そうですね、大きな岩で(ジムの扉を)塞ぐと思います←
2014/02/11 19:51:33