22.襲撃の始まり

 陽の光と熱を感じ、リントは目を覚ました。固い小船の上で眠る生活も、これで三日目である。食料は、この小船の持ち主が、船底に保存してあったのを使った。

「いつまで、隠れていれば良いのだろう」
 潮に焼けて乾いた髪が、ばりばりと音を立てるほどに荒れていた。
 レンカは、リントを逃がす直前に言った。

「他の島にも話が回っているなら、この島で隠れるしかない」

 幸い、食料は海に近い畑から集めることが出来る。水も、農業用の井戸がある。しかし、情報が無い。
「ルカは、ヒゲさんは、レンカは……どうなった」
 それが解らなければ、博物館に帰ることも出来ない。
 リントは思いつく。ルカは、大勢の目の前でリントを撃った。その演技が成功しているなら、リントは再び死んだことになっているはずだ。
 人の目の前でリントを殺すふりをすることによって、リントが死んだものと周知させ、リントへの追っ手を封じたルカ。
 自分を殺したことになったルカは、どうなったのだろう。
 さらに、リントが見つかったことで、レンカとヴァシリスは窮地に立たされたはずだ。


「オレは……どうしたらいい」

 と、空に、飛行機のエンジン音が響いた。ばらばらばら、という音が、大陸のほうから近づいてくる。
 職業柄、リントは入り江の浜辺に降りて、空を見上げた。
 暗い緑色に塗られた飛行機が一機、こちらへやってくるかと思いきや、島の上空を飛びぬけることなく、島から離れた海の向こうを旋回し、やがて遠くなっていく。

 リントは額に手をかざし、その飛行機を見送った。

「……聴いたことのない音だったな」

 それは、飛行機のエンジン音である。大陸の国の飛行機は、燃料を節約しながら遠くまで飛ぶために、機体自体が軽く出来ている。機体の構造、積んであるエンジンの種類が違えば、わずかながらに音が変わる。

 リントは、膝まで水に浸かりながら、じっと空の向こうを見ていた。
 そのまま、彫像になったかのように、空のかなたを見つめていた。
 太陽がこぶし一つ分ほど動いたときのことである。
 再び、あの聞き慣れないエンジン音が聞こえてきた。

「た、」

 リントが空に目を凝らす。今度は、一機ではなかった。編隊を組んで、八機の飛行機が此方へやってくるのが見えた。しかも前回とは違い、どんどん島へと近づいてくる。

「た……」

 リントの首筋に、冷や汗が一筋滑り落ちた。

「大変だ!」

 飛行士としてのリントの視力は、いまや飛行機の形をはっきりと捉えていた。
 あれは、郵便飛行機ではない。訓練飛行で見かけた、大陸の国の軍用機でもない。
 だとしたら、可能性は絞られる。

「『奥の国』の部隊が来た……!」

 リントの身体がすぐさま動いた。足は迷いなく畑に向かい、まっすぐに島の中心部へ向かっていった。

「今、オレが出来ることは……」

 リントは、三日前にルカとともに駆け抜けた道を戻っていく。

「今、オレが守れるものは……」

 ふと、島の中心に向かっていたリントの足が止まる。
 リントの目が振り返り、水平線を向いた。
 視線の方向のかなたには、逃亡したとき舟を借りた、ドレスズ島がある。

「……今、オレが守んなきゃいけないのは、空、だ」

 リントは踵を返した。

 白い砂を蹴って駆け出す。今しがた走ってきた畑の道を、まっすぐに入り江へ向かって引き返した。

 ヴァシリスもレンカも、そしてルカも、リントにとって大事な人達である。
 しかし、その大事な人が、リントの意思と命を守ってくれた。ならば、かれらを思うならば、やるべきことは決まっていた。

 彼らが身体を張って守った、自分の意思を通すことだ。

「隣島は……民間の郵便飛行場がある」

 船尾に取り付けられていたエンジンの紐を引くと、どん、という音と共に動力機の回転が始まった。
 島の生活に舟は欠かせない。リントも、他人の運転する船を使ってではあるが、何度も隣島へ渡ったことがある。水の上の道は、よく知っている。

「……いくぞ!」

 彼の頬に、歯を食いしばった形で笑みが引かれた。
 なれた小船のエンジン音が腹に響き、リントの背を、空を揺るがす奇妙なエンジン音がせかす。だんだん、大きくなってくる。

 リントの小舟が唸りを上げ、水面に弧を描いて入り江を出た。リントの視界に、真夏の空と揺れる海が広がった。


         *         *  

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 22.襲撃の始まり

守りたいもの。守るべきもの。そして、守ることの出来るもの。

……今週はなしと予告しながら、結局キリがよかったので上げました。

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:205

投稿日:2011/07/16 00:06:24

文字数:1,863文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    こんばんは、wanitaさん。いやあついにここから物語の畳み掛けの開始ですね!
    迫る大きな危機にいかに立ち向かうか、読んでいて次の展開を見たくなる気持ちがかなり強められます。
    >「……いくぞ!」
    というリントの決断にきたああああああと盛り上げられました(笑 先が見えないでいた人物が葛藤の末、迫る大きな危機に対して決断するのはやはり、読んでいて盛り上がりますね。物語終盤へと繋ぐ話として、読み手の共感も高め、なおかつ気分を高めるのは素晴らしいことだと思います。
    執筆GJです! 個人あてコメントのほうもありがとうございます! 執筆みたいな基本的には一人で部屋にこもって作るようなタイプの趣味にとって、こういう場で刺激を与えたり与えられたりするのは良いことですよね。wanitaさんの作品からいつも刺激もらってます。ありがとうございますっ!!

    2011/07/16 02:39:54

    • wanita

      wanita

      >日枝学さま
      いつもありがとうございます!お返事が遅くなりまして申し訳ありません。
      ここは、私の中で、物語の分かれ道でしたので、リントの行動を慎重に選ばせていただきました。
      このまま、島の中央まで走りぬけ、レンカとヴァシリス、そしてルカに会わせる予定でした。
      ですが、どうしても、納得がいかなかったのです。レンカたちをあれだけ苦労させておいて結局戻るのかと。

      そこで、思い切って、立ち止まらせ、海へ方向転換させてみました!
      この時点で、予定していたラストへの流れは大きく変わりました。
      でも、きっと、島を抜ける海風のように、広々とした開放感のある終わりを目指せると思います。
      地図の無い道を選びましたが、どうぞ見守っていただければ幸いです。
      ……「いくぞ!」!!

      2011/07/23 13:33:22

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