私はこの世界で「忘愛の君」と呼ばれている。
友達のことは覚えていられる。
親友のことも、家族のことも。
ただ、愛した人を愛した記憶は、愛してしまった時点で砕ける。
忘れてしまうんだ。
その人への愛情を。
それ以外だけが私の中に残る。
だから、愛してはいけないし、求められたら避けてしまう。
愛されたいと願いながら、愛したいと感じながら、気づけば、空っぽの頭と、涙に目覚める。
そして、ふと気づくんだ。
涙でグシャグシャになった自分と、大事そうに胸に抱いているノートに。
『また、こりもせずに愛したのね』
『あなたが好きになった人は、皆不幸になるのよ!』
『愛したあなたには、罪悪感さえ残らないの?』
『それも愛だなんて言わないでよ!!』
『愛して、愛した記憶失くすくらいなら! 誰も愛さなきゃいいの!』
(思い出せない)
(私は誰を、どれだけ愛したの……?)
(そもそも、この文章は、私が書いたの?)
どれもが涙で歪み、自分の筆跡だと信じられなかった。
でも……。
読み進めると、悲鳴をあげるんだ。
記憶にはないのに、胸にこみあげる感情がある。
(私は……)
(誰も愛してはいけないの?)
わけもわからない哀しみに体が勝手に震える。
ふと床に転がった私の泣き顔のようにクシャリとなった紙に目をやる。
(開いてはいけない!)
そう警鐘がなるのに、恐る恐る、それを開く。
そこには、こう書かれていた。
見知った青年の筆跡で。
『僕は後悔してない』
『君を特別にしたことも、今も大事に思ってることも』
『君の僕への愛情は消えたかもしれない』
『だから、なんだ?』
『僕の愛情は消えないんだよ』
(どうして、嬉しいんだろう)
(どうして、胸が温かいんだろう)
(こわいだなんて、どうして思ったんだ)
私には普通の愛し方はできない。
(でも、愛してくれる人がいる)
人をこわがらずに恋がしたい。
誰かを愛せる人でいたい。
*
私は探した。
今は夏休みだから、学校に行っても逢えないから。
電話で呼び出すのは駄目だと思ったし、そんなヒント要らないと思った。
体が覚えてる。
この道も、あの道も、一途に、真っ直ぐ駆けていく。
私の中にはブラックジョークばかり言う君との記憶しか残ってはいない。
それでも信じてみたかった!
手を伸ばしてみたかったんだ!
*
カランカランカラン。
見知らぬ喫茶店の扉を開けた。
そこには冷えたコーヒーを見下ろす、苦しそうな君がいた。
「ねぇ!!」
驚いた顔で私を見上げ、サッとへらへら顔になる。
慌てて眼鏡をかけた君。
「何か、用……?」
ゴクリとふたりして生唾を飲んで、それが可笑しくて私は笑ったの。
「私をね」
「……」
「私を好きになってくれない?」
すると、目を見開き、えっ、と立ち上がる。
君は駆け寄ってきて、「記憶……!?」と両肩を揺さぶってきた。
「覚えてないよ」
「……え」
「だから、ずっと感じられるように、傍にいて欲しいの」
*
私は、確かに忘れてしまう。
でも、人間、刹那を繰り返して生きてるじゃない。
だから、こんな欠けた私も、そんな私を、愛して欲しい。
私も恐れず、愛すから。
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