注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 メイコのボス、マイコ先生の視点で、『ロミオとシンデレラ』第五十九話【日常を照らす光】及び『アナザー:ロミオとシンデレラ』第五十三話【落ち込んだ時はささえてあげよう】の直後の話になります。
 よってこの作品を読む時は、本編及びアナザーをそこまで、そして外伝その十五【カイトの悩み】を読んでから、読むことを推奨します。



【ぼやき上戸は厄介】

 日曜の夜、あたしは居間でお気に入りの映画『裏窓』のDVDを見ていた。これは、あたしにとってはほぼパーフェクトな映画だ。ヒロインを演じているグレース・ケリーは綺麗だし、衣装も素敵だし、話も面白い。
 そうやって映画を楽しんでいた時、インターホンが鳴った。うん、もう、誰? こんな遅い時間に。無粋ったらありゃしないわ。
 あたしはリモコンの一時停止ボタンを押してから、インターホンの機械へと向かった。インターホンの画面って見にくいのよね。玄関には誰かが立っているけど、俯いているので顔は見えない。
「誰?」
 声を張り上げる。やっぱり返事が無い。何よ変な人じゃないでしょうね。もしそういうのだったら……。
 あたしは、玄関の隅に置いてある木刀を見た。これで後悔してもらいましょうか。
「誰よ? 悪戯だったら怒るわよ」
「あの……僕だけど」
 聞こえてきた声は、中の弟、カイトのものだった。ちょっと、あんたならさっさとあんただって言いなさいよ。あたし、無意味に警戒する羽目になっちゃったじゃないの。
「カイト?」
 あたしは玄関のドアを開けた。やっぱりカイトだ。なんだか妙にしょぼくれた様子で立っている。
「……どうしたのよ?」
「あ……うん」
 カイトはなんだか暗い目つきでこっちを見たけど、また下を向いてしまった。……はあ、やれやれ。
「とにかく入んなさい」


 カイトはしょぼくれた様子のままで家に上がりこんで――めーちゃんがいない時は、まず上がりこまないんだけど――打ちひしがれた様子でソファに座った。どう見てもひどく落ち込んでいる。試験は大分前に終わって合格してるから、勉強関係じゃあないだろうけど、一体何があったのやら。
「カイト、何か飲む?」
「……うん」
 お茶にしようか、お酒にしようか。……この場合、お酒の方がいいかもしれないわね。ちょっと勿体無いかなと思いつつ、とっときのブランデーを出してやることにする。おつまみは……クラッカーとチーズでいいか。
 目の前にブランデーを注いだグラスを置いてやると、カイトはそれをがぶ飲みした。……それ、高いお酒なんだから、もうちょっと味わって飲みなさいよ。
「で、どうしたの?」
「うん、それが……」
 言いかけて、黙ってしまった。あたしはため息混じりに、もう一杯注いでやる。これでちょっとは話しやすくなるといいんだけど。
 カイトは、二杯目はさすがにがぶ飲みしなかった。一口飲むと、グラスをじぃーっと見ている。それはあんたの親の仇じゃないんだから、そんな目で見るのやめてよ。と考えながら、あたしも少し飲む。やっぱり、いいお酒は美味しい。
「……で?」
「あ……うん、あの……マイト兄さん、めーちゃんの弟のレン君って憶えてる?」
 めーちゃんの弟……ああ、あの子ね。めーちゃんから話はよく聞いてるけど、会ったのは、前にカイトがめーちゃんの家の周りをうろうろして、レン君に不審者と間違えられて取り押さえられた時ぐらいだ。あの後で、レン君の高校の演劇部の衣装を作ることになったんだけど、あたしが作ったのは女性役の子たちのだけだから、レン君はアトリエには来なかったし。
 だから、そんなに親しくはない。
 あたしは、相変わらずへなーっとしているカイトを横目で見た。……もしかして、まためーちゃんの家の周りでもうろついて、レン君に取り押さえられたのかしら。そして二度と近づくなとでも言われたのかも。
 カイトは、うちで働いているめーちゃんのことが好きだ。カイトから直接聞かされてはいないけど、見ていればわかる。めーちゃんがここに勤めだして以来、カイトは前よりうちに来るようになったし。それに、それまでは薦めてもなかなかこの家に上がらなかったのに、自分から上がりこむようにもなった。それは別にいい。めーちゃんはいい子だし、カイトは少々頼りないとはいえ、あたしにとっては大事な弟だ。めーちゃんが将来、義妹になってくれるというのなら、あたしとしてはむしろ大歓迎。めーちゃんのことは信頼してるし……それにめーちゃんなら、カイト任せても大丈夫そうだし。
「レン君が、どうかしたの?」
「今日、出先でばったり会ったんだ。僕としてはレン君とは仲良くしておきたかったから、フレンドリーに話しかけたんだけど、レン君には警戒心むき出しで逃げ出されちゃったんだよ」
 逃げられた、ねえ……どうにも状況がよくわからない。レン君にとってカイトは「姉のボスの弟」だから、普通だったらそれなりの礼儀は払うはずだ。あのめーちゃんの弟が、礼儀知らずというのは考えにくい。初めて会った時はカイトを締め上げたけれど、あれは状況が状況だったしね。暗くなってから帰宅して、家の周りを見知らぬ男がうろうろしていたら、誰だって不審に思うだろう。
「……その時、レン君は一人だったの?」
 気になったので訊いてみる。
「ううん。同い年ぐらいの可愛い女の子が一緒だった。彼女だって」
 ああなるほど、逃げた理由はそれか。
「つまりあんたは、レン君のデートを邪魔したのね」
 レン君じゃなくても、その状況なら誰にも邪魔されたくないと思うわよね。だからといって逃げなくてもいいような気もするけど、そういう暴走をするのが若さというものだ。
「レン君もそう言ってたけど、そんなに嫌なもの……?」
 カイトはわかってないみたいだった。またため息が出る。……あ~もう、だからあんたはバカイトなのよ。勉強はできるけど、肝心なところがわかってない。
「例えば、あんたがめーちゃんとどこかに出かけたとしましょう」
「え……めーちゃん……」
 その状況を想像したのか、ぽへーっとした表情になるカイト。……駄目だこりゃ、と言いたくなるのをこらえて、あたしは話を続けた。
「いい雰囲気で盛り上がっているところへ、アカイがやってきました。どうする?」
 ちなみにアカイはあたしの従弟で、カイトと同い年。昔からカイトとか仲がいい。性格はカイトとは正反対だったりするけど。
「……え? アカイが? 駄目だよそんなの! 僕とめーちゃんの邪魔をするなんて!」
 目を吊り上げて叫ぶカイト。ほーら、あんただってそうじゃないの。しかもあんたとめーちゃん、まだつきあってるわけでもなんでもないのに。
「わかった?」
 あたしが半眼でカイトを睨んでいると、カイトはぶんぶんと首を横に振った。
「状況が全然違うよ!」
「どこが違うのよ、一緒じゃない。そりゃあんたたちはもう成人してるけど、それ以外は概ね一緒だわ」
「違う違う違うっ! だって僕はレン君の彼女に興味は無いけど――僕はめーちゃん一筋だし――、アカイはめーちゃんのことが好きなんだから!」
 アルコール入ってるせいか、「僕はめーちゃん一筋」なんて、普段だったら絶対に口にしないような台詞をカイトは喋っている。これはこれで面白いからいいけど。え、ちょっと待って。この子今、何て言った?
「何ですって?」
「だから、アカイもめーちゃんのことが好きなんだよ!」
 そう言えば、この前も我が家にやってきて、なんだか必死になってあがりこもうとしていたわね……忙しかったから追い返しちゃったんだけど。あれはめーちゃん目当てだったってこと? アカイは四月から社会人だから、そうなるとあんまり暇もなくなる。その前に連絡先をゲットしようとしてたのかしら。
 うーんでも、アカイがめーちゃんをねえ……なんか、イメージとあわないわ……。そりゃ、アカイはグラマーな子が好みだけど……。
「いやでも、やってきたのが帯人でも、あんたやっぱり逃げるでしょ?」
 仕方がないので、上の弟の帯人に変えてみる。幾らなんでも帯人までめーちゃんを好きってことはないはずだ。
「そ、それは……逃げるけど……」
「でしょ……」
「でも帯人兄さん、何を言い出すかわからないし! いきなり人前で血がどうの罪がどうのなんて喚かれたら、僕の立場が無いじゃないか!」
 あ、そう思ってたんだ。あたしはもう帯人の言動には慣れちゃったんで、何言い出しても「こいつアーティストだし」で片付けることにしてるけど。カイトはアートとは無縁だから、そういう風に思えないのかな。
「じゃあガイトでどう?」
 今度は下の弟にする。まあ、ガイトがどうこうってのは、ないわね。何しろあの子、めーちゃんよりも五歳年下だし。
「ガイト……」
「でもってめーちゃんが『あら可愛い、カイト君も弟がいたのね』なんて言い出して、ガイトの頭を撫でたりしたらどうする?」
 実際にはこんなことされたら、ガイトはむっとするだろうけど。あの年頃は、子供扱いされることが嫌いだ。ま、子供扱いされて怒るってのが、まさに子供の証拠ではあるんだけど。
「ガイトがめーちゃんに頭を撫で撫でされる……えっと、それは……」
 カイトは固まってしまった。……あら、もしかして、嫉妬しているのを認めたくないのかしら。まあでも、これでカイトもちょっとはわかったでしょ。


 その後、カイトはブランデーを飲みながら「アカイが本気になったら、僕に勝ち目なんてありゃしないよう……昔からアカイは口が達者で行動的で、僕はいつもアカイをぼけーっと見てるだけだった……。レン君には絶対、空気読めない奴だって思われただろうし。僕は、僕は、駄目な奴なんだ……」と、ひたすらぼそぼそやっていた。はあ……酒を飲みながら喚かれるのも困るけど、こうひたすらぼそぼそやられるのも困る。なんていうか、こう、辛気くさい気持ちになるのよね。
 そう言えばめーちゃんの後輩のハクちゃん、あの子もお酒を飲むとこうなる時がある。こういうのはぼやき上戸とでも言うのかしら。ちなみにハクちゃんは、それで一度酔っ払っためーちゃんと喧嘩になっている。あたし? あたしも酔ってたから「やれやれ」としか言えなかったわね。だって面白かったんだもん、二人の喧嘩。めーちゃんがハクちゃんにヘッドロックかけたりしてて。
 結局、カイトはぼやき続けた後、ソファの上で潰れてしまった。やれやれ……あたしは予備の毛布をカイトにかけてあげると、寝室に戻って寝ることにする。明日は月曜で、当然仕事があるんだから、いつまでもカイトについてるわけにもいかないのよ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その十六【ぼやき上戸は厄介】前編

閲覧数:583

投稿日:2012/03/13 23:17:42

文字数:4,403文字

カテゴリ:小説

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