その日はオフだったので、僕はのんびり居間でくつろいでいた。ソファに寝転がって雑誌を読む。別の椅子ではめーちゃんが、新聞の数独を解いていた。窓ガラスからは明るい昼の日差しが差し込んでいる。ああ、とってもいい気分。ちなみに、他のみんなは何やかやで出かけている。
 と、そんな時。派手に電話が鳴り始めた。ああもう、せっかくのんびりしていたのに。とはいえ、立ち上がって電話を取る。
「もしもし、カイトです」
「カイト殿かっ!?」
 電話をかけてきたのはがくぽだった。どうも何かトラブルでもあったらしく、声がひっくり返っている。
「がくぽ? どうしたんだよそんなに慌てて」
「緊急事態が発生したのでござる! そちらにメイコ殿はおられるか!?」
 え、めーちゃんに用事? 僕はちょっと嬉しくない気分になった。なんでわざわざめーちゃんご指名なの?
「僕じゃダメ?」
「ということは、メイコ殿は不在なのかっ!?」
「いや、いるけど」
「では代わってくれっ!」
「だからさ、僕じゃダメなの?」
「どう考えてもメイコ殿の方が適任でござる!」
 ……僕、今ちょっと傷ついたかもしれない。
「……めーちゃん、がくぽが一大事だって」
 そう言ってめーちゃんに受話器を差し出す。「え? 一大事?」と言いながら、めーちゃんは受話器を受け取った。
「はい、代わりました。メイコよ……。えっ? えっ、えっ……」
 めーちゃんは頷きながらがくぽの話を聞いている。……変な相談だったらどうしよう。例えばがくぽが……(以下略)
「わ、それは……ああ、確かに問題ねえ……」
 めーちゃんの台詞だけでは、何の話なのかわからない。
「うん……うん……わかった……そういうことなら、すぐにそっちに行くわ」
 受話器を置くと、めーちゃんはショルダーバッグを手に取った。
「カイト、私ちょっとがくぽのところ行ってくるから」
「何しに?」
 僕の声のトーンは、どう考えても暗かったと思う。めーちゃんが呆れた表情になった。
「何しにって……あ、そうだわ。カイトも来る?」
「え?」
「カイトもいた方がいいかも。さ、来て」
 僕はめーちゃんに引っ張られて、我が家を後にした。


 行く、といっても、がくぽたちインターネット組が暮らしている家はすぐ近くだったりする。めーちゃんがドアのブザーを押すと、派手な音を立ててドアが開き、がくぽが顔を見せた。ものすごく憔悴した顔をしている。
「メイコ殿! 良かった、後は頼むでござる!」
 ……なんだよ後は頼むって。がくぽが脇にどいたので、めーちゃんはさっと中に入ってしまった。僕も後に続く。
 玄関を入ってすぐの部屋。僕たちの家と同じく、そこは居間になっている。家具の配置も大体似たような感じだ。そして、その居間のソファで、グミが盛大に泣き崩れていた。
「えっと……一大事って、このこと?」
 僕はがくぽに向かってそう訊いてみた。めーちゃんはというと、いつの間にかグミの隣に座って、背中を撫でながら何やら話しかけている。
「そうでござるよ」
「グミが泣いてるだけじゃん」
「ただの泣き方ではないのでござる! 拙者が話しかけても一言も答えず、ひたすらに泣きまくっていたのでござるよ! 拙者は途方にくれてしまったのでござる!」
 力説しなくてもいいじゃないか。いらない嫉妬を燃やしたのは申し訳なかったと思うけど。
「で、どうしてめーちゃん呼んだの?」
「こういうことは女同士の方が、それも経験を重ねた年上の方がいいのではと思っただけでござる」
 ああ、はあ、そういうことですか。でもだったら最初から、グミが大変だって言ってくれりゃ良かったのに。そうしたら僕だって邪魔しなかったんですけど。
 事態の把握が終わると、僕としてはもうすることがない。ぼーっとめーちゃんとグミの様子を見守っていると、さすがというか何というか、グミの泣き方が次第に落ち着いてきた。と、めーちゃんががくぽを呼んだ。
「がくぽ、タオルを冷たい水で濡らして持ってきてくれる?」
「あいわかった」
 がくぽはタオルを取りに行った。そういやここも居間のすぐ隣が台所だったっけ。
「タオルでござる」
 めーちゃんはタオルを受け取ると、それをグミに渡した。
「それと、冷たいお茶か何かある?」
「麦茶を冷蔵庫で冷やしておいてあるが……」
「それでいいわ。あ、カイト、何か甘い物でも買ってきてくれない?」
「アイスでいい?」
「いいわよ」
 僕はコンビににアイスを買いに向かった。


 アイスを買って戻ってくると、グミはタオルを目に当てながら、コップの麦茶をすすっていた。どうやら落ち着いたらしい。
「はい、アイス」
「あ……うん、ありがとう。ごめんね、カイトさんもメイコさんも」
「気にしなくていいのよ。ね、カイト」
「そうだよ」
 グミはアイスを開けて食べ始めた。
「一応全員分あるけど」
「じゃ、みんなでアイスでも食べましょうか」


 アイスを食べ終わると、グミはもう大丈夫だと言うので、僕はめーちゃんと家に帰った。
「それにしても、グミは何で大泣きしていたの?」
 僕が訊くと、めーちゃんは深いため息をついた。そして、こう言った。
「……原因はオペラよ」
「は?」
 オペラって、この前みんなで演じたあれ? 最初の奴では僕が精神的被害を被って、その次の奴ではがくぽが精神的被害を被った(僕のせいでもあるけど)あれだよね?
「なんでオペラが原因になるの?」
「グミは二回とも端役だったでしょう?」
 そう言えばそうだったな。一回目がヒロインの友達で、二回目が一箇所しか出番がない眠りの精だった。まあ、それを言ったらルカなんて、一回目がグミと同列の端役で、二回目出番無しだったんだけど……。
「それで、次は自分が主役になりたいって直談判しに行ったのよ」
 そういや、レンとリンがそんな話をしていたような……。
「え? グミ、本当に直談判しに行ったの? マスターのところまで?」
 勇気があるというか無謀というか、なんというか……。
「で、それで泣いていたということは……ひょっとして『お前なんぞに主役を任せられるか。お前は一生脇役やってろ』とでも言われたわけ?」
「違うわ。マスターそれでグミにこう訊いたんですって。『不倫して夫に刺し殺される役と、恋人との仲を引き裂かれて無理やり他の男と結婚させられたために、気が狂って相手を刺した後自分も死ぬ役と、呪われた男に恋をして、その男への愛を証明するために自殺する役と、見込みのない恋に狂ったあげく、裸で踊って切り落とされた男の首にキスする役と、どれがいい?』って」
 ……何なんだよその救いのない選択肢は。「どれもイヤ」以外に返答の仕方ある? そりゃ、グミだって泣くよ。
「どれも結構有名なオペラだしヒロインなんだけどね……さすがにこんな訊き方はないわ」
 って、マスターってばネタで言ってたんじゃないの!?
「めーちゃーん……オペラってそんな話ばっかりなの?」
「……多いわね。あ、でも、軽いものもたくさんあるわよ?」
「じゃ、なんでマスターはそっちにしないの?」
「さあ……多分、重い作品を見た直後でそのことしか考えられなかったんじゃない?」
 そんな理由で……僕は心の底からグミに同情した。


「次にマスターがオペラやりたいって言い出すのいつかしらね」
「僕としては当分来なくていいです……」
 下手するとまた変な役やらされそうだし。この前ルカが本を読みながら「まあ、ドイツのクラシック音楽界では、バカの比較級のことを、バカ→もっとバカ→テノールって言うんですって」なんて言ってたもんなあ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイドでオペラ グミの憂鬱編

ええと……まず最初に謝っておきます。グミごめんよ。

マスターが言っているオペラですが、二つ目が『ランメルモールのルチア』三つ目が『さまよえるオランダ人』四つ目が『サロメ』です。ちなみにマスターああ言ってますが、別に脱ぐ必要性はないです。この前NHK-BSで放映されていた奴は脱いでませんでしたし(脱ぐこともありますが)

個人的には、『ルチア』はそこまでイメージの悪い役でもないと思うんですが(悲劇のヒロインではありますが)ロミオとジュリエットみたいな内容ですし。マスターの訊き方が悪いな、こりゃ。

閲覧数:250

投稿日:2011/08/13 23:53:42

文字数:3,146文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    読んで笑わせてもらいました 自然に次の行を読みたくなる文章と展開で、尊敬します
    GJです!

    2011/06/24 00:44:04

    • 目白皐月

      目白皐月

      日枝学さん、こんにちは。
      笑っていただけてうれしいです。今後も頑張りますので、よろしくお願いします。

      2011/06/24 22:16:05

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