窓から射し込む日差しが明るく室内を照らす。
壁際にあるベッドには、上掛けにしっかりとくるまった状態の青年が一人、穏やかな表情で眠っていた。
この家の長男であるカイトだ。
メイコが寝汚いと言ったように、カーテンの閉められていない窓から入ってくる光がベッドを照らしているのに、カイトが起きる様子は全くない。上掛けが頭まですっぽりと覆っているため、その中まで光が届かないのだ。
上掛けの端から少しだけ飛び出ている髪の毛は青く、太陽の光に照らされて鮮やかに色づいていた。
室内に響く呼吸は穏やかで、ベッドの上の主がまだ当分は起きなさそうなことを予感させていた。
カイトの寝息だけが響いていた室内に、ドアの開く音が響いた。
そっと開けられたドアの隙間から顔を出したのは、リンとレンだった。両手にはフライパンとおたまが1つずつ握られている。そして、ベッドの上のカイトの様子を窺い、同時に互いの顔を見合わせた。
「やっぱり。まだ寝てるよ」
「ホントだ……いつまで寝てるんだろうね」
そう言って、二人がため息を吐く。
ちょっとやそっとのことでは起きないカイトなので、二人は遠慮なくドアを開け放して室内に入った。
フローリングの床には紙が何枚か散らばっており、壁際にあるデスクには電源の点けっぱなしなっているパソコンがある。その前にはやはり何かを書かれた紙が無造作に置いてある。
「うわっ、汚っ……」
紙を足で避けながら、レンがぼそりと呟く。その隣ではリンも同じような表情で紙を手で避けていた。
二人の表情からは呆れしか見つけることができない。
「何でこんなに散らかせるのかな。すぐに片づければ、こんなにならないのに……ね?」
呆れたように散らばった紙を重ねながら、リンがレンへと同意を求める。隣で力強く頷くリンは、相変わらず足で紙を避けて、ベッドへの道を作っている。
本格的に片づけをする気がない二人は、適当に紙を脇へと寄せるとカイトの眠るベッドの横に立った。
同時に両手を高く掲げる。
二人はお互いの顔を見合わせると、にやりと笑った。
「「せーの」」
かけ声と共に、フライパンを鳴らす音が強く室内に鳴り響いた。
リンとレンが持っていたフライパンにおたまを打ち鳴らし始めたのだ。勢いよく鳴らされるそれは1回では終わらず、何度も連続して打ち鳴らされる。
「バカイト、起きろ~!!」
「カイト兄、起きろ~!!」
ガンガンと打ち鳴らされる音に混じって、二人がカイトの枕元で叫ぶ。しかし、上掛けの中に潜り込んでいるカイトはぴくりとも動かなかった。
大音量とも言えるレベルで打ち鳴らしているのだが、合間に聞こえてくるのは穏やかな寝息。
何も聞こえていませんと言わんばかりの寝姿に、フライパンを鳴らす音にも力が入る。その頃にはメイコが言っていた「程々」という言葉は、当に二人の頭から消え失せていた。
あまりの寝汚さに、リンとレンもムキになってフライパンを打ち鳴らすのを止めない。
そろそろ近所迷惑になるだろうレベルに達した時、廊下の方から小さな声が聞こえてきた。
「リンちゃん、レンちゃん、うるさいよう」
ドアにもたれ掛かって、げっそりとした表情を見せたのは、この家の次女・ミクであった。
起きたばかりなのか、櫛も入れていない髪の毛をそのままに、いかにも今起きましたと言わんばかりのミクがずるずると下へさがっていく。そのままぺたりと床に座ると、目に涙を浮かべてリンとレンを見つめた。
「「あ、おはよう、ミク姉」」
カイトの次に起こそうと思っていたミクが先に起きてしまい、二人の顔が不満そうな表情へと変わる。
「先にミク姉を起こせば良かったねえ」
「作戦を誤ったか……何で起きてきちゃうんだよ」
ひくりと肩を震わせるミクに、リンとレンが残念そうに言い合う。
起きてきたミクが悪いと言いたげなレンに、ミクがキッと力強く二人を睨み付けた。
珍しいミクの表情に二人がきょとんとする。
「あんなにやってて起きないわけないじゃない!」
「でもさあ、バカイト、起きないぜ」
大きな声で抗議するミクに、レンがカイトを指さす。その隣ではリンが同意するように頷いてる。
ベッドを見れば、丸まった物体が一つ。上掛けから覗いてる髪の毛は、見慣れた青。
隣にいた自分より、大音量でフライパンの音を聞いていたはずのカイトは、ぴくりとも動かず、微かに洩れてくるのは穏やかな寝息だった。
「うそ……お兄ちゃん、まだ起きてないの?」
思わず声が洩れる。
信じられずにベッドの上のカイトを見るが、起きる気配は全く無かった。
「ほーんと、寝汚いって、こういうことを言うんだよなあ」
「我が兄ながら情けないわ」
深くため息を吐きながらのセリフに思わず同意しかけながら、ミクはハッとした表情で首を振った。
「って、そうじゃなくって!!あんなに音鳴らしてたら近所迷惑でしょ!!もう、私の睡眠時間、返してよう」
「って、まだ寝るつもりなの?もう7時だよ、ミク姉」
リンの言葉に時計を見れば、すでに7時を15分も過ぎていた。
いつもなら、そろそろ起きて朝食を食べている時間だ。
「え、もう!?」
突然、わたわたと動き出したミクに、レンが呆れたようにため息を吐く。
「とりあえず、着替えてきたら。もうそろそろご飯できてるだろうし」
「そう、もうご飯ができたわよ」
レンの言葉に、メイコの言葉が続いた。3人が慌てて視線を向けると、そこにはメイコが呆れたように立っていた。さすがにおたまは持っていなかった。
両手を腰に当てて、座り込んでいるミクの髪をそっと撫でると、小さく笑う。
「早く着替えてらっしゃい。ご飯冷めちゃうわよ」
「うん。おはよう、メイちゃん」
「はい、おはよう。リンもレンも程々にしなさいって言っておいたでしょう。なーに、さっきの音は。さすがにやりすぎよ」
「「だって……」」
呆れたようなセリフは、フライパンを持つリンとレンにも告げられた。
途中でメイコの言葉を忘れていた二人は、言い訳もできず拗ねたようにそっぽを向く。
そんな二人の様子に苦笑すると、メイコはミクを立たせて自分の部屋へと向かわせる。そして、まだそっぽを向いている二人を見ると、小さく笑った。
「音を鳴らすのはもう禁止だけど、遠慮なく潰しちゃいなさい」
そう言って、メイコは片手をひらひらとさせて階下へとおりていく。スリッパの音が階段を下っていくのを聞きながら、二人の顔に楽しそうな笑みが浮かぶ。
「潰しちゃっていいんだって」
「メイコ姉から許可が出たことだし、レン」
「うん、やっちゃおうか」
「「せーの」」
その瞬間、フライパンを鳴らした音より大きな声が家中に響き渡った。
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