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#include <memory.h>
int main(void){
present();
「……あ」
とりとめのない事を考えながら無心にプログラムを書いていたら、気付けば夕方の四時半になっていた。
思わず声が漏れてしまって、口元をおさえる。
……まあ、キリが良いし、今日はここまでにしておこうかな。
無心で仕事をしていてお昼を抜いてしまうのも、いつもの事。
そうやって、誰に対しての言い訳なのか自分でもよく分からない言い訳を頭の中に並べながら、私はラップトップを閉じる。
その上に外した眼鏡を置いて立ち上がると、ヘアゴムを外してポニーテールを解きながら伸びをした。
「んんっ……。ふぅ」
今日の仕事はこれでおしまい。
洗濯物を取り込んで手早く片付けると、近くのスーパーへと買い物に行く。冷蔵庫の中身を思い出しながら、足りない物を買い足していく。
家に戻ってきたら冷蔵庫を整理して、晩御飯を作り始める。ちょうどそれくらいに、普段は滅多に使う事のない旧式の折りたたみケータイのバイブレーションが響いた。
このケータイに連絡してくるのは、トワだけだ。
ケータイの画面には「メール受信一件」の文字。開いてみるとそれはやはりトワからで、「仕事終わった! 今から帰るよ」とあった。私は「わかった。今日は鶏の照り焼き」と返信する。
私がキッチンに戻る間もなくトワの返信。「やったね」の後に顔文字が続いていた。
なんと返信したらいいか分からず、少し考えてから、結局そのままケータイを閉じて料理に戻る。
どうせもうすぐ帰ってくるし、トワはメールの返信をしなかったくらいで怒りはしない。
普通の人なら、こういう時に何か気の利いた返信が出来るのかもしれない。けれど、そういった心の機微にうとい私には思いつきもしない。
「……はぁ」
そういう些細な事で気落ちしてため息をつく自分が、たまらなく嫌だった。
close "present" function();
remember(before 8 years,before 16 day);
私がトワと初めて出会ったのは、大学二年の頃だ。
何がしかのサークルに入ったりもしておらず、講義を受けている時もなるべく静かに、気配を消しているつもりだった私は、その分他者にびくびくする事は高校の頃よりは減っていた。
とはいえ、私は多くの人から注目を集めてしまっていた。
理系の大学だった事もあり、それまで得意だった科目の講義しか受けなかった私は、常にトップの成績を保ち続けていたからだ。
勉強を教えてもらおうと寄ってくる人、飲み会に誘ってくる人、何だか分からないけど話しかけてくる人。そんな人達に丁重に断りを入れるのは、正直面倒臭かった。
「嫌がってるじゃん、やめなよ」
それが、私の聞いたトワの第一声だ。
その言葉が、執拗に私を飲み会に誘おうとしている男へと向けられた言葉だと、すぐには分からなかった。
その声は柔和で、どこにも非難の色などないように聞こえたからだ。
男の方も邪魔された事に怒ろうとしたようだったが、その声音に不思議と気勢を削がれたのか、すごすごと引き下がっていった。
それから、私とトワは時折話をする仲になった。というか、トワが話しかけてくる機会があっただけか。
だけど、なぜだろう。
他の人が話しかけてきた時は不快でしかなかったのに、トワに話しかけられてもそこまで不快には思わなかった。せいぜい、自分の無愛想さに軽い自己嫌悪におちいったくらい。
トワは、私との距離感を繊細に保ってくれた。
彼の柔らかな声は、何らかの返答を強要する事なく、ただ心地よく私の耳朶を打った。私が妙な返答をしてしまっても、彼が変な顔でこっちを見てくる事もなかった。
実際の所、ちゃんと上手くコミュニケーションが取れていたわけではない。私は相変わらず相手の気持ちが分からないままで、相変わらず冗談が理解出来ず、言葉の裏にある本心を理解出来ないままだったのだから。
けれど彼は、なぜか私みたいな変人の隣によくやってくるようになった。
その「少し親しい友人」くらいの関係は、大学を卒業してからも続いた。
そう、半年前に、同棲なんてものを始めてしまうまでは。
close "remember" function();
present();
「グミ?」
「……」
「グミ、おーい」
目の前で、トワが鶏の照り焼きを食べていた。
「え?」
私はトワの向かいで丸テーブルに座り、同じようにご飯を食べている途中だ。
「考え事もいいけど、ご飯冷めちゃうよ」
「……そうね、ごめん」
「謝るほどの事でもないけど」
「……」
返事に困って黙る私に顔をしかめる事もなく、トワは私の顔をのぞき込んでほほ笑む。
料理の途中から考え事をしていたが、確かにトワが帰ってきて料理をテーブルに並べた記憶がある。だが、考え事に気を取られていた私は、それを無意識に近い形でやっていた。
トワの事だ、恐らく帰ってきてすぐに気が付いていたのだろう。私の考え事が一区切りつくタイミングを見計らっていたのだ。
「ね、グミ」
「……?」
私は千切りキャベツを咀嚼している最中だったので、首を傾げてトワに先をうながす。
「明日さ、ご飯食べに行かない? ちょっと気になるお店見つけたんだ。創作料理らしいんだけど」
そう言うトワは、いつも通りみたいに見える。でも、その声は少しだけ震えているように聞こえた。
声が震えているその理由は、私には想像も出来ないけれど。
千切りキャベツを飲み込み、少し顔をしかめて見せる。
「外食? 私、そんな余裕ないよ」
「あ、仕事忙しいんだ」
「いや、仕事じゃなくて、お金ないから」
彼との同棲について、一番の決め手は生活費を減らせる事にあった。実際の所、今の私の収入では一人暮らしはかなり厳しい。
「お金は僕が出すよ。いっつもグミにご飯作ってもらってるし、たまにはお礼しなきゃね」
「でも私、好き嫌い激しいよ。知ってるでしょ」
なんとか断ろうとする私に、トワは大丈夫とばかりにうなずく。
「リサーチ済み。注文の時に頼めば、ダメな食材は抜いてくれるって言ってたし」
すでに外堀は埋まっているらしい。
それでもどうにか断ろうと思ったけど、他にそれらしい言い訳が思いつかなかった。
同棲していて私の生活サイクルを把握しているトワには、用事があるから、なんていうあいまいな拒絶が使えない。
「でも……」
「そこをなんとか。お願いします!」
大げさな態度で、トワが頭を下げる。
そうやって懇願してくるのは、ちょっとずるいと思う。
「わ、分かったわよ。分かったから、やめてよ」
こういう時に折れてしまうのが、私のいけない所なんだろうな、と思う。なんだかんだ言って、彼の頼みは中々断われない。なんというか、そんな断りにくい感じというか、断るのが申し訳なく感じてしまう何かがある。
はぁ、とため息をついたその時、トワは心底嬉しそうな顔で私の両手をつかんできた。
override("present")
forcibly close "present" function();
timeslip(grasp my hand);
声がひびく。
「なんでたかだかそれくらいのことがわからないんだ!」
わたしの手首をがしっとつかんで、パパがさけぶ。
「次やったら、この家から追い出してやる! お前みたいなやつは、その辺でのたれ死んでるのがお似合いだ!」
パパの大きな声がこわくて、わたしは泣くことしかできない。
助けをもとめて、ママのほうを見る。
「……なんで、こんな娘に育ったのかしらね」
その声はひえきっていて、パパをとめてくれそうになかった。
やさしくしてくれる人がいなくて、なみだが止まらず、声をこらえることもできない。
「うるさい! そんなに大声を上げたいなら、外で好きなだけわめけばいい!」
パパはつかんだままのわたしの手首をふりまわして、げんかんへと連れてゆく。
「やだあぁぁ! パパ、やめて!」
「うるさい、黙れと言っているのがわからんか!」
ただきょうふだけが、わたしをしはいした。
家からおいだされて、もうにどと入れてもらえなくなる。そうなったら、パパの言った通り、わたしはのたれ死ぬしかない。
こわい。
いやだ。
助けて。
わたしはひっしにパパの大きな手を手首から引きはがし、死にものぐるいでさけぶ。
close "timeslip" function(before 19 years);
present();
「やめて、パパ! なんでわたしをおいだそうとするの!」
わたしはそうさけんで、つかまれた両手をふりはらった。
丸テーブルにならべてあった食べかけのりょうりも、まとめてゆかにおとしてしまう。
「パパがなんでもいいって言ったからわたしは――」
なみだを――なみ、涙、を……流しながら、けれどなにか……おかしいと、やっとそこできづ――きづいて、ううん、気付いて、声が、尻すぼみに消える。
わたしの――私の目の前にいるのは、パパじゃなかった。彼は、そう、父ではない。父じゃなくて、トワ。
両者の差異を見分けられない私には、彼はトワなのだと必死に自分を言い聞かせなければならなかった。
父はいない。私を殺そうとした両親が服役してから、私は一度も二人に会っていない。
私も、小学校三年生ではない。もう二十八歳にもなる、社会人だ。
「……あ……」
状況が、というか、私が豹変した――であろう――事についていけず、目を丸くして呆然としたトワの顔を見て、ようやく、自分が何をしたのか理解し始める。
「……」
……しばらく、こんな事なかったのに。
少なくとも、こんな風にわめき散らしたり、暴れてしまったりなんてせずに済んでいたのに。
トワの視線が気まずくて、それから逃れようとうつむく。視線を落とした膝の上では、私のこぼした味噌汁が丸テーブルに広がり、ジーンズにしたたっていた。
「……ごめん。こういうのダメだって、前にも……言ってたのに」
そう言うトワのそばにいられなくて、私は黙ったままその場から離れ、寝室に逃げ込む。
ベッド脇の床に座り込み、膝を抱えて縮こまると、私はただただ泣いた。
部屋中にまき散らしてしまった食事を片付けなければ、とか、服を着替えなきゃ、とか思いはするものの、身体を動かす気になんてなれなかった。
記憶力が良いという事。
実際、それが「良い事」であった試しは少ない。
例えば、今のように。
何かのきっかけで、よく昔の事を思い出す。それも、ついさっき起きたばかりのような鮮明さで。さらには、その時に抱いた気持ちが身体を支配してしまう。
そして、私は過去の思い出と現実の区別がつかなくなってしまう。
私以外の“普通の”人は、過去を忘れる事が出来るのだという。
それを羨ましいと思ったのは、一度や二度の事ではない。
嫌な事を忘れられるだって?
なんなの、その便利な機能は。
私は、私には、忘れたくても忘れる事の出来ない思い出が、それこそ山のようにあるっていうのに。
良い思い出なんてほとんどない。怒られた事、傷ついた事、嫌な気持ちになった事。そんな事ばかりの人生の中で、わざわざ思い出したい記憶なんてほとんどない。
なのに、その嫌な記憶を忘れる事も出来ないまま、私は無為に生きている。
もし、もしも、何もかも忘れる事が出来たのなら。そうしたら、私はまだ希望を持てたはずなのに。
生きる事に前向きになれたはずなのに。
寝室の向こうでは、トワががちゃがちゃと何かを――私がぶちまけたものを片付けている音がする。
その音に後ろめたさと申し訳なさがこみ上げたけれど、立ち上がって手伝いに行こうって気持ちには、どうしてもなれなかった。
そんな事をうじうじと考えている内に音も止んでしまって、やがて静かに寝室の扉が開く。
「……グミ」
その声音は優しくて、責める響きなんて一切なかった。けれど、顔を上げて彼の顔を見る事なんて出来ず、私はより強く、抱えたままの膝をぎゅっと握りしめる事しか出来なかった。
「ごめん。さっきの……」
うつむいて顔を隠したまま、私は首を横に振る。
悪いのは私。
ミスを犯したのは、私なんだから。
謝るべきなのも、私なんだ。
なのに、その謝罪の声も出てこない。
……最低だ。
「……ご飯食べに行くのは、また今度にしようか」
私の隣に座って、トワはぽつりとそう言う。
私に気を使ってくれているのだろう。隣に座りはしたけれど、無闇に触れてこようとはしなかった。
また今度にしよう。
私のせいで、トワにそこまで言わせてしまった事が、腹立たしいとさえ思った。
「大丈夫。……大丈夫だから」
「え?」
私が必死にしぼり出した言葉に、トワは面食らったようだった。
「大丈夫だから。そのお店、行こう。私も……気分転換になるだろうし、さ」
「でも、良いの?」
私の返答がよほど予想外だったのか、トワは困惑気味に問い返してくる。
「うん」
肯定してみせはしたが、まだ心の整理なんてついていなくて、トワの顔を見る事など出来なかった。
私は強張った身体の力を抜いて、ほんの少しだけトワに身体を預ける。
それが、私がトワに示す事の出来る、私なりの精一杯の謝意だった。
close "present" function();
}
メモリエラ 3 ※2次創作
第三話
C言語をかじったことのある方ならすぐに分かると思いますが、本文中のプログラミング言語っぽい部分は、C言語としてはデタラメです。
ぶっちゃけるとpresentが現在、rememberとtimeslipが回想とだけわかってもらえれば、他はわけわからなくても雰囲気だけ伝われば十分のはず……です。
hippocampus(海馬)とかの単語から、何を意図したプログラム文なのかまで想像してもらえれば、それはそれでおもしろいんじゃないか、とか思ってみたり。
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