アカイトがカイコを連れて明るい街中を歩く。非常に平和な景色である。
マスターなしに自由に遊び歩くボーカロイドなど殆ど居ない。何故なら大抵財布はマスターが持っているからだ。しかしこの家庭は珍しく、個々に財布を所持している。基本的に自由な家庭だった。各々好みが違うから欲しい物は自分で勝手に用意しろと言うのがマスターの基本理念である。悪く言うとマスターがボーカロイドの管理を放棄したとも言える。面倒な事は好まないマスターなのであった。
アカイトは口元が寂しいのかカラカラの唐辛子を一つ口に咥えている。両手をズボンのポケットに入れて周囲にあまり興味なさそうに歩いていた。
カイコはアカイトの右腕、袖の端を掴んで自信なさそうについて行った。
「ついたぜ」
アカイトが連れてきたのはカジュアルな服屋だった。男性から女性まで、アクセサリーや身近な小物類も豊富に取り揃えるかなり大きな店だ。
「アカイト、こんな所で何を買うの?」
「何って?服に決まってるだろ。それとも何か欲しい小物でもあるのか?」
カイコの質問にもっともらしく答えるアカイト。服屋にきて服を買うなど当然の答えである。別段小物を望んだわけでもないが、こんな答え方をされてはカイコも黙るしかなかった。
カイコは黙ってアカイトの後を追った。アカイトはメンズコーナーをスルーしてレディースコーナーへ向かった。
「アカイト?ここは女性物、男性物はあっち…」
「良いんだよ、こっちで」
アカイトは女性物のシャツをいくつか物色して顔を歪めた。
「服なんて俺、興味ねぇしな…」
困った顔のままアカイトはカイコを見た。
「お前どう思う?こう言うの、着てみたいとか思うか?」
いかにもセンスの無さを強調するアカイト。彼の趣味はさほど悪くはないし、センスも良い方だがそれは自分に対する物であって他人のために物を選ぶなど今まで経験がないらしい。アカイトはマスターの付き添いで何度か買い物に付き合ってはいるけれど別段相談されもせず適当に買い物が終わってしまう事がしばしばだった。
「何で俺なんだよ。ナイトの奴にやらせりゃすぐなのに…」
アカイトはブツブツと文句を言いながら適当なのを数点選んでカイコに見せた。
「で?こんな感じで良いか?」
「ちょ、そんなぶっきらぼうに言わないで下さい。第一、誰のための物なんですか?まさか、自分で着る なんて趣味はないですよね?」
カイコが白い目で見るのでアカイトは慌てて否定した。カイコの意外な言葉に拍子抜けして反応が半歩遅れたため、カイコのアカイトに対する不信感は必要以上に上がった。
「馬鹿、違うって!これはマスターに頼まれてだな…」
もごもごと口籠もるアカイト。やはりボーカロイド、マスターの頼みには弱いのである。
「…マスターのために買うのね。わかりました」
「…?何だよ、急に冷めた目ぇしやがって…」
「別に…」
何か悪い事をしただろうか?と、鈍いアカイトは首を傾げた。アカイトはカイコの頬が僅かに薄紅色に色付いている事など気付きもしなかった。
「アカイト、僕は向こうのメンズコーナーを見てきます。あと、マスターはもっとシンプルな方がお好みだと思いますよ?そうですね、こんな感じ…」
カイコはインナーと柄のないシャツ、それにフード付きの袖無しベストと黒い長ズボンを手にとってアカイトに渡した。
「マスターはあまりカラフルな物を好んでいるようには見受けられません。出来る限り色を統一する事をお勧めします」
「…凄いな。お前、俺よりマスターとの付き合い短いのによくそこまで分かるな。そう言えば前にマスターが言ってたか。単色で特に透明度の高い色が好きだ、とか…」
アカイトはカイコの洞察力に感心しながらマスターとの会話を思い出してブツブツと多彩な情報を口に出していた。カイコは呆れて頭を抱えた。
「そんなに色々知っているならどうしてそれを活かさないんですか?こんなに派手な服、マスターが着ると思いますか?」
アカイトが最初に選んだのは酷く目立つ奇抜な配色の花で埋め尽くされたシャツ、ヒョウ柄のパンツ(ブーツカット)、ピンクの迷彩袖無しジャケットである。透明感も無ければ単色ですらない。マスターの趣味無視も良い所である。
「ん?ダメか?ちょっと奇抜なのも良いと思ったんだが…」
「さっき自分で言った事思いだして下さいよ。これの何処が単色ですか?これのどこが透明ですか?」
カイコはイライラとしながらアカイトに注意した。
「お、怒るなって…だいたい、透明が良いったら裸の王様じゃねぇか。馬鹿には見えない服とか言って街 中歩いたら猥褻罪で捕まるぞ?隊長を見ろ、あいつ何度職質されてるか…」
「そーゆー問題じゃありません!まったく、何を考えているんだか…」
カイコはブツブツと文句を言いながら自分の選んだ物をアカイトに押しつけてさっさとメンズコーナーへ行ってしまった。
「…何だよ、何怒ってんだ?…意味わかんねぇ…」
アカイトはカイコに選んでもらった服を購入するため会計の列に並んだ。
カイコ、メンズコーナーにて―――
アカイトが会計の列に並ぶのを見ながらカイコはまだ怒りを鎮める事ができずにいた。アカイトに対しての怒りではない、自分に対しての怒りである。アカイトの趣味なら別に怒る事などなかったはずだ。服選びは個人の趣味が良く反映されるだけにそれをとやかく文句言うなど本来筋違いである。カイコが怒っていたのは別にアカイトが滅茶苦茶な趣味の服を選んだからではなかった。カイコには分かっていた、認めたくない怒りの理由。
「…はぁ、何やっているんだろう?僕は…」
アカイトが会計の列に並んで近くに居ない事を確認してカイコはため息をついた。
カイコが見ていたのは少し大きめの男物の赤い服。無地のシャツと、黒地に赤いバラの刺繍が入ったコートだった。
「僕は何がしたいんだろう?…」
カイコはまた盛大にため息をついた。
「何だ?体調でも悪いのか?」
「?!」
そこそこ長い列に並んでいたはずのアカイトが戻って来た。手には袋が握られており、どうやら会計は済んでいるようだ。会計の列は今もそれなりの長さが続いているが流れるのも早く、複数あるレジで次々と会計が済まされていく。
「な、何でもないです…」
カイコは頬が赤くなるのを感じながらアカイトの視線を逃れるように背を向けた。
「ん?そうか?…お?お前も赤が好きなのか?へへっ、良い趣味してるじゃねぇか。なかなかイカした服だな」
アカイトはカイコが見ていた服を手にとって笑った。カイコは落ち着かない気持ちを鎮めるためアカイトを無視してさっさと外に出てしまった。
「おい…まだ怒ってるのかな?…っ、待てよ!おーい!…」
アカイトを放って勝手に帰路につくカイコ。頭の中を支配する想いに戸惑っている。
「冗談じゃない、冗談じゃない!…僕は男だ、アカイトなんかに…それに、マスターの事良く知ってるのだって付き合い長いからで別に羨ましくなんて…何言ってんだろ!」
「そう急ぐなって。悪かったって。俺は他人の服とか選ぶの苦手なんだよ」
いつの間に追いついたのかアカイトが照れ笑いしていた。少し息が上がっている所から走ったのだと容易に想像できる。手には透き通るような青いバラのチョーカー。
「言っただろ?俺は他人の物選ぶのは苦手だ。気に入らなくても怒るなよ」
アカイトはそっとカイコの首にチョーカーをつけて笑った。買い物に付き合ってくれたお礼を名目に、怒らせてしまった詫びのつもりらしい。
どこまでも鈍いアカイトにカイコは柔らかな笑顔をプレゼントした。
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