暑さも優しげになり、青空を漂う雲も何となく高く感じる季節。
ボカロ学園に続く通りはいつもより人が多く歩いており
学園に近づけば更に人が多くなってくる。

制服を着た学生達に混ざり
一般人、他の学生、お年寄りからお子様まで
ボカロ学園は人で賑わっていた。

3日間続いた文化祭も本日がファイナル。

各教室はそれぞれのクラス、クラブ、同好会などが
それぞれ催し物をしており、中でも一番人気は―――

「現在、最後尾はコチラになってまーす!」
男子生徒が鉢巻を頭に巻き、メガホンで怒鳴っている。
数クラス分の、長い列の先には2年生のクラス。

「やん☆ありがとうございます~」

朝顔柄の浴衣姿のミクがお盆をもって右往左往している。
髪もトレードマークであるツインテールではなく
頭の後ろでグルグルと髪を結びアップして
白く、細いうなじが一層と色香を漂わせていた。

当然、いつもの営業スマイルも忘れていない。

学園のクイーンであるミクのクラスは
今回は浴衣姿でオデン屋さんである。

昨年、ミクのクラスは現在の文化祭では定番になりつつある
〈メイドカフェ〉を行ったのであるが
メイド服を着たミクを見るために学園の外にまで
列が出来るという伝説を作ってしまった。

今年もミクにメイド服を着せたいという強い要望があったのだが
流石に学校側も、尋常じゃない行列の事を考えて今回はNGを出した。
そんなワケで、今年は浴衣姿という涼しげな装いを
してるのだが、今回も大行列である―――、のだが
その列は昨年に比べてちょうど半分。

(ちぃ!今年は昨年より人が少ないわね!やはり……アイツか)
ミクは笑顔を振りまく傍ら、心の中で呟く。

ちょっと前のミクなら怒り出してるが、今はちょっと違う。

(まあ、良いわ。今回はアイツとタッグだから
選挙前の良いアピールになるしね。でも……
だからって負けるわけにはいか無いのよね!)

ミクは笑顔のゲインを最大限に上げた。

『わっ、ミクちゃんの笑顔オーラがさらにアップ!?』
『へとへとに疲れてるハズなのに!ミクちゃんの笑顔、底知らず!?』

クラスメイトが驚く中、ミクは次々と
お客さん達に笑顔を芝生の噴水機のように振りまいていた。


そして、ミクのクラスの列を半分にした原因である
もうひとつのクラスは―――

「……、はぁ、はぁ……、ちょっ、ギブ……アップ……」
リンはメイドカチューシャを外し、苦悶の表情でしゃがみ込んだ。

「え~~、だめだよぅ。みんな、リン君を見にきてるんだよぅ」

息も絶え絶え、汗まみれ、ワケありでメイド服を着た学園の
ツンツン王子と呼ばれるリンは
ぐったりした顔でクラスメイトに言った。

「こんな……ずっと、人が一杯になるなんて……、聞いてない……」
「う~~~ん、誰か、リン君とレン君のメイド姿を
ネットで公開しちゃったらしくて、すごい反響なの!」

クラスの前は物凄い行列が出来ていた。
先日、メイド服を試着したリンのスカートをめくり
これまたメイド服姿のレンを怒って学園中走り回っているところを
生徒達が携帯電話のカメラで撮影して、ツイッターや
個人ブログに掲載してしまい、そこそこの規模で拡散してしまい
メイド服姿の二人を一目見ようと他校、一般人も混じり
大挙してやって来たわけであった。

「いや……、そういう問題じゃ……、無い……。って、それより!
レンのヤツ!どこ行ったの!?」
リンは同じメイド姿で仕事をしているはずのレンを探す。

「さっき、科学+生徒会のブースに行っちゃったよ」

「何あにぃ!、って……、そんなのあったの……?」

「カイト先輩が”タイムマシン研究会”っていう
何だかワケのわからないブースを開いてるらしいの。
かなり閑散としてるらしいけど……」

「……、わかった。連れ戻して来る」
疲れた顔にイラついた表情を重ね浮かべ、リンは立ち上がる。

「いやいや!だめだめ!リン君はこのメイドカフェの
主役なんだよ!ココにいなくちゃ!」

「いや、しかしだよ―――」


「私が行くわ」

リンの後から声が掛かる。
ボカロ学園生徒会長のメイコだ。

いつも颯爽としてる姿で学園中を闊歩し
他校にまで響く豪腕生徒会長である彼女は
今、何故か―――、メイド服を着ている。

「え!、なんで?生徒会長がメイド服を???」
リンは目を丸くしてメイコを見る。

「ああ、これね。なんと巡音先生がここの生徒だったときに
当時の文化祭で着ていたものらしいの。
なぜそれが今もあるのかは……、この際、置いときましょう。
それより―――、非常事態ね。まさかココまで
人が集まろうとは、流石に計算外だったわ。
そこで、科学+生徒会は緊急会議をして
手の空いてるメンバーを招集してこのクラスの
ブースを手伝うことにしました。
とりあえず、先発隊として私とガクポ君が
メイドとしてお手伝いさせてもらうわ」

「左様でござる」

メイコの背後から背の高い男子生徒がスッと前に出た。
メイコ同様、科学+生徒会の名物書記であるガクポである。
古風な佇まいに後で髪を結わえた個性的な生徒であるが
現生徒会を支える陰の主役と噂される人物なのだ。

「じゃあ、ちょっとレン君を連れて来るわ。
ガクポ君、コレを」
メイコはガクポ君にフリルのついたメイドエプロンと
カチューシャを渡した。

「心得ました。会長が留守の間は拙者がお役目を
しかと引き受けたでござる!」

「頼んだわ!ついでにカイトも連れてくる!
こき使ってやるわ!」

つかつかとメイコは教室を出た。
余りにも唐突な出来事に教室の生徒たちは呆然としていたのだが
ガクポがみんなを一喝。

「さあ!皆の衆!お客様がお待ちじゃ!各々持ち場につくのじゃ!」
ガクポはメイコから受け取ったメイドエプロンを
颯爽と腰に巻き、何を思ったのかカチューシャまで
頭に結わえた。

「拙者につづけぇ~~い!出陣じゃ!!」
あっけにとられるのもつかの間。
使徒たちは次々と待たせていたお客さん達を
案内し、接待をはじめた。

何が何だか分からない内に
クラスの皆が働き出しているのをボーゼンとしていた
リンを見たガクポはリンの背中をポンと優しく叩く。

「リン殿、もうひと頑張りですぞ!
ほら、拙者も、お主と御揃いじゃ!」
ガクポはフリルのついたメイドエプロンの裾を広げて
リンにウインクした。

「……、あはは、ほんとうだァ……」
どうも、休むことは許されないらしい。
励ますつもりでガクポはリンにおどけて見せたのだろう。

リンは覚悟を決めて、今目の前にあるアイスコーヒーを
お盆に乗せてお客さんに運こぶ事にした。





「じゃあカイト先輩はまだタイムマシンを諦めてない……わんね?」

「そりゃそうさ。次は二人乗り用自転車を使おうかなって。
そして、更にその次は―――
人力じゃなくもっとパワーのある
車のエンジンを使おうと思っているんだ!」

「クルマ?なんかすごいわん!」

「小型でハイパワーなエンジンがいいね。
ロータリー式を考えてる」

「ロータリー?ってなんだわん?」

「ドイツで考案され日本が独特に開発した小型で
小排気量、なのに従来型以上のパワーがあるエンジンの形式さ」

「????わん?」

「あはは、そうだな、例えると君のようだね。
体は小さいけど、すごい体力とパワーがある」

「僕の様?なのかわん!」

「そうさ、君のハートはロータリー!なんつって!」

「かっこいいわん!カイト先輩もロータリーみたいだわん!」

「そうか~~、俺のハートもロータリーってか!あはははっ」

「あ・は・は・は!」

ワザとらしい笑い声が二人の後ろから重なった。

レンとカイトは聞き覚えのある声に後ろにいる人物が
誰であるのかは直ぐに分かったのだが
何らかの負のオーラを察して振り向く事をためわらせた。

「……、ど、ど、どうしようだわん……。」
レンはうつむき、口を歪ませている。

「や、やはり、レン君、事態は良く判らないが
君が悪いと言うカタチでここはひとつ頼むよ……」
目線を下にカイトは顔を青くしてレンに一切をなすりつけようとする。

「ぐすん……、ひどいわん。カイト先輩、助けてだわん……」
半べそで、助けをこうレン。

「いいから、アンタたち。こっち向きなさい」

二人は声の方にゆっくり振り向くと、メイド服を着たメイコが
腕を組んで立っていた。

「わっ!なんでメイコ先輩がメイド服を着てるだわん?」

「アンタがサボってるからでしょ!何やってんの!?
レン君、早くメイドカフェ手伝いに行けっつぅ~~のっ!!」

「だって……、あんなにお客さんが来るなんて……
みんなジロジロ見るし、怖いわん……」

「いいから、行きなさい!!走って!!」

「うわぁ~~ん!行くだわ~~ん」
レンは教室を脱兎のごとく出て行った。

「……全く、もう!」

「あはは……、メイドカフェ大盛況らしいね」
何か空気をごまかそうと、カイトが話しかける。

「……、ここは閑散としてるわね」
メイコはワザとらしく周りを見渡す。

「……あはは、さっきカップルが一組来たかな?
……1時間前位だけど……」

「ねえ、カイト……。自転車が一台置いてあって
タイムマシン研究発表会って書いてるワケのわからない
紙が貼ってるだけのブースに人が必要かしら?」

「い、いや、ほ、ほらっ!、見に来た人が質問とかあるかも
知れないじゃない……?かなって……」

「手伝って」
いわゆるジト目でカイトを見つめながらメイコは言った。

「はい?」
「レン君とリン君のクラスのメイドカフェを
非常事態で科学+生徒会が手伝う事になったのよ。
ここはほっといていいから、行きましょう」

「そ、そんな突然!?、え~~~!」
ぐいっとメイコはカイトの手を引っ張って廊下に連れ出した。
体勢を崩し、わたわたと転びそうになるが、何とか堪える。
「わかった!わかった!、従うから!とりあえず手を離してくれ」

メイコはパッと手を離しカイトの前をツカツカと歩き出し
カイトはメイコの後をついて行った。

「ほんと、いつも即断即決即実だな。君は」

「あら、気に入らない?ごめんなさいね!」
メイコは皮肉一杯に答え、口を尖らせ無言で歩いてゆく。
普段なら不穏な空気を漂わせるタイミングなのだが
今着てるのがメイド服なので
本人には不本意なのかもしれないが、妙な愛嬌がある。

カイトは目の前を歩くそんな彼女がとても
愛らしく思え、普段なら口にしそうにも無い
言葉をついうっかり溢してしまった。

「―――そういうのも、似合うんだな。可愛いって思うよ……」

ぴくっとメイコの動きが一瞬止まったようだが、すぐにまた歩き出した。
髪をかけた耳が熱を帯びたように赤くなっている。
カイトの一言は確実に聞こえてる筈なのだが
聞こえてないフリをしているようだ。

言ったカイトも少し照れてきたが言わずにはいられなかった。

恋愛には疎い二人であったが
少し、意識し始めてる。いや、本当はしばらく前から
気にしていたのだが、この瞬間から
お互いの気持ちのスイッチが、ぱちんと音を立てたようである。

【つづく】

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い草 9話④

ボカロ学園の文化祭編です。

閲覧数:201

投稿日:2012/08/09 16:15:24

文字数:4,645文字

カテゴリ:小説

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