どろりとした“黒”の中を私は逃げていた。
追いかけてくる、手を伸ばしてくる何かのために、必死になって逃げていた。
足が、じめついた獣毛を蹴り上げる。充満する鉄錆の臭い。ぬめりのある感触が、何によるものなのか知りたくもなかった。
悪夢だ。それはわかる。
わかるのに目が覚めない。逃げられない。
駆けても、駆けても。
――だってそれは事実だから。
耳の中に囁きが忍び込む。
――だってあなたの過去は永遠に拭えないのだから。
声が口調が私を苛む。なのに息が切れて叫ぶことすらできない。
助けて。
誰か。
誰か!

「――――――――――――――――――――」

風が、頬を撫でるように。
歌声が、聞こえた。



そうして、私は目を覚ました。携帯のアラーム音が流れている。それに被さる誰かの旋律。
ああ、そうだ。種KAITOが歌っているんだ。意外に早起きだな。
アイスをやらないと、と思いながら、起き上がって携帯を止めると、抗議するような声が上がった。スーパーでだだをこねている子供のようにも聞こえる。
夢見の悪さを振り払いたいのもあって、ボリュームを少し上げたラジオをつけると、とりあえず種KAITOはおとなしくなった。
冷凍庫を開けて、ダブルソーダを取り出す。二つに割って皿に入れ、ちょっと気合を入れて箱まで持っていく。

「おはよう、KAITO。ちょっと下がって」

種KAITOはすでに皿の上のアイスに夢中で、ぴょんぴょん飛び跳ねている。おかげで皿が置きにくくて困る。
何度か箱の隅まで下がるように言ってから、やっと箱に入れ手をさっと引いた。一瞬の遅れもなく、種KAITOはダブルソーダに飛びつく。二つを見比べた上で、少しばかり大きな方を持ち上げ、しょりしょりと食べ始めた。
その様子を当たり前に眺めている自分に、私はふと気づきうろたえた。
細工物のように小さな手、動くことが不思議になる細い体。青磁色の頭は体に対して大きく、それがアイスをかじっていくたびに、首もとでやわらかなマフラーが揺れている。
一昨日までは影も形もなかったものが、今日当たり前にそこにあるということを、不自然に感じていない自分がいた。

――あなたの過去は拭えない

頭を振って、その言葉を追いやる。
今日は10時から講義で、夕方にはバイトがある。友人に持っていかなければならないものもある。早く支度しないと。
トーストと水で朝食をすませ、着替えた頃にはもう種KAITOはダブルソーダを食べ終わっていた。ラジオから流れるニュースに合わせて首を揺らしている。どうやら歌に限らず、何か音が周りにあれば寂しくないらしい。顔を洗いに風呂場へ向かっても、昨日のような声は上がらなかった。どうせ留守対策としてラジオはつけっぱなしにしているのだから、これでおとなしくしていてくれるならありがたい話だ。
皿を洗って支度を整え、鞄と紙袋を提げて箱の中をのぞく。

「じゃあ、行ってくるからね」

声をかけても、種KAITOはゆらゆらと体を動かしているだけだった。見送りを知らないのだから、当然のことなのだけれど。
少しだけ理不尽な思いを抱いたまま、私は部屋の外に出て鍵をかけた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【亜種注意】やってしまいました4【KAITOの種】

しばらくお待ちくださいませ、って言ったまま10日経っちゃいましたごめんなさい。2日目に突入です。
最近仕事が詰まってたのと、にゃぽでいろいろ書き散らしていたので、こちらになかなか顔が出せませんでした。
というか今日仕事さぼってこっちしてる! やばいよ実は!
一部で話題の病気ネタはもちょっと先の予定です。

本家様の子に癒されたい。
http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2


5/2追記
動画http://www.nicovideo.jp/watch/sm6917019作ってたら4月が終わってしまいましたorz
ごめんなさいごめんなさい忘れてはいないのですよ……!
これから試験があるので不確定ですが、今月中に1作は上げる予定でいます。
お待たせしてしまって本当にすみません。

閲覧数:376

投稿日:2009/03/31 04:15:28

文字数:1,318文字

カテゴリ:小説

  • コメント5

  • 関連動画0

  • ちはれ(花見酒P)

    >エメルさま
    ……ぎく。鋭い人がいる。

    頭の中ではものすごい先まで進んでいるので、ここに皆さんをどうやって連れて行こうかにやにやしてると仕事が溜まります。超自業自得じゃないかorz
    ちょっとずつ進んでいきますので、ゆるりとお待ちくださいませ。

    2009/04/05 01:00:54

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんにちわ~

    マスターさんの悪夢、とても意味深ですね。トラウマだけじゃない、なんていうか罪悪感みたいなものを感じました。
    過去、何があったんでしょうね。忘れていてただ恐怖心がトラウマとして残っているような・・・

    お仕事、大変でしょうががんばってください~
    無理はしないでくださいね。続き、ゆっくりと待ってます。

    2009/04/04 13:16:58

  • ちはれ(花見酒P)

    感想ありがとうございます。返信遅くなってすみません。
    今日久しぶりに子ハムスター見にいったら記憶より小さくてびびりました。やべ。


    >霜降り五葉さま
    仕事は今週もやばいんだぜwww

    ちはれはいつでも本気ですよーただ気力と体力の兼ね合いで上下しますけど(汗)
    双ダイトは内容把握してるか微妙です。近くに音がないと不安なんですよ、たぶん。
    マスターが帰ってきたとき……泣いてるかなあ。どうだろう。


    >モカ氷さま
    いらっしゃいませ~。

    夢の話はまだ秘密です。考えてはありますけどね。
    忙しくてなかなか書きにこれませんが、ゆっくり待っていただければ嬉しいです。



    そうですよ実は続くんですよ。一話完結の予定変更ですよ。
    長いのに慣れていないので非常に不安ですが、ラストまで書けるようがんばりますよ。

    2009/04/03 21:59:16

  • モカ氷

    モカ氷

    ご意見・ご感想

    こんにちは!
    ずっと読んでたくせにコメするのは初めてな人が通りますよ!

    だんだんとマスターが何故動物嫌いなのか分かってきましたね。
    今回の悪夢ってやっぱりマスターが
    双ダイト君と接して何かを克服しつつある為に見たんでしょうか?
    マスターと双ダイト君がお互いどう影響しあうのか
    続きが気になります!

    2009/04/01 12:55:42

オススメ作品

クリップボードにコピーしました