嫌いなものがある。あの人のお気に入りのオルゴール。
蓋を開けて螺子を回すと、小さな舞台で二人の人形が踊る。音楽が止むまで飽きもせず、同じところをぐるぐると。
兄様はあれを気に入っていたけれど、私は好きになれなかった。
同じところをぐるぐる永遠に回り続ける、二人の男女。
それはまるで、この場所に閉じ込められた私達を見ているようだったから。
#
「…何をしてらっしゃるの?兄様」
水を汲んで帰ってきた私が見たのは、本の山に埋もれた兄の姿だった。
「ああ、おかえり」
呆れた私の様子に気付いてないのか、兄はへらりと微笑む。私と同じ顔、同じ色をした髪。唯一違うのは、髪形と眼の色。私は右眼が紅、左眼が青。兄様は右眼が青、左眼が紅。
「いや、日干しをしようと思ったのだけれどね。読み始めると止まらなくて」
持っていた本を閉じながら兄は言う。先程から鼻につく異臭に眉を顰めながら、「そうなの」と私は頷いた。
「兄様は本当に本が好きなのね」
「ああ。お前も読むといい」
「今はいいわ。ところで兄様」
「ん?」
「台所の方から妙な匂いがするのだけれど」
「…………」
沈黙。そして
「あーーーーーーー!!!!」
叫びながら台所へ駆け込む兄様を見送り、私は溜息をついた。
深い深い森の奥。そこにある一軒の小屋が、私と兄様の家。元は一人の魔女の家だった。その魔女が、私達兄妹の育ての親。
その人―私達はマスターと呼んでいた―によると、私達がまだ赤ん坊の頃、ある高名な騎士がマスターに私達を託したのだという。その人は後に、国王を誑かした罪で死刑になったらしい。
#
双子なのに、何故こうも違うのだろう。
真っ黒になった目玉焼きを見ながら、私はつくづくそう思った。
「ご、ごめん……」
「…もういいわ」
溜息をついて、私は手を振った。同時に言霊を紡ぐ。あっという間に煤汚れた台所は綺麗になった。調理器具が自在に動き、自動的に目玉焼きを作り始める。
「最初からこうすればいいのに。どうして兄様は自分の手で作ろうとするの?」
「手作りの方が味がいいって、読んでいて本に書いてあったからだよ。それに」
ここで兄様は、少し真面目な表情になった。
「何でも魔術に頼るのはよくない」
「……それで失敗した人間に言われても、説得力皆無ね」
う、と兄は言葉に詰まる。やれやれと私は首を振った。
本当に、何でこんなにも違うのだろう。
兄は昔からこうだった。何をやるにも不器用で、不甲斐無い。唯一読書だけが趣味で、私よりも知識は豊富。けれどそれを生かそうとしない。
『お前達は二人で一つの存在』
かつてマスターはそう言った。双子とは、一つの魂を分けた存在であると。故に全てが半分に分け与えられているのだと。得意分野も、性格も、魔力も。
「兄様、本を日干ししようとしてたのでしょう?早く済ませてちょうだいな」
「ああ、うん」
頷いて、兄は台所を出て行った。どうせ兄のことだから、魔術を使わず自分の手でやろうとするだろう。時間が掛かるのに。
まだ私達が幼い頃、世界には魔術を使える人間はかなりいたらしい。しかし長年続いた戦が終わりを告げた頃から、魔力を持つ人間は減ってきたという。今では魔術師は希少な存在とされ、とある国では高給で雇っているほどだ。
私と兄も、それなりの魔力の持ち主だ。力を二分されているとしても、そこらの魔術師よりは強い力を持っていると自負できる。
けれど兄は、その魔術を行使しようとしない。できる限り魔術を使わぬことを心がけており、『魔術に頼りすぎるな』というマスターの教えを守っている。何故人前で使ってはならないのか。その答えを聞く前に、マスターは白き門の向こう側へ行ってしまった。
何故魔術を使ってはならないのか。
力を持っているのならば、使うべきではないのか。
私は未だに答えを見つけることが出来ない。
「兄様、出来たわよ?」
皿に目玉焼きが載せられたのを見届けて、私は声をかけた。返事はない。
「兄様ー?」
先程より大きな声で呼びかける。やはり返事はない。
「……」
嫌な予感がして、私は台所から出て兄のところへ向かった。
案の定、兄は本を読み耽っていた。
「………」
同じ双子なのに、何故こうも違うのだろう。
手近なところにあった本―それなりに重いもの―で兄の頭を叩きつつ、私は心の底からそう思った。
或る詩謡い人形の記録『言霊使いの呪い』第一章
兄妹の性格、最初は妹をもっとわがままに、兄はしっかり者で考えていたのにいつのまにか兄が天然、妹がしっかり者に…あれー…?
とりあえずここまでです。
コメント1
関連動画0
オススメ作品
いったいどうしたら、家に帰れるのかな…
時間は止まり、何度も同じ『夜』を繰り返してきた。
同じことを何回も繰り返した。
それこそ、気が狂いそうなほどに。
どうしたら、狂った『夜』が終わるのか。
私も、皆も考えた。
そして、この舞台を終わらせるために、沢山のことを試してみた。
だけど…必ず、時間が巻き...Twilight ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
Embark on flights bos to Iceland that seamlessly connect these two distinctive destinations. Departing from Boston Logan International Airport, travel...
flights bos to iceland
emily4747
真っ白に降り積もる雪の中で一人
僕は静かに誰かを待っていたんだ
氷に覆われた世界で 何が出来る?
終わりに向かい滅びていくだけなのに
静寂の中で 降り続く粉雪
名前のない草が 僕の目の前にいる
凍えるような夜に咲いた 一輪の氷の花は
もう二度と来ない 春を待ち続けていた
叶わない夢 あの日の記憶
冷...【歌詞】アイシクルウォール
yogiri
ミ「ふわぁぁ(あくび)。グミちゃ〜ん、おはよぉ……。あれ?グミちゃん?おーいグミちゃん?どこ行ったん……ん?置き手紙?と家の鍵?」
ミクちゃんへ
用事があるから先にミクちゃんの家に行ってます。朝ごはんもこっちで用意してるから、起きたらこっちにきてね。
GUMIより
ミ「用事?ってなんだろ。起こしてく...記憶の歌姫のページ(16歳×16th当日)
漆黒の王子
それは、月の綺麗な夜。
深い森の奥。
それは、暗闇に包まれている。
その森は、道が入り組んでいる。
道に迷いやすいのだ。
その森に入った者は、どういうことか帰ってくることはない。
その理由は、さだかではない。
その森の奥に、ある村の娘が迷い込んだ。
「どうすれば、いいんだろう」
その娘の手には、色あ...Bad ∞ End ∞ Night 1【自己解釈】
ゆるりー
A 聞き飽きたテンプレの言葉 ボクは今日も人波に呑まれる
『ほどほど』を覚えた体は対になるように『全力』を拒んだ
B 潮風を背に歌う 波の音とボクの声だけか響いていた
S 潜った海中 静寂に包まれていた
空っぽのココロは水を求めてる 息もできない程に…水中歌
衣泉
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
shixi
ご意見・ご感想
>兎灯様
コメントありがとうございます!
言霊使いは雪菫より解釈の幅が広いのでちょっと苦戦してます…兄妹の性格が上記に述べた感じになってるって時点で、もう、ね…!orz
頑張って早く書きあげます!
2009/09/02 01:25:36