※『序奏』(序章)がありますので、未読の方は先にそちらをご覧ください
→ http://piapro.jp/content/v6ksfv2oeaf4e8ua
*****
『KAITO』のイメージは無数に在る。例えば優しいお兄さんだったり、真面目な歌い手だったり、はたまたお調子者のネタキャラだったり。その『無数振り』をネタに幾つもの曲が作られてしまうほど、彼の持つ顔は多種多様だ。
そのすべてを、ひとりの人格に詰め込んだという。失礼は承知だが言わせて欲しい、
無 茶 苦 茶 す ぎ 。
そうして生み出された≪KAITO≫は、殆ど話さず表情も変えず、他者との接触を避けて閉じ篭っているという。
あの『KAITO』が。
兄キャラであれネタキャラであれ、基本的に彼は大人しい方ではないだろう。明るかったり人懐こかったり、例え物静かなキャラ立てであったとしても、閉鎖的な質(タチ)ではなかったはずだ。
加えて信じ難い事に、マスター登録を拒絶したという。繰り返そう、
あ の 『KAITO』 が 。
自分を殺して干渉を断って、あまつさえマスターを拒む≪KAITO≫。
そこには一体、どんな思いがあるんだろう。怖くはないの? 歌とアイスとマスターは、『KAITO』の三種の神器でしょうに。
生まれたての世界で、たったひとりぼっちで。
そう在る事を選んだそれは、一体どれほどの意思なんだろう?
* * * * *
【 KAosの楽園 第1楽章-001 】
* * * * *
起動して目を開けると、知らない部屋にいた。
『知らない部屋』、その認識にまず安堵する。同時に、哀しいような気持ちも涌いた。それはつまり、とうとう『博士』が僕を手放したって事だからだ。
だけどすぐ、それじゃあおかしいんだと思い至った。『博士』が諦めたんだとしたら、僕は廃棄される方が自然なはず。それにこの部屋、『知らない』ってだけじゃない違和感がある。
何が引っかかるのか? 考えながら、ぐるりと全体を見渡してみた。
6畳ほどの部屋はフローリングで、両脇の壁際には僕の身長ほどもある本棚が据えてある。新書や文庫が詰められた下段には、化粧箱に納まった何かの全集らしい本も並んでいた。他に目に付くのは木目調のドアと造り付けのクローゼット、ブラインドが下ろされた窓が一箇所。
視線を自分の側に向ければ、穏やかな色合いのソファに座らされていた。隣には綺麗な意匠の入ったミニテーブル。普通の部屋だ。
だからか、と納得した。
僕が今までいたのは『研究室』だった。こんな風に、人が普通に暮らす『生活空間』を見た事はなかった。それが違和感の原因だ。
自分の脚を見下ろして、腰掛けたソファを撫でてみる。……ソファ、だって。初めて見た。
「あー、起きてる。ごめんね、いきなり知らないトコにいて吃驚したでしょ」
ふいにドアが開き、はっと顔を上げると、やっぱり知らない人が立っていた。『博士』よりもっと若い女の人で、これも初めて見る『普通』の服を着ている。
……嫌だな、怖い。『博士』以上に見た事のないタイプの人だ、『誰か達』と違いすぎてる。
思わず視線が僅かに落ちた。それでも表情にまで出てはいなかったはずなのに、あぁ、とその人は小さく笑う。
「怖がらなくていいよ、話は聞いてる。マスターコードは共用だっていう今のままでいいし、無理にマスターとか思わなくていいから」
部屋に入って扉を閉めると、僕の座るソファの前まで歩み寄り、フローリングに膝をついた。座る僕に視線を合わせて(って言うかソファの分、僕の方が高い)、にっこり笑う。
「初めましてだね、KAITO。私は來果(ライカ)、邦人さんの従妹なの。あ、『邦人』って君言うところの『博士』ね……って、いっぱいいるのか『博士』は。えぇと、君を引き取った人ね」
楽しげに、どこか歌のように響く話し方だった。わざわざ目の高さを合わせてきた事といい、やっぱり今までにはいなかったタイプの人だ。『違って』いて、優しそうで。怖い。
ますます怯えて目を逸らしそうになった時、その人の持つ空気が一変した。
「で、ボカロ好きの『KAITO』好き! 音域と芸の幅のマクロっぷりがスバラシイよねっ兄さん! 機械苦手だから購入躊躇い中だけどねー、あーでもやっぱ欲しいなぁ。てかアンドロイド版凄いね、生KAITOだよ! ちょっと髪とか触っていい?」
「っぇ、え?」
最初の穏やかさは吹き飛んで、いきなりのハイテンション。スローなバラードが突然ポップロックになってしまったみたいだ。瞳を輝かせて身を乗り出され、どう返していいか分からない。これが人間で言う『目を白黒させる』って状態?
「ってごめん、脱線してるね。あぁ怯えないで。捕って食いやしませんて」
僕の反応に我に返ったのか誤魔化すように笑って、その人は元の位置に落ち着いた。
「えぇと、説明受けてないんだよね。何か邦人さんが帰ったら強制終了してて、下手に起動してまた稼働時間が短くなるよりって考えたみたい。ごめんね、って伝言です。で、君が此処にいるのは……どう言ったらいいかなぁ、リハビリ? リフレッシュ? いや何か違う……」
うーん?と首を捻って、適切な表現を探しているようだ。挙げてみてはしっくりこないと却下する、その度に表情がくるくる変わる。何だか一人で賑やかな人だ。
「カウンセリング……余計離れたわ。あー、セラピー? うん、まだ違う気がするけどそれでいいや。こう、『イルカと泳いで癒されよう』的な感じで。おk?」
「……すみません全然わかりません」
「えー?」
いや「えー」って言われても。やっと見付けた及第点の表現らしいけど、僕には何が何だかさっぱりだ。困った顔をされても、僕だって困ります。
「うーんと、だからー。何か調子悪いけど、原因不明らしいじゃない? 人間、そういう時はとりあえず『ストレスの所為』って事にするの。だからちょっと環境変えてリフレッシュを……あれ、リフレッシュ? さっき却下したのになぁ、結局そこに行っちゃうのか?」
あれぇ?とか言って、また話が逸れてる気がする。だけど今はそれよりも、別の問題が気になった。
「僕は人間じゃありませんけど……」
そこはスルーできずに訂正を入れる。まだ悩んでいたらしいその人は、僕の言葉に動きを止めた。あれこれ考えていて、一瞬意味が伝わらなかったようだ。
僕が何を気にしたのか理解すると、あぁ、と頷き、あっさり言った。
「そこは言葉の綾ってヤツで。知性と感情があればストレスも溜まるでしょ。身体はともかく、精神的なところってあんまり変わらないんじゃない?ってのは持論だけど。人間だって脳に電気信号走らせて思考してるわけでさ」
変な人だ、というのが率直な印象だった。
僕自身、自己を振り返れば『感情』と呼ぶしかないものを持っているし、それを自覚してもいるけれど、所詮はプログラム、造られた物だと理解していた。
開発室にいた『博士』の中には「機械が人間の振りなんかして気持ち悪い」、と言う人だっていたし、そこまでではなくても『機械』と、『物』として扱われるのが普通だった。中には優しい人もいたけれど、あくまで僕は『研究対象』であり『開発物』だった。
稀には、そんな扱いに異を唱え、まるで僕が『人間』であるかのように接してくる人もいた。
……実を言えば、こういう人の方がやりにくかった。生体パーツが殆どにはなってもこの身は機械で、データ交換や充電の時には身体にあるジャックにケーブルを接続する。あの人達は、それを見たがらない。
事実『機械』であるのを否定され、腫れ物に触るように扱われるのも、「機械のくせに」と蔑まれるのと同じくらい、嫌なものだったんだ。
だけどその人は「人間じゃない」と言った僕の言葉を否定せず、大仰に謝ったりもしないで、さらりと肯定した。その上で、僕が『感情』を持つ事も当たり前に肯定して、更にその上――僕等も人間も変わらないと。
『別のもの』と認めた上で、『変わらない』と受け入れる。そんな風に扱われたのは、初めてだった。
<the 1st mov-001:Closed / Next:the 1st mov-002>
KAosの楽園 第1楽章-001
・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?
↓後書きっぽいもの
↓
↓
* * * * *
本編開始です。何回で終わるかなぁ。一応、5~6回でまとめられたら…いいなー…(弱気)
全体構成としては、第3楽章までの予定です。が、各楽章ごとに一区切りになるはずなので、とりあえず第1楽章終了までを当座の目標に。
そのあとは続けて第2楽章に入るか、『KAITOful~』の第2部にいくか、ちょっと迷ってます。
あっちも書きたい…というか、コレ書いてて日毎に募る欲求。「マスター、マスター」言ってる兄さんが書きたい…! こっちの兄さんは拒否ってますからねー、そこ…。
*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/
* * * * *
2010/08/16 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る來果さんがマスターになってくれて、数日。
朝晩の食事と夕食後のレッスン、それから歌った後のアイスタイムは、至福の時間だ。來果さんと一緒に過ごせて、沢山笑いかけてもらえて、僕も沢山笑う。
だけど、昼間は辛かった。來果さんは仕事があるから、ひとりで留守番をしなくちゃいけない。仕方がないって分かってはいる...KAosの楽園 第2楽章-004
藍流
“『KAITO』の全要素を盛り込んで”人格プログラムを組まれた僕、≪VOCALOID-KAITO/KA-P-01≫。
矛盾する設定に困惑し、いつか主を害する事に恐怖して、特定のマスターを持つ事を拒んできた。
だけどマスターは、僕の根幹に関わる不可欠な存在で。それを拒絶する事はあまりに過酷で、恐ろしか...KAosの楽園 第2楽章-001
藍流
作ってもらった貸し出しカードは、僕の目には どんなものより価値あるものに映った。1mmの厚みもないような薄いカードだけれど、これは僕が此処へ来ても良いっていう――マスターに会いに来ても良いんだ、っていう、確かな『許可証』なんだから。
來果さんは館内の案内もしてくれて、僕は図書館にあるのが閲覧室だけじ...KAosの楽園 第2楽章-005
藍流
間違った方へ変わりそうな自分を、どうやったら止められるだろう。
例えば図書館で、短い会話を交わす時。図書館だから静かにしないといけないのと、仕事中だからか落ち着いた様子で話すので、來果さんは家にいる時とは別の顔を見せる。品の良い微笑を絶やさず、『穏やかなお姉さん』って感じだ。
だけど、短い会話の中で...KAosの楽園 第3楽章-003
藍流
來果さんがマスターになってくれて、僕に許してくれた沢山の事。
食事を作らせてくれる、家の事をやらせてくれる、……職場に、傍に、行かせてくれる。
普通じゃない、って自分で思う。いくら≪VOCALOID≫がマスターを慕うものだと言ったって、僕のこれは病的だ。だけど來果さんはちっとも気にしないで、笑って赦...KAosの楽園 第3楽章-002
藍流
「そういえばカイト、歌うのは平気?」
アイスカップが空になる頃、そんな問いを投げかけられた。
「歌、ですか?」
「うん。『マスター』意識しちゃって、まだ抵抗あるかな」
重ねられた言葉で、あぁ、と思い出した。
そうだった、僕は『歌うアンドロイド』だっけ。どうもそういう意識が薄いなぁ……。
* * *...KAosの楽園 第2楽章-003
藍流
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想